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テレビ番組(-ばんぐみ)とは、テレビジョン放送によって送られるコンテンツ
(番組)の総称のことである。テレビプログラム(英 Television Program)ともいう。
テレビ番組の内容は、きわめて多岐にわたり、また、放送局の性格によっても異なる。
地上波放送は、総合編成、衛星放送は、専門店型編成が一般に見られる。


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テレビとは、「テレビジョン」の略語であり、一般には次のような文脈で用いられる。 テレビジョン:放送あるいは通信や遠隔監視に使用される、遠方へ映像を送る技術(映像機器を含む。本項で詳述)。 テレビジョン放送:主として動画を電波を使って、不特定多数のために放送する仕組み。通常は動画に加えて音声、あるいはデータ等の付加情報を送ることができる。電波を使用せず有線で送出するケーブルテレビ(CATV)もある(本項で詳述)。 テレビジョン放送で送られる番組(プログラム)。⇒テレビ番組を参照。 テレビジョン放送を視聴するための受信機。⇒テレビ受像機を参照。 「テレビジョン」はフランス語の“Television”(テレヴィジョン)に由来し、“TV”と略されることも多い。なお、“tele”(τηλε)はギリシア語の「遠く離れた」、“vision”はラテン語で「視界」の意味である。 目次 [非表示] 1 テレビの歴史 2 テレビの技術 2.1 媒体 2.2 伝送方式 2.3 画質 2.4 付加情報 3 視聴時間 3.1 テレビ離れ 3.1.1 日本 3.1.2 米国 4 テレビの影響・問題点 5 視聴方法 6 テレビ番組の制作 7 テレビ受像機 8 テレビ放送機器 9 脚注と資料 10 関連項目 11 団体 12 団体(外部リンク) 13 参考文献リンク 14 個人向けサイトリンク [編集] テレビの歴史 1877年 - イギリスのソーヤー、機械走査概念の提案。 1884年 - ドイツのポール・ニプコー、「ニプコー円板」の発明。 1897年 - ドイツのフェルディナント・ブラウン、「ブラウン管」の発明。 1908年 - イギリスのスウィントン、電子式走査法の概念を科学雑誌Natureに発表。陰極線管テレビジョンを示唆。 1911年 - ロシアのロージング、ブラウン管を用いたテレビの送信実験を初めて公開。簡単な輪郭の受像に成功。 1925年 - イギリスのベアード、機械式テレビの開発。 1926年(昭和元年)12月25日 - 浜松高等工業学校の高柳健次郎、機械・電子折衷式テレビの開発。「イ」の字を表示させる。 この時期、テレビの本放送へ向けて各国で改良が活発となる。 ちなみにこの日、大正天皇崩御の為、日本のテレビの歴史は昭和から進歩したことになる。 1927年 - アメリカのフィロ・ファーンズワース、世界初の電子映像撮影成功。世界初の全電子式テレビ発明。 1929年 - イギリスのBBCがTV実験放送開始。 1933年 - アメリカのウラジミール・ツヴォルキンがアイコノスコープを発明。 1935年 - ドイツで世界初の定期試験放送開始。ベルリンオリンピックの中継が行われる。 1939年(昭和14年)5月13日 - NHK技研による公開実験。 1940年4月13日 - 日本初のテレビドラマ「夕餉前」の実験放送。 同年予定されていた東京オリンピックの中継が予定されていたが、オリンピックは中止となる。以後戦時下で民生用研究は中断したが、兵器への応用研究は継続される。 1953年(昭和28年)2月1日 - NHKのテレビ放送開始(日本での地上波テレビ放送の開始)。 1953年(昭和28年)8月28日 - NTV 日本テレビ放送網、テレビ放送開始(民放での初のテレビ放送の開始)。また、テレビ画面が裏側に映る放送事故が発生した。 主な番組は大相撲、プロレス、プロ野球などのスポーツ中継や、記録映画など。 しかし、テレビ受像機の価格が非常に高価(20万〜30万円程度。白米10kg680円、銭湯の入浴料15円程度)で一般には買えないため、繁華街や主要駅などに設置された街頭テレビや、土地の名士などの一部の富裕世帯宅、喫茶店、そば屋などが客寄せに設置したテレビを見ていたらしい。 1954年(昭和29年)1月23日 - アメリカNBCが、NTSC方式によるカラー本放送開始。 1955年(昭和30年)4月1日 - ラジオ東京(KRT・KRテレビ、現:東京放送=TBSテレビジョン)がテレビ放送開始。 1956年(昭和31年)12月 - NHKのカラーテレビ実験放送開始(UHF帯を使用) 1957年(昭和32年)11月1日 - 日本教育テレビ(NET、現:テレビ朝日)設立 日本では教育分野へのテレビ利用が検討され始め、教育局、準教育局として開設される局が多くなる。 1957年(昭和32年)11月18日 - 富士テレビジョン(開局前の1958年12月にフジテレビジョンに改称)設立。 1957年(昭和32年)12月28日 - NHK東京、日本テレビがカラー試験放送開始(通常テレビのVHF帯) 1958年12月23日 - 東京タワーから放送開始。 1959年(昭和34年)2月1日 - 日本教育テレビ(NET、現:テレビ朝日)開局 日本では教育分野へのテレビ利用が検討され始め、教育局、準教育局として開設される局が多くなる。 1959年(昭和34年)3月1日 - フジテレビジョン(略称:CX)開局 前年1958年からこの年にかけて多くの局が開設され、4月10日の皇太子明仁親王(今上天皇)成婚の中継をきっかけにテレビ受像機が一般に普及し始める。同時期に、JNNを始めとするニュースネットワークが結成される。 この頃より、東映以外の映画会社が、テレビへの作品販売や所属俳優の出演を拒否したため、代替としてホームドラマや西部劇などのアメリカ製テレビ映画が大量に日本に輸入されることになり、各局の番組の主力として1970年頃まで続く。作品によっては高い人気を得たものもあった。 1960年(昭和35年)9月10日 -カラー本放送開始(NHK=東京、大阪の総合、教育両テレビ、日本テレビ、TBS、読売テレビ、朝日放送)。日立製作所、国産カラーテレビを発売。キャッチコピーは「色は日立のお家芸」 1964年(昭和39年)4月12日 - 財団法人日本科学技術振興財団テレビ局開局。(通称:東京12チャンネル、別名:科学テレビ、略称:TX、後に東京12チャンネルを経てテレビ東京) 1968年(昭和43年)2月20日 - 日本初のUHF局としてNHK徳島教育テレビジョン運用開始。 1968年(昭和43年)5月5日 - 琉球放送・沖縄テレビがカラー放送開始。 1968年(昭和43年)8月12日 - 日本初の独立UHF局としてGBS 岐阜放送がテレビ放送開始。 1968年(昭和43年)10月1日 - 福島テレビのカラー放送開始により民放テレビ先発局のカラー化が完了。それ以降に開局する民放テレビ局は開局当初からカラー放送を開始することになる。 1970年(昭和45年) - NHK、東京と大阪でNHK UHFテレビ実験局(UHFテレビ放送の試験運用)を開始。(1975年(昭和50年)4月まで) 1973年(昭和48年)11月1日 - NETテレビ(日本教育テレビ。後のテレビ朝日。)と東京12チャンネル(後のテレビ東京)が総合テレビ局化。 1978年(昭和53年)9月28日 - 日本テレビが世界初の音声多重実用化試験放送を開始(その後、NHK、読売テレビ、他の在京民放等が続き、後にNHKは1986年までに全国へ 民放は北海道の一部地域を除いて全国へ拡大 なお、民放各局でもこれまで行われていなかった北海道の一部地域(札幌圏以外の残りの地域)でも2007年10月1日以降の地上デジタル放送の中継局開設によりNHKだけでなく、民放各局でも音声多重放送が受信可能になる)。 1984年(昭和59年)5月12日 - NHKが衛星放送(BS)の試験放送を開始。1989年(平成元年)6月1日から本放送を開始。 1990年(平成2年)11月30日 - 日本初の民間衛星放送局・日本衛星放送(JSB・WOWOW)が試験放送を開始。翌年4月1日より有料の本放送を開始。 1991年(平成3年)11月25日 - ハイビジョン試験放送開始。 2000年(平成12年)12月1日 - 午前11:00 - BSデジタル放送が放送を開始。 2003年(平成15年)12月1日 - 午前11:00 - 東京、名古屋、大阪を中心に地上デジタル放送を開始。 2006年(平成18年)4月1日 - 午前11:00 - 東京、名古屋、大阪を中心に移動体受信機向けの地上デジタル放送、通称「ワンセグ」開始。 [編集] テレビの技術 [編集] 媒体 地上放送:地上の送信所から放送する放送方式。 地上アナログテレビジョン放送:1953年(昭和28年)から放送されている現在の方式。2011年(平成23年)7月24日に停波される予定となっている。 地上デジタルテレビジョン放送:2003年(平成15年)12月1日より本放送を開始した。 衛星放送:人工衛星(直接放送衛星 (DBS) 、通信衛星 (CS))から放送する放送方式。 ケーブルテレビ(CATV) [編集] 伝送方式 アナログ放送:映像をアナログ変調方式(振幅変調 (VSB) 、周波数変調 (FM))で伝送する放送方式。 世界の放送方式 NTSC PAL SECAM MUSE:ハイビジョンのアナログ伝送方式。 デジタル放送:全ての映像・音声・付加情報をデジタル変調方式(OFDM、QPSK、QAMなど)で伝送する放送方式。日本ではISDB(統合デジタル放送)とも呼ばれる。 [編集] 画質 高精細度テレビジョン放送 デジタルハイビジョン:2000年(平成12年)12月より実施された衛星デジタル放送、および2003年(平成15年)12月より実施された地上デジタル放送におけるデジタル方式のHDTV放送方式の愛称。 ハイビジョン:放送衛星によるアナログ (MUSE) 方式のHDTV放送の愛称。2007年(平成19年)11月30日に放送終了予定である。 標準テレビ放送 従来のアナログテレビ放送(NTSC、PAL、SECAM) クリアビジョン:画質改良版NTSC放送。暗部画質の改善、重畳されたゴーストクリア基準信号を元に演算を行いゴーストを低減させる。 ワイドクリアビジョン:画質改良版クリアビジョン放送。水平、垂直、時間軸の情報量を増やすことで画質を改善。16:9放送、NTSCと順次走査を両立。 [編集] 付加情報 音声多重放送:ステレオ音声、あるいは2言語(例・日本語と英語)の音声を流す。コールサインはJOAX-TAM(日テレの場合)のように"-TAM"がつく。 文字多重放送:画面上部の見えない部分(垂直帰線期間内)に文字情報や簡易図形情報を重畳。コールサインはJOCX-TCM(フジの場合)のように"-TCM"がつく。 クローズドキャプション:広義には文字多重放送全般。狭義には米国の文字放送のことで、中大型テレビには法律でデコーダの内蔵を義務づけられている。 緊急警報放送システム:災害時に専用の受信機を起動、停止させる特殊信号。 [編集] 視聴時間 2005年度のフランス・カンヌで開催されたテレビ番組の国際見本市「MIPTV」で発表された統計によると、世界で最もテレビを見る時間が長いのは日本人で、1日のテレビ視聴時間は平均5時間1分だった。2位は米国で4時間46分。世界平均は米国より90分少ない。最下位は中国とスウェーデンの2時間30分だった。 [編集] テレビ離れ [編集] 日本 NHKの行った「国民生活時間調査」によると、日本人のテレビ視聴時間は平均4時間、日曜日は5時間以上。70代以上は平日でも男女共に5時間以上テレビを見ている。一方、20代男性だけはテレビを見る割合が5年前と比べてはじめて8割を下回り、「全く見ない」という人も20%存在した。 10代から20代の若年層については、テレビの視聴時間は年ごとに減少している[1]。気軽に恋愛やセックスを楽しむ昨今の若者にとって、あくまで受け身のテレビというメディアは魅力に薄れ、その時間を携帯電話やインターネットを用いての他者とのコミュニケーションに使う傾向、また『YouTubeやMixiのほうが遥かに魅力的』であることなどが背景にあるものと見られている。 [編集] 米国 米国調査会社MediaPostの調査によると、米国の大学生で1週間に10時間以上テレビを見る割合は17%。一方で1週間にインターネットを10時間以上利用する人の割合は43%だった。 [編集] テレビの影響・問題点 テレビの、人間の言動に対する影響は非常に大きい。それは情報量だけでなく、善悪に対する感覚や倫理観、死生観に及ぶ。 年齢や世代に関わらず、簡単にテレビの番組のタレントの言動、CMの言動に影響されて、そのテレビから得た知識の範囲だけで後から言うようになってしまう人が存在する。それは流行の生まれかたの一つでもある。 テレビはテレビ局から一方向に情報を送信する「放送」の性格上、受け身のメディア(ないし「プッシュ型メディア」。これに対する対義語は「プル型メディア」)と言われる。テレビは五感のうち視覚と聴覚を使う。テレビが見える場所にいなければメディアが提供する情報を十分に享受することはできない。ラジオのように何かをしながら情報を得る、ということがしにくい。テレビのメディアとしての本質は視覚での情報にこそあるので、視聴者は「何かをしながら見る」ことをしない傾向にある。たとえ必要がなくてもテレビ番組の演出がその個人の興味を引きつければテレビの前に行き、興味を満たす情報、その情報の獲得への満足を得ようとメディアが提供する情報に意識が集中する。興味がある範囲での情報は、その末節で多少の誇張があっても、根幹がねつ造であっても興味がある情報な以上、善悪の問題や倫理を越えてその個人の言動に影響を及ぼす。 たとえ思考しない状態でテレビを見ていても(ボーッとテレビの画面をながめてるなど)、脳は二感を駆使してるので脳がエネルギーを消費する。テレビを見た後で疲れることがあるのはそのためである。情報というストレスは、他のストレスと同様に一定レベルを超えると心や身体に影響を及ぼす。情報に対するリテラシー能力が奪われていき、テレビの中での様々な事象の善悪、必要性を自らの思考で判断することをしなくなる。 もちろんテレビを見た全ての人がリテラシー能力が奪われている訳ではない。どのメディアでも最終的には、個人がメディアに接する時間と、個人が持つ情報リテラシーおよびメディアリテラシー能力の問題なのだが、テレビはその接触時間を使ってリテラシー能力を効果的に奪っていく可能性がある、ということである。 [編集] 視聴方法 放送の受信はアンテナまたはケーブルテレビ局などから信号を受け取りチューナーで選局され映像信号に変えられて、テレビ受像機やDVDレコーダー等の録画機に導かれる。(一般に録画機は再生機能も持つが、ここでは録画機と表記する。) アナログ放送もデジタル放送も次の機能や機器によって受信し視聴や録画を行うのは同じことである。 チューナーから映像・音声信号をテレビに接続し視聴する。 チューナーから映像・音声信号を録画機を経由してテレビに接続し視聴、録画する。 チューナーから映像・音声信号を録画機に接続し録画のみを行う。 チューナー内蔵録画機から映像・音声信号をテレビに接続し視聴、録画する。 チューナー内蔵テレビで直接視聴する。 チューナー内蔵録画機で録画のみを行う。 地上アナログ放送専用のチューナーと呼ばれる単体商品はほとんどなかった。その後の録画機器や薄型テレビ等の広い普及の後に、新たな地デジ放送が現われたのである[要出典]。 [編集] テレビ番組の制作 テレビ番組の制作に関連する項目には次のようなものがある。詳しくは制作スタッフを参照。 テレビジョン放送局 放送作家 制作プロダクション プロデューサー ディレクター アシスタントディレクター アナウンサー 俳優 タレント アイドル 歌手 [編集] テレビ受像機 テレビ受像機:いわゆる「テレビ」。受信機の一種。 ビデオ信号記録装置(ビデオテープレコーダ、DVDレコーダーなど):テレビの映像を記録 [編集] テレビ放送機器 送信所設備 テレビ送信機 テレビ送信アンテナ STL (放送局) (Studio-Transmitter Link) 演奏所設備 演奏所設備をスタジオ機器と言うこともある。この場合撮影スタジオに置かれる機器だけを指すのではなく局舎内の放送関連機器全般を指す。主な物を以下に示す。 主調整室(マスター) マトリクススイッチャー(ルーティングスッチャー) 多重化装置(MUX) 限定受信システム データ放送システム CMバンクシステム 自動番組制御装置 (APS, APC) 番組バンクシステム ビデオサーバー ビデオテープレコーダ 緊急警報放送システム 回線システム 副調整室(サブ) プロダクションスイッチャー テレビカメラ(ビデオカメラ) テロップ挿入装置 照明装置 営業放送システム FPU(Field Pickup Unit/マイクロ波中継装置) [編集] 脚注と資料 ^ http://blog.japan.cnet.com/nakajima/archives/003268.html [編集] 関連項目 ウィキポータル テレビ ウィキメディア・コモンズにテレビに関連するマルチメディアがあります。薄型テレビ(液晶テレビ、プラズマテレビ等) B-CAS 放送法 有線放送 インターネットラジオ インターネットテレビ 公共放送 民間放送 テレビ局 キー局 ローカル局 番組表 視聴率 視聴質 ニュースネットワーク テレビ離れ [編集] 団体 SMPTE 欧州放送連合 全米放送事業者協会 [編集] 団体(外部リンク) 日本民間放送連盟 映像情報メディア学会 放送倫理番組向上機構 [編集] 参考文献リンク テレビは進化する -日本放送技術発達小史- Ed Reitan's Color Television History アメリカのカラーテレビの歴史(英文) カラーテレビ革命(英文、カラーテレビの初期の事柄が中心) [編集] 個人向けサイトリンク 架空放送局JJ8DWI テレビ番組は、その内容と対象などの性質によって様々に分類可能である。一般におこなわれる分類は、あらかじめ分類を決めてから全番組をいずれかに分けるような方法をとるのではなく、いくつかの同様の性質をもった番組を一つの分類としてカテゴライズするような形で行われることが多い。結果、一つの番組が複数の分類に属したり、分類する者によって分類先が異なったりする。 たとえば、「タレントが教科書からでる試験問題を考えるクイズ番組」は、「タレント」に注目して「バラエティ」と分類する者もいるし、「教科書から出る試験問題」に注目して「青少年向けの教育」と分類する者もいるし、「クイズ」に注目して「娯楽番組」と分類する者もいる。 また、これまでに考えられた分類に属さない番組が生まれることもある。放送法による分類や視聴率調査のための分類など、分類を目的としてあらかじめ項目を決めていることがあるが、この分類に対してはそのような番組も今までの項目内に分類する必要があるため、結果としてしっくりこない場所に分類されることもある。 [編集] 放送法による番組分類 放送法では、番組は「報道番組」「娯楽番組」「教養番組」「教育番組」と分類されている。放送法に基づいた場合はこれらに加え、「広告放送」と「その他」を加えて分類をおこなうことになる。 [編集] ビデオリサーチによる番組分類 視聴率調査を行う株式会社ビデオリサーチでは、番組を「報道」「教育・教養・実用」「音楽」「ドラマ」「アニメ」「映画」「スポーツ」「その他の娯楽番組」に分類している。種目別視聴率ベスト10などはこの分類によっておこなわれる。 [編集] EPGでの番組分類 デジタル放送では、規格上、番組にはその分類をつけて放送できる。これがEPG上で確認可能である。規格では、番組は「ニュース/報道」「スポーツ」「情報/ワイドショー」「ドラマ」「音楽」「バラエティ」「映画」「アニメ/特撮」「ドキュメンタリー/教養」「劇場/公演」「趣味/教育」「福祉」および附属の情報と「その他」の大分類に分類され、さらに各大分類内で規格上最大16種類の中分類に分類される。 [編集] 番組の種類 [編集] 報道番組 多くのテレビ局では報道番組を報道局または「報道」という名称が入った制作部門が制作を担当する。 ニュース番組 事実の報道。天気予報や交通情報も含む。全国向けのものと、地域向けのものがある。(例)NHKニュース、産経テレニュースFNN リアルタイムで状況を伝える中継放送もある。(例)報道ステーション、きょうの出来事 ニュースショー 事実の報道に加え、ニュースキャスターやゲスト出演者によるコメントを含む。(例)朝まで生テレビ! こども向け報道番組 ニュースをわかりやすく説明する番組。大人にも有用。NHKの週刊こどもニュースと北陸朝日放送のKIDS NEWSのみ存在。 報道特別番組 大きな事件や災害、事故等が起こった場合に放送する番組。この場合は、本来放送する番組が放送休止になることが多い。(延長対応になる場合もある) 放送例は報道特別番組を参照。 [編集] 情報番組 ワイドショー 話題のニュースや、芸能人の動向などについての情報を提供する番組。(例)スーパーモーニング、ザ・ワイド [編集] スポーツ番組 スポーツニュース 各種スポーツの試合結果や今後の情報を伝える番組。 (例)すぽると!、SPORTS MAX スポーツ中継 スポーツ中継は生放送や録画放送、ハイライト放送などがある。 [編集] 教養番組・教育番組 ドキュメンタリー/ノンフィクション 速報性よりも掘り下げた取材を重んじる番組。報道番組の1種でもある。プロジェクトXなど。 一般教養番組 科学や生活の知恵などの知識を伝える番組。 紀行番組 国内、国外のさまざまな地域を紹介する番組。旅番組。世界ウルルン滞在記など。 学校番組(学校放送) 小学校向け番組 中学校向け番組 高等学校向け番組 養護学校向け番組 盲学校向け番組・聾学校向け番組 どれもNHKのみの放送。 幼児向け番組(幼稚園・保育所向け番組) 音楽教養番組 教育番組 NHK教育テレビの番組に代表される、大人向けや子供向けの教育をおこなう番組。 料理番組 料理法の紹介を主とした番組。 [編集] 娯楽番組 バラエティ番組 視聴者の笑いを誘う番組。 クイズ番組 クイズの出題と解答を主体とする番組。最近ではより高い教養を問う番組と珍回答を示す事により笑いを誘うことを目的とした番組に二極分化しつつある。後者はバラエティ番組に近い。 芸能番組 芸人が自分の芸を演じる番組。ビデオリサーチではバラエティ番組あつかい。 音楽番組 歌手、ミュージシャンが歌を歌ったり音楽を演奏する,またランキングを放送することを主体とした番組。最近バラエティ番組に近づきつつある。 トーク番組 会話を主体とした番組。ビデオリサーチではバラエティ扱い。 [編集] ドラマ 連続テレビ小説 大河ドラマ - 時代劇を扱うドラマ。NHKの日曜20時台など。 学園ドラマ 刑事ドラマ - いわゆるサスペンスドラマ 2時間ドラマ - 刑事ドラマのスペシャル版 政治ドラマ 昼ドラマ トレンディドラマ 深夜ドラマ 海外ドラマ - 海外で制作されたドラマ [編集] 時代劇番組 大河ドラマ 水戸黄門 大奥 必殺シリーズ [編集] アニメ番組 動画(アニメーション)で構成された番組。 [編集] 特撮番組 特撮を使用した番組。 (例)奥さまは魔女、ウルトラマン [編集] 映画番組 国内・海外の劇映画を放送する番組。海外の映画は、声優により日本語に吹き替えられることが多い。 [編集] ローカル番組 {{see|ローカル番組} [編集] その他のカテゴリ 深夜番組 宗教番組 単発特別番組枠 長時間特別番組一覧 開局記念番組 L字型画面 [編集] 関連項目 テレビコマーシャル (CM) - 民間放送局の収入源 低俗番組 長寿番組 全日本テレビ番組製作者連盟 視聴者 視聴者参加型番組 [編集] 外部リンク 架空放送局「JJ8DWI」(個人ファンサイト) この「テレビ番組」は、テレビ番組に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆、訂正などして下さる協力者 を求めています。(ポータル テレビ/ウィキプロジェクト 放送番組) カテゴリ: テレビ番組 | テレビ番組に関するスタブ テレビアニメとは、テレビ局(BS局やCS局も含む)で放送されるアニメ作品を指す。 目次 [非表示] 1 概説 2 歴史 3 テレビアニメの現状 4 平均的な日本のテレビアニメ番組 4.1 テレビアニメ番組の制作 4.2 テレビアニメ番組の平均的フォーマット 4.2.1 備考 4.3 ハイビジョン対応 4.4 字幕放送・データ放送 4.5 スポンサーと放送局にとっての営業 5 表現規制 6 日本国内の地上波民放の放送エリア・チャンネル数の問題 6.1 テレビ東京系の放送エリアの問題 6.2 深夜アニメ・UHFアニメの急増による地域格差 6.3 ローカル局の事情による、未放送の問題 6.4 その他の問題 7 地方局制作のテレビアニメ 7.1 地方局制作テレビアニメの逆ネット事情 8 再編への動きの兆候 9 現在の在京民放キー局の動向 9.1 日本テレビ 9.2 TBS 9.3 フジテレビ 9.4 テレビ朝日 9.5 テレビ東京 10 テレビアニメにおけるアニメソング 11 テレビアニメにおける各種音源制作 12 テレビアニメのパッケージ版 12.1 放送版とパッケージ版の差異 12.1.1 差異の代表例 12.1.1.1 注記 12.1.2 問題点 13 余談 14 作品リスト 15 アニメのジャンル 15.1 対象層別 15.2 ジャンル・題材別 15.3 その他 16 脚注 17 関連項目 [編集] 概説 当項では、基本的に日本国内のテレビ局もしくは制作会社が主導で制作・放送されたテレビアニメ作品全体に関して述べる(テレビアニメ作品の劇場版を含む劇場アニメや、OVAなどのテレビ放送に関しては、当項では扱わない)。特殊な例として、元はOVAとして制作された作品が、放送局の規制をクリアする為の修正を施したり、新作の話を追加するなど、テレビアニメシリーズとして放送されるケースも稀にある(一部のUHFアニメ)。 近年では、古くから多く放送されて来た地上波テレビ局のみならず、BS・CS放送による放送形態の作品も増加している(これらを併用して放送する作品や、主に地上波未放送地区への補完としてブロードバンド配信を行う作品も急増している)。 放送形態別の詳細に関しては 全日帯アニメ 深夜アニメ(23:00〜29:00の間にNHKもしくは在京キー局にて本放送作品を指す) UHFアニメ(Wikipediaでは関東圏の独立UHF局にて本放送もしくは初放送作品を指す[1]) WOWOWアニメ CSアニメ(地上波でも同時もしくは時差展開される作品が殆どの為、深夜もしくはUHFアニメにも分類される事が多い) の項を参照されたい。 なお、海外で制作されたアニメ作品全体(日本の制作会社の下請け制作参加は除く)全体に関してはカートゥーンの項を参照されたい。 [編集] 歴史 この節は、書きかけです。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。 詳細な歴史については、アニメの歴史やアニメの項を参照のこと。 1990年代前半までは、古くから自社制作に消極的であったTBS以外の在京キー局およびその系列局(主に在阪局・在名局)が、積極的にテレビアニメの制作を行っていた。 転機が訪れたのは1990年代後半である。1995年放送の『新世紀エヴァンゲリオン』の大ヒット以降、テレビ東京を中心にテレビアニメの制作が活発化し、大量生産に有利なデジタルアニメの実用化も相まって本数が急増した[2]。 1990年代末〜2000年代に入ると、在京キー局各局においては全体的に全日帯アニメの衰退振りが目立ち[3]、代わって土日の午前帯や深夜アニメに力を入れている傾向が目立つ。更に、UHFアニメやWOWOWアニメなどが台頭するようになった。 NHKは、現在では教育テレビおよび衛星第2テレビ(BS2)で多く放送している(一部衛星ハイビジョンテレビ(BS-hi)で再放送の作品もあり)。かつては総合テレビで多く放送していた時期もあったが、次第に教育やBS2での放送にシフトして行き、『NHKアニメ劇場』が2006年12月に終了以降は、教育テレビおよび衛星第2テレビで本放送された作品の再放送に留まっている。詳細は NHK総合テレビアニメ一覧 NHK教育テレビアニメ一覧 NHK-BS2テレビアニメ一覧 を参照されたい。 [編集] テレビアニメの現状 この節は、書きかけです。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。 日本国内では現在、民放キー局(在京・在阪・在名局)やNHK各チャンネルに加えて独立UHF局を含めると、週に80本近くの新作アニメ番組が放送されていると言われる。 下記に2007年10月現在、在京民放キー局各局で放送されているテレビアニメの総本数を掲載する(系列局からの逆ネット作品を含むレギュラー枠で本放送の作品に限定)。 局名 総本数 日本テレビ(NNS) 5 TBS(JNN、※1) 4 フジテレビ(FNS、※1) 6 テレビ朝日(ANN) 6 テレビ東京(TXN) 30(※2) 合計 51 注 ※1:子会社のBSデジタル放送局限定放送作品に関しては除外した。 ※2:ミニ作品が複数放送されている『おはスタ』や『おはコロシアム』『アニメロビー』などのアニメコンプレックス・バラエティ番組に関しては、それぞれ各番組ごとに1本としてカウントした。 地上波に関しては、ローカル局と各局の方針・予算不足などから放送される本数に大きな格差があり、在京キー局の半分にも満たない局が多い。#日本国内の地上波民放の放送エリア・チャンネル数の問題の項を参照されたい。 多くは児童・ファミリー向けであり、世間一般において『アニメが子供のもの』という認識はここ40年ほどは基本的には変わっていないが、変化も起こりつつある。 子供以外の層で、アニメに拒否感を示す者の割合が減少しつつある。これは、アニメを見て育った層がそのまま高年齢化したためである。 1990年代前半まで主流を占めたゴールデンタイム帯に放送される作品は激減し、テレビ東京での平日夕方枠[4] と在京キー局に加えて、三大都市圏の独立UHF局の深夜枠、土日の午前帯が主流となってきている。更には、BS局(2000年代初頭に相次いで開局した民放BSデジタル放送局も含む)や、CS局(主にスカイパーフェクTVのアニメ専門チャンネル)での本放送作品も急増している。 かつては玩具会社や食品会社など(バンダイ・丸大食品など)がスポンサーの主流を占め、必然的に内容も子供向けだったのが、ビデオソフト制作会社などがOVAに代わって主に深夜帯に作品展開の場を移した為、一般人でない高年齢層(オタク)向けのアニメが増加している。放送時間帯が故に視聴者層が極めて限られ、広範囲の視聴者の支持を集めるには至っていないが、パッケージ販売のためのプロモーションの性格も強いため、たとえ低視聴率でもターゲットとする層に確実に届けばよしとしているようである。深夜枠のアニメ番組には、放送局が製作せず、スポンサーが番組枠を買い取って放送するものも多い。 近年、少子化による特に子供向けアニメの需要減少が目立ち[5]、それはやがてアニメ業界全体の衰退にまで発展するとの危惧を示すファンや関係者もいる[要出典]。世界全体のアニメ業界はむしろ活性化(日本以外のアジア圏など)している傾向はあるものの、上記のように日本国内での急激な空洞化から、外国側(特に日本の製作会社が外注に出す例が増えている中国や韓国)にアニメ業界の主導権を奪われる可能性も否定出来ない。 また、過剰な期待と量産の結果として、ヤシガニ(中割の手抜き)やキャベツ(原画の手抜き)と呼ばれる作画崩壊が頻発し、『MUSASHI -GUN道-』のように、製作体制そのものが1クールの放送枠の維持すらできない状況に陥ることも生じてきた。このようなものは、作品としての体をなさないウニメであるが、にもかかわらずDVD化して発売されることもある。この背景には、近年の業界外からの異常なアニメ投資ブームがあり、作品の品質や収支を問わず、ただ本数を生産販売し、アニメの放送が少ない地方の住民へ販売するだけで利益をあげられる業界の体制ができてしまっている問題が挙げられる。 [編集] 平均的な日本のテレビアニメ番組 ごく一般的なテレビアニメ番組について、その制作過程とフォーマットを以下に述べる。 [編集] テレビアニメ番組の制作 テレビアニメの場合は、アニメ制作会社もしくは広告代理店が企画をテレビ局に持ち込み、局側がそれを採用するか否かを決定する。 企画を企業に説明・宣伝し、テレビ局から割り当てられたCM枠にCMを出す提供スポンサーを獲得するのが広告代理店の役割である。広告代理店を経由してスポンサーから得た広告費を、テレビ局はアニメ制作会社に制作費として提供する。テレビ局への見返りは、2年間で2回の放送権と商品化権収入の一部(通常10〜20%で1年限り)と言われている。 企画は大別して原作を持たないオリジナル作品と、原作者より権利を得て何らかの作品をアニメ化するものとがある。近年ではメディアミックス展開を想定した企画も多い。製作資金は、テレビ局側が放送権料の名目でその100%を負担する[6]。 そして、アニメ制作会社は元請けとして音声制作会社と下請けのアニメ制作会社に発注する。これが仕上がり、納品されてテレビアニメは完成する。これがテレビアニメ制作の基本的構造である。 なおテレビアニメの場合、著作権は制作プロダクションが保持したまま、放送権のみを放送局に売る。これは日本初のテレビアニメ『鉄腕アトム』において、制作プロダクション主宰の手塚治虫が同時に原作者でもあるという立場でもあり、自身の作品でもあるアニメ版の著作権を、放送局に売り渡すことに難色を示したところ放送局もこれを認めたため、その後も同じ方式が踏襲されていったものである。放送局が著作権を買い取ったアニメ番組も初期には存在したが、版権ビジネスが成立しないために制作プロダクションが経営的に苦しく、現在ではほとんど存在しない。その為本放送を行った放送局の放送権が切れた後は、その放送局の系列以外でも放送される例が多い(地方局でそれが顕著である)。 最も一般的なテレビアニメは、1回30分の番組である。5〜15分のショートアニメも存在し(主にNHK教育や独立UHF局系で放送される一部の作品)、民放キー局系でも主に早朝や午前帯にそれらを複数放送する番組も存在する(『おはスタ』『おはコロシアム』『アニメロビー』など)。 テレビ局の編成サイクルは3ヶ月(13週、1クール)を単位としているので、当然ながらテレビアニメの放送期間も3ヶ月単位である。 かつては1年単位が最も一般的で、半年から9ヶ月単位は少数派であった。 1990年代以降は状況が変化し、全日帯アニメなら半年(2クール)、深夜アニメなどは3ヶ月(1クール)を放送期間とするのが普通である(これはテレビアニメに限らずテレビドラマでも同様の傾向が大きく見られる)。 ただし放送期間は番組の視聴率や人気・関連ビジネスの状況などによって変化することも珍しくなく、半年から1年程度延長される例もあれば[7]、逆に視聴率不振などから放送期間短縮による打ち切りに至る例もある[8]。また、打ち切りに至らずとも、放送枠を早朝もしくは深夜枠に格下げされる例も少なくない(最近では『結界師』が全国ネットゴールデンタイム帯枠から各局ローカルセールス枠に格下げされ、そのうち関西圏と関東圏では深夜帯への移動を余儀なくされた)。更に在京キー局およびその系列局制作アニメ作品の一部においても、時間帯を問わずに制作スケジュールなどの関係で2クール分放送後、一定期間をおいて3クール目以降を放送する手法を取る作品も現れている[9]。 一般に1クール単位の放送であるから、総放送回数も13で割り切れることが多いが、特別番組などが放送されるためそうなっていないことも良くある。最近では、2002年辺りからフジテレビなどで深夜アニメ放送に関するトラブルが相次いだ事から、その防止策として企画当初から通常のクール数に応じた話数よりも、若干少なめに全放送予定回数を設定する事例も相次いでいる。 なお、特別番組として単発放送されるテレビアニメも一時期は多数存在したが(『トンデモネズミ大活躍』『生徒諸君!』など)、現在では深夜帯で放送して後日ソフト化を前提に制作される作品[10]以外は極めて少ない(例外としては『金曜ロードショー』枠で放送の『ルパン三世TVスペシャルシリーズ』や『はじめの一歩』特別編など)。これは制作費が高くつく割にキャラクターグッズ展開などがしにくく、CM収入だけでは制作費の回収が厳しい問題などの為であるという。 [編集] テレビアニメ番組の平均的フォーマット 日本で最も一般的である30分長のアニメ番組の内容はほぼ次の通り(ここでは『マシュマロ通信』テレビ本放送版を例として挙げる)。 警告 『テレビを見るときは部屋を明るくして離れて見よう』など、アニメキャラから視聴者への指示がある。 5秒/ポケモンショック以来表示されるようになった。 また、頭文字Dや湾岸ミッドナイト等では、シーン中の行為を真似しないよう呼びかける内容もある。 オープニング曲 1分30秒 提供クレジット 最近の傾向として、キー局のアナウンサーに代わり主要キャラクターを演じる声優が提供のアナウンスをするケースも増えている。提供クレジット#声優によるアナウンスも参照されたい。 CM 本編Aパート 10分 アイキャッチ 5秒 CM アイキャッチ 5秒 本編Bパート 10分30秒 エンディング曲 1分30秒 CM 次回予告 15秒 総計 24分00秒、残りはCMになる。テレビ局のCMは15秒単位で作成されるため、それぞれのパートの総計は15秒単位となる。 例:警告とアイキャッチの総計は15秒、テーマ曲はそれぞれ90秒(60秒ほどのものもあり、150秒かかるものもある) オープニング曲・エンディング曲・警告は毎回同じ画像を繰り返して使い、スタッフ名のみが差し変わる。アイキャッチはその回の映像を使いまわすバンクの1種で、次回予告では次回に放送される予定の映像を使いまわすため、実質的にはAパートとBパートの計20分30秒が新規作成される映像となる。AパートとBパートの時間の振り分けは比較的あいまいで、両者を総計して毎回同じ20分30秒になればよい。 ただし番組の総計時間が24分00秒になったのは近年で、かつては25分や29分の番組が制作された時代もあった。また、すべての作品の本編が20分30秒とは限らない。例えばアイキャッチが無かったり、画面の端に番組ロゴを表示するのみの場合やCM入り・CM明けの両方にアイキャッチを入れずいずれか一方にのみ入れる場合、3秒程度の短いアイキャッチを使用する場合などがありこれらの場合、本編の時間はそれなりに増える。また放送開始時に入れられる視聴上の「警告」は、放送局によっては本編冒頭に字幕のみで処理される場合や警告自体を入れない場合や、近年ではわかさ生活がそれを兼ねたCMを流す例もあり(TOKYO MX・KBS京都・テレビ大阪などの全日帯放送作品の一部)、これによっても本編かCMが増える。 この映像に声や音楽を入れて、番組は完成する。声は声優と呼ばれる声だけで出演する俳優がキャラクターごとにつく(マルチタレントや歌手、一般俳優が声を当てることもある)。番組内の音楽はテーマ曲を含めて殆どが新規に作曲され(かつては同じ曲を別の作品で使い回す例もあった)、後にサウンドトラックが作られる。 [編集] 備考 大半の番組はこの例とほとんど同様の構造だが、番組によっては細部でかなり異なっていることもある。 例えば、オープニング曲の前に数分程度の本編が挿入されるいわゆる「アバンタイトル」を置いた作品は珍しくない(OVAなどでも同様である)。時には第1話或いは最終話だけオープニング曲が入る部分を全て「アバンタイトル」に当てたり、エンディング曲のイントロを各回のBパートのラストシーンに被せるように挿入する演出や、時には最終話ではエンディング曲の画像を新規に作ったり(大抵はBパートの延長で実質的な後日談である)も少なくない。その回の内容がシリーズにとって特別な意味を持つ場合(最終回が比較的多い)、AパートやBパートなどの長さを変えてCMが本編の間にほとんど入ってこないようにしたり、オープニングかエンディング(または両方)の画像・曲を新しくすることもある。特に、エンディング曲や予告の放送位置やその間でのCMなどは千差万別である。 変わったところでは『機動新世紀ガンダムX』や『結界師』などでエンディングのアニメーション内に次回予告を挿入していた例もある。 作品によっては本放送時の提供クレジットに「今週のハイライト」的文章や、「携帯サイトなどの局からの案内」(ネット局によっては挿入されない場合もある)などのテロップを挿入する例もある。またエンドタイトルも同じ作品で挿入される局とされない局、或いは局ごとに別々の例もある。 アイキャッチについても番組によってはそれ自体が存在しなかったり(Aパート終了時もしくはBパート開始時に番組タイトルロゴを映像の片隅に挿入する場合もある)、毎回同じものを用いたり、内容(対戦となる回かそうでないかなど)に応じて数種類のアイキャッチを使い分けていたり、中にはCM放送の区切りの有無に関係なく演出面で意図的に頻繁に入れることもある。また、後述の通りCMがないNHKの番組でも1〜2回はいることがある。 テレビCMが入らないNHKやWOWOWのスクランブル放送番組、CSアニメなどでは本来このようなフォーマットに従う必要はないはずだが、民放テレビ局からの再放送需要(CSアニメに関しては地上波との同時もしくは時差展開を行う作品も多い)を意識して同様の構造を持たせている。作品本編も民放と同じように24分で制作され、そのために余る時間には視聴者からのイラストを紹介するコーナーを入れたり、ミュージッククリップを流したり、他番組や局自身の広告を入れたり5分の帯番組とつなげて30分にするなどして放送している。これは放送権を民放や海外に売る際、長さが異なっているとそれがCMを挿入する際の障害となり易いためである。 また再放送においては、主に放送枠の都合上(例:再放送枠自体が通常の30分よりやや短い)からCM放送時間を捻出する為に、テーマ曲や次回予告、場合によっては本編の一部がカットされた分だけされる場合もある。特に通常のフォーマットより本編が長めに制作された作品でこれが顕著である。 [編集] ハイビジョン対応 この節は、書きかけです。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。 16:9ワイド画面やハイビジョン対応のテレビ機種の登場・BSデジタル放送や地上波デジタル放送の開始により、ハイビジョン環境が普及するようになると、それに合わせて16:9サイズ制作作品が増えて行った(ただし、草創期はハイビジョン対応の制作・放送機材がまだまだ高価だった関係もあって、NHK BS-hi向け作品以外は、SD画質をアップコンバートするものが殆どであった)。 また、TBS制作の『探偵学園Q(後期)』および『びんちょうタン(MBS放送分)』を除く全作品および一部のテレビ東京およびTXN系列局制作作品においては、16:9マスター制作作品でも地上波ではデジタル放送も含めて4:3左右サイドカットとなっている。 そして2000年代後半に入ると、放送局や制作会社においてハイビジョン対応の制作・放送機材への更新が進むにつれて、民放向け作品でも純然たるハイビジョン制作の作品が次第に増え、2006年にはUHFアニメにも登場している。 それと共に、地上波民放各局でも16:9サイズで制作された作品を地上波デジタル放送では額縁放送(場合によっては画面の左右カットの4:3サイズ)ではなく、フルサイズ放送(ハイビジョン放送を含む)する局が次第に増えている。 [編集] 字幕放送・データ放送 この節は、書きかけです。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。 近年では、字幕放送やデータ放送対応作品も登場している(ただしネット局によっては未実施の場合もある)。 2007年現在、全日帯アニメにおいてはほぼ全ての作品で字幕放送に対応している(少なくとも、キー局およびその同時ネット局。ローカル局では未だ未対応の局が多い)。深夜アニメにおいては、TBSとMBSが全ての制作作品で字幕放送を行っている。更に、同年4月から放送開始の『ロミオ×ジュリエット』では、深夜アニメでは史上初のデータ放送を実施する(TBS・CBCのみ)。それ以外の放送局では、今のところどちらも実施された実績はない。なお、全日帯アニメでのデータ放送は『名探偵コナン』において実施されている。 [編集] スポンサーと放送局にとっての営業 民放地上波の場合、スポンサーが必要となる。そのスポンサーは、本来の視聴者層が子供向けの場合、玩具・食品(菓子や子供向けの加工食品)・子供向けの生活用品などが草創期以来長年スポンサーであった。近年では子供向け教材会社などがつくこともある。またメディアミックス作品や漫画・小説が原作の作品では出版社やレコード会社(作品の音源・映像ソフトを制作・販売)がつく事が多い。 しかし、子供向けアニメの広告主の多くを占める、商品単価が低く購買層も狭い子供向け商品の企業であることは、放送局にとって営業上不利となる。 20%台あるいは30%台の視聴率のアニメより、その裏番組で視聴率10%強の同時間帯で大人向けスポンサーのつく番組(クイズ・ドキュメンタリーなどでスポンサーが電子機器・製薬・事務用品など)が、放送局にとってはおいしい番組であることも多いようである(少子化の進む近年のみならず、アニメ全盛時代のはずの1970年代といえども例外ではなかったようである)。これを受けてか、『ちびまる子ちゃん』や『名探偵コナン』などのようなファミリー・一般向けアニメには一般向けスポンサーが中心の番組も多くなっている。 この傾向が前述の#テレビアニメの現状における、全日帯アニメの衰退に前後するようにUHFアニメを含む深夜アニメ急増の一因とも言われる。 放送局にとって、長年「子供に夢と希望を与える番組」は時にその放送局の良心とさえ言われた。しかし、近年ではそういう声は薄れている[要出典]。 [編集] 表現規制 表現の自主規制も参照のこと。 全般的に漫画などの書籍と比べて、テレビアニメにおける表現規制は古くから厳しい傾向が見られる。お色気・暴力・流血絡みに留まらず、登録商標などに関しても同様である。 それでも1980年代末頃までは、キー局制作の全日帯アニメでも公然とお色気シーンを多用した番組が多く存在したり(ただ放送時間帯的に卑猥なものではなく、むしろ健康的なエッチさを売りにしていた作品が多かった)、中には女性の乳首まで露出した番組(フジテレビ系で放送された『うる星やつら』『らんま1/2』の初期など)も存在していたほどであった。 また、暴力・流血描写に関しても、1980年代半ばにフジテレビ系列で放送された『北斗の拳』が、過激なシーン(人体破断・爆裂など)をシルエット演出などで残虐表現を比較的抑え目にしていたとはいえ[11]、ゴールデンタイム帯に放送されていたほどであった。 しかし、1990年代に入ってからこのような表現に対してPTAなどからの抗議が集中するようになり次第に表現規制が厳しくなりだしていった。 そこに追い打ちを掛けたのが、1997年12月に発生した、いわゆる「ポケモンショック」[12]である。 この“ ポケモンショック ”を教訓とした映像演出規制に加え、それまでも散発的に実施されていた性的描写規制、同時期に発生した神戸連続児童殺傷事件に代表される、少年による凶悪犯罪の原因究明に端を発する暴力描写規制等も含む包括的な自主規制(いわゆる『テレ東チェック』)へと発展して行った [13] [14]。 この問題となった光を用いた表現についても、特にテレビ東京やテレビ朝日[15]において厳しく規制されており、銃撃戦のシーンなどで不自然な減光や残像処理が見られ、興をそぐ原因となっている。 更に、テレビ東京は全日帯アニメはおろか、生活習慣的に児童層が視聴する可能性が少ないはずの深夜アニメにまで、この規制に抵触すると判断した部分を徹底的に排除するようになった[16]が、その“自主規制”は「性的な表現」[17]もしくは「暴力的な表現」[18]無くしてはアニメ化する必然性の大半が失われてしまう作品群の放送に影響を及ぼすなど、制作サイドにとっては極めて憂慮すべき問題であった。 かくして、その種の作品をこれまで通りの基準で制作したいメーカーが、テレ東以外で放送する局を模索する状況―後に言う“テレ東離れ”―が始まり、この状況がWOWOWアニメやCSアニメ、更にはUHFアニメの誕生に繋がる大きな要因となった(それ以降に関してはUHFアニメの項を参照されたい)。そして2000年代初旬に相次いで開局したBSデジタル放送局にも、その表現の場を求める動きも見られるようになった。 その後、テレビ東京のみならず、2003年頃からこれまで寛容とされていたフジテレビも性的描写に厳格な姿勢に転じている。 また、2001年に成人ゲーム原作の『らいむいろ戦奇譚』を、編成上の都合で夕方6時から放送した兵庫県の独立U局・サンテレビに苦情が殺到し、第三者機関の放送倫理・番組向上機構(BPO)から回答要請を受けるという事があった。なお、この件が関係しているかは不明であるが、この時期を境に、全国各地の地方局などでの夕方時間帯における新作アニメ枠は、編成を取りやめる局が相次いだ(逆に、昭和60年代以前の作品を再放送する枠を設けた局もある)。この件については、苦情のリスクのある新作アニメを止めて、過去に高い評価を得ている(=苦情の恐れの無い)名作アニメを多く放送しているのでは、と見る人もいる。ただし、TOKYO MXのようにテレビ東京の『アニメ530』化に合わせて、他局では深夜帯に放送のUHFアニメを平日の夕方枠などで放送している例もある。 ちなみに、TBS自社制作の深夜アニメも比較的穏和な作品が中心であり[19]、事実上の「表現規制」を敷いている状態である。 とりわけ暴力・流血規制は、殆どのキー局・準キー局製作作品においては、昔の全日帯の一部作品ほどの表現は困難なほど軒並み厳しい傾向が強い。 その一方で、TBS系列局の毎日放送(MBS)製作作品では、2002年放送の『機動戦士ガンダムSEED』以降の作品(『土6』枠放送作品ほか)で放送時間帯を問わずに相当過激な表現を多用する傾向が強い(こちらもBPOから回答要請を受けた事がある)。理由として、同局のアニメ担当プロデューサーである竹田菁滋の意向が大きいと言われる。しかし、一般視聴者のみならず、アニメファンからも『表現が行き過ぎているのではないか』との批判がある[20]。 また、同系列局の中部日本放送(CBC)製作の深夜アニメ作品もMBSほどではないが、比較的過激な描写を行う作品も少なくない(作品によっては、テレビ放送向けに規制処理を行う場合もあるが、それでもキー局のTBSよりは緩い)。 近年ではUHFアニメにおいても局によっては規制を強める動きが見られ、2007年9月に発生した未成年の殺人事件が契機となって『School Days』最終回が地上波各局で放送中止となり、同様に『ひぐらしのなく頃に解』では一部ネット局で事実上の打ち切り、更に同年10月開始の『こどものじかん』ではテレ玉と三重テレビで開始直前に放送中止と言う事態にまで発展している。 [編集] 日本国内の地上波民放の放送エリア・チャンネル数の問題 この項では『民放の地上波』で放送するテレビアニメ全体の傾向と問題点について述べる。ただし、テレビ東京系列が他系列と比べて系列局が少ない事や放送エリアが狭い問題に関しては#テレビ東京系の放送エリアの問題で、ここ10年来急増している深夜アニメやUHFアニメに関しては#深夜アニメ・UHFアニメの急増による地域格差で後述する。 地上波での放送により、キー局とローカル局間で起こる格差(ローカル局のチャンネル数が1〜4局しか受信できない地域が市町村単位で存在すること[21][22])や、地上波で放送するアニメのほとんどが在京キー局によって独占的に放送されているため、事実上関東ローカルと化しており、結果的に『テレビアニメの東京一極集中』といえる問題を抱えている(このような格差については、放送する時間帯による分類はもはや無意味なものとなりつつある)。 また、全国ネットではない作品全体(時間帯は無関係)にいえることであるが(テレビ東京系に加えて地方局で番販ネットされる作品やUHFアニメを含む)、各放送局の間(主にキー局とネット局)で番組スポンサーの社数差が大きい例も少なくない。番組スポンサーが少ない局(特に地方局)の場合、スポットCMか自社告知、場合によっては公共広告機構や放送倫理・番組向上機構のもので穴埋めすることが多い。 一方で、準キー局(在阪局、在名局)や、一部のローカル局(在阪・在名以外の局)で制作のテレビアニメも存在する(こちらを参照)。 近年、BSデジタル放送に加え、スカイパーフェクTV(主にアニメ専門チャンネル)でも、作品によって地上波本放送との時差ネットの度合いは大きく異なり(数日〜1年以上)、放送される例が増してきているが、BSのみおよびCSのみで放送されるアニメが少なく、全域を確実にカバーできるメディアの存在意義に疑問符もある。 更に近年において、インターネットを利用した配信サービスを行っている作品もあるが、 全作品で行われている訳ではない 在京キー局の本放送から遅延(1日〜数ヶ月以上)をもって配信する ほぼ全ての作品が有料での配信 さらに町・村および離島ではFTTHどころか、ADSLすら提供されていない地域が多く、ナローバンドでは動画を正常に再生できず、有料の配信サービスすら受けられない(国内の全域でブロードバンドが提供されていない) ことから、完全に格差が埋まっているとはいえず、本質的な解決策になっていない。 そんな現状から、実質的に「首都圏のうちUHFアニメも多く視聴可能である1都3県内であれば、地上波で放送するアニメをほぼ100%見ることができる」とも度々言われる一方で、地方ではその半分に満たない地域も少なくない。 このような作品は、その地上波ネット局以外ではCSのアニメ専門チャンネルやインターネット経由の配信サービスで配信されるのを待つか、DVDが発売されるまで待って購入、もしくは録画したものを送ってもらう(その放送地域在住の相手がいなければ不可能)などしか視聴する手段はないのが現状である(またWinnyなどのファイル共有ソフトによる違法共有やYouTube等の動画共有サービス上への違法アップロードなどで視聴できるケースがあり、著作権と地域格差を補正する役割とで折合がつかない状況になっている)。 [編集] テレビ東京系の放送エリアの問題 テレビアニメの現状の項で先述のように、現在放送されているテレビアニメの過半数を放送しているテレビ東京(および在京キー局)であるが、地上波のテレビアニメにおいても地域格差の大きな要因となっており、他の4大キー局(日本テレビ・TBSテレビ・フジテレビ・テレビ朝日および系列の在阪局・在名局)で放送するとしても、在阪・在名以外のローカル局で放送できるとは限らないケースも増えている(後述の#ローカル局の事情による、未放送の問題を参照)。 特に深夜アニメに関しては系列局でもネットされない作品もあることから尚更である[23]。 かつては東京12チャンネルと称して関東ローカル局にすぎなかったが、1982年に初の系列局・テレビ大阪を開局させて以後、都市圏において5局の系列局を持つようになった[24]。とはいえ、他の4大系列と比べると圧倒的に系列局が少ないのが現状である。 また、テレビ大阪やテレビ愛知については県域放送であるため各地区の広域局と比べて放送エリアが狭く、政令指定都市の神戸市や京都市の一部で受信不能な地域が存在し、その他の系列局に関しても同一地区の他系列局と比べて中継局が少ない(特にテレビ北海道に関しては、今なお道東・(旭川市・深川市・留萌支庁南部周辺を除く)道北(札幌市以東・以北の地域)に中継局が全くなく、地デジの中継局も他系列局も含めて開局しない可能性があるため、2011年7月にアナログ放送が終了すれば民放が全く受信できなくなる可能性も起こり得る)。 この為、系列局が受信出来ない地域を抱える府県の独立UHF局(兵庫県のサンテレビを除く)やローカル局向けに番販ネットする作品もあるが、全ての作品で行われている訳ではないうえに、深夜アニメとなると非常に少なくなる。 その後、2000年12月に開局した子会社のBSデジタル放送局・BSジャパンで全国をカバーすることを狙ったが、日本音楽事業者協会などとの著作権に関する諸問題から、大半のテレ東系番組が地上波と同時ネットが出来ない状況であり、BSジャパンで放送される場合 テレビ東京 + TXN系列局との混在による時差ネット テレビ東京 + TXN系列局 + 子会社が運営するスカイパーフェクTVのアニメ専門チャンネル・AT-X(キッズステーションやアニマックスなどの場合もあり)との混在による時差ネット のような形態でしか放送されておらず、『BSジャパンのみ』でアニメを放送した実績が1作品もないことに加え、地上波で未放送の作品は『人造昆虫カブトボーグ V×V』の1作品のみである[25]。 なお、全日帯アニメに関しては大半の作品を時差ネットながら放送しているが[26]、深夜アニメに関しては2007年9月まで存在したテレビ東京が制作参加の土曜深夜枠1本を、翌日の日曜深夜に時差ネットしていた[27]のと、『鉄人28号(2004年版)』を早朝枠で時差ネットしたのみである。 そんな中、2007年5月31日にテレビ東京の菅谷定彦社長(現:会長)が定例会見にて、テレビ大阪の京都府・兵庫県へのエリア拡大に加え、宮城・静岡・広島の各県に新局を開設(静岡県に関してはテレビ愛知の放送エリア拡大の案もあり)するとの構想を発表している。 宮城・静岡・広島の各県にテレビ東京系新局が開局すれば民放テレビ局が5局体制となる為、今後の動向が注目されるが、 現在のテレビせとうちを持つ瀬戸内準広域圏が典型的な例のように『新局の設置=その地域での全国ネットではないアニメ(主に深夜アニメ[28]にUHFアニメ(特に後者))の放送が増えるとは限らない』こと(アニメに限らず全国ネットの番組全般に関しては、かなりの放送が見込まれる) 仮に上記の各県に新局が設置され、民放テレビ局が5局体制に増えたとしても、現在のテレビ北海道やテレビせとうち、TVQ九州放送のように、中継局の不備から今なおこれらの局を視聴出来ない地域が多いのと同様に、これら各県の県庁所在地兼政令指定都市(仙台市・静岡市・広島市)および各県内の有力主要都市(静岡県浜松市(同県内第2の政令指定都市)や広島県福山市(同県東部の中心地の政令中核市)など)周辺地域以外の市町村(特に山間部や離島、その他の過疎地域)で受信できるかを保証していない(あまねく全域で受信できることを保証していない = 法的にも強制されない) これらの新局が全て開局してから対象地域をまんべんなくカバーし、なおかつ全てのアニメをテレビ東京と同時ネットで放送できたとしても、それでも日本国内全域を(区域外受信の効果を期待しても)半分もカバー出来ない ことに注意されたい(参考記事1・参考記事2)。 [編集] 深夜アニメ・UHFアニメの急増による地域格差 衰微著しい全日帯アニメとは対照的に、ここ1990年代以降急増しているUHFアニメを含む深夜アニメにおいては、先述の様に基本的にスポンサー・製作会社が放送枠を買い取る形式での放送作品が多い(キー局系でもテレビ東京系は殆どの作品がこれに該当する)。この種のアニメの大都市圏(特に東名阪地区)以外での放送は、制作会社側の予算の都合や費用対効果などの問題で極めて少ないのが現状で、地上波で全国的にネットする作品は稀であり、作品の放送数において大都市圏と地方の間で大きな格差が発生している。 テレビアニメとOVAを比較する形で、アニメファンの間には、基本的に話数・総放送時間の多いテレビアニメをOVAより格上の存在と見る風潮(=質より量)が昔から根強い。このため、同じアニメ作品を制作するにしても、OVA化よりもテレビアニメ化の方が注目をより多く集めやすい傾向がある[29]。このこともあり、深夜アニメが本格化する以前ならばOVAとして制作・販売されていた様な性質・制作規模・収益モデル計画の作品であっても、1クール程度のテレビアニメとした方が各方面からの出資を集めやすく、また原作者からもアニメ化による原作本の売れ行き向上の効果も見込める事から許諾も得やすいという実態がある。 OVA的な収益モデルによる制作・販売体制を取る作品の場合、テレビ放送での視聴率は重要視されず、あくまで『テレビアニメとして放送された作品のメディア化』という実績を付けてパッケージ販売を行う目的から、極論すれば、テレビ放送そのものが『DVDや関連グッズを売る為の30分間のテレビコマーシャル』と言う事になる。 このような作品においては、テレビ局で放送する際は放送料金が安価な深夜枠(更には独立U局)にて、費用対効果の高く、かつおたく層の絶対数が多い大都市圏限定で放送すれば十分採算が取れるということになる。このこともまた地方での放送が考慮されず、地上波放送での地域格差を広げている一因となっている[30]。 UHFアニメに至っては、同じ関東地方でも北関東[31]の独立U局では余り放送されない為、これらを数多く放送する南関東の独立U局の区域外受信が出来ない地域では、関西・中京圏などのTXN系列局およびUHFアニメを多数放送する放送局が受信出来る地域よりも不利な条件になることもある[32]。 深夜アニメの項やUHFアニメの項も参照されたい。 [編集] ローカル局の事情による、未放送の問題 この節は、書きかけです。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。 漫画・ゲーム・小説(主にライトノベル)を原作とした作品のアニメ化が決定し、放送局が発表された場合、当該のキー局がテレビ東京系以外の4大キー局(日本テレビ・TBSテレビ・フジテレビ・テレビ朝日および系列の在阪局・在名局)であったとしても、それ以外の系列に属するローカル局で(遅れネットすら)放送されるとは限らないケースも増えている(在阪・在名局でさえ放送されないアニメも多い)[33]。 各ローカル局の事情(主に経済的な事情)により、キー局と同時ネットどころか遅れネットの放送すら困難な状況を抱えることもあり、アニメの放送権によって予算が大幅に割かれるうえ、大口のスポンサーがほとんどつかないため、なかなか放送できないケースもある(一度再放送した旧作でも再び放送する事さえままならない例も少なくない)。 当該のアニメがローカル局で放送されない場合、放送しないローカル局が悪い、と責任を取り沙汰されることもしばしばあるが、地上波での放送という性格を考慮すれば、ローカル局だけの非を追求するのも不当な中傷にもなりかねない。 [編集] その他の問題 この節は、書きかけです。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。 キー局およびローカル局の非とはいえないが、漫画・ゲーム・小説を原作とした作品のアニメ化を、アニメ雑誌や漫画雑誌(原作の連載誌)などで特集する際、しばしば「全国○○系で放送」のように(民放の放送にもかかわらず)”全国”を付ける描写も見られ、ローカル局で放送されないことや、遅れネットでの放送についてはほとんど言及されず、キー局を優先する形でしか描かれない。 これにより、あたかも国内全域で放送されるかのような誤解を招くこともしばしば見られる(系列局の最も少ないテレビ東京においても、「全国テレビ東京系列にて放送」のようなキャッチコピーが見られることがある)。 [編集] 地方局制作のテレビアニメ 在京キー局以外の地方局(主に在阪局・在名局)制作のテレビアニメも存在する。 2007年4月現在、在京キー局以外でテレビアニメの制作実績を持つ地方局としては以下の例が挙げられる。 在阪準キー局全5局(いずれも深夜アニメに関しても制作実績がある)。なお、関西テレビ放送(KTV。FNS系列)以外の局はレギュラー制作枠を持っている[34]。 在名準キー局のうち、名古屋テレビ放送(メ〜テレ・NBN。ANN系列)・中部日本放送(CBC。JNN系列)・テレビ愛知(TVA。TXN系列)。いずれもレギュラー制作枠を持っている(ただしCBCは現在は深夜枠のみ)。そのうち、メ〜テレとCBCは深夜アニメの制作実績も持つ[35]。 瀬戸内準広域圏TXN系列局のテレビせとうち(TSC)[36]。 その他にも、TXN系列のテレビ北海道(TVh)やTVQ九州放送がテレビ東京との共同制作の形で制作実績があり[37]、また、JNN基幹局のRKB毎日放送(RKB)・北海道放送(HBC)・東北放送(TBC)・中国放送(RCC)の各局も、CBCとの共同製作の深夜アニメで制作参加実績がある。単発作品では、北海道テレビ放送(HTB。ANN系列)も制作・放送実績がある[38]。 また、自局制作ではないが札幌テレビ放送(STV。NNS系列)も、『チビナックス』を北海道ローカルで放送している(第1期の本放送終了後に関東圏などの独立U局にネット。2007年4月からはSTVで第2期の『2.0』を放送)。 特に在阪準キー局の中でも毎日放送(MBS。JNN系列)や讀賣テレビ放送(ytv。NNS系列)は、古くから同系列の在京キー局に匹敵もしくはそれ以上に熱心な事で知られる。また、ANN系列の朝日放送(ABCテレビ)やメ〜テレも放送実績こそ前記の2局には及ばないが、古くから制作実績を持つ。 [編集] 地方局制作テレビアニメの逆ネット事情 全日帯アニメに関しては、ゴールデンタイム帯や土日の午前帯など視聴率を高く取れる枠で放送される作品が多い事から、在京キー局ほか全国各地の同一系列局などに全国ネットされる例が多いが、深夜アニメに関しては、地方局はおろか、在京キー局でも放送されない作品も今なお存在する(2007年8月現在ではメ〜テレ自社制作作品など)。 その在京キー局に逆ネットされなかった深夜アニメは、殆ど全てが首都圏内独立U局各局にネットされる為、UHFアニメとしても扱われる例が多い[39]。 これは在京キー局がテレビアニメに限らず地方局制作の深夜番組の逆ネットに消極的な姿勢を取っている事(近年ではTBSがMBS・CBC制作深夜アニメの逆ネットをようやく開始するなどの動きが見られるが、全体的に見れば完全には解消されていない)や、系列局との間の表現規制の温度差(特にTBSとMBS・CBC両局との間における隔たりが目立つ)などが大きく影響しているものとされる。 逆に、一部の在京キー局もしくはその系列局制作・放送作品が関西圏のみ独立U局ネットとなる場合もある。これは古くから在阪局が在京キー局への対抗意識から自社制作番組の放送を優先する姿勢が強い[40]事に加えて、文化の違いから両地区の深夜帯の編成に大きな隔たりがある事のあおりを受けている影響が大きいが、更に近年では関西圏全体で深夜枠が逼迫している事情も重なっている。 [編集] 再編への動きの兆候 2007年10月改編では今までに無い大きな動きが見られた。 依然として全日帯アニメの衰退に歯止めがかからない中、ytv制作NNS系列全国ネット放送であった『結界師』が長らく続いていた同枠の視聴率不振により「後番組はおろかつなぎ番組さえ決まっていない状況下で」月曜夜7時枠から撤退を余儀なくされ[41][42]、うちytvと日テレでは深夜枠降格が決定した(東北地方の一部系列局で遅れネットが決定しているものの、その他のネット局ではそのまま打ち切りとなる局が続出する可能性もある)。また、テレビ東京系列の『アニメ530』ゾーンで苦戦を強いられている第1枠のうち、新作アニメ枠は木曜のみとなる。更にTBSも一度は復活した自社制作全日帯アニメを再び休止する事になった。 深夜アニメにおいても在京キー局で最も放送本数が多かったテレビ東京が新作深夜アニメ枠をプラスマイナスで3枠減らし(特に6年半にわたって続き、深夜アニメとしては唯一BSジャパンにもレギュラーネットしていた土曜深夜枠が廃止された事で、BSジャパンで放送の深夜アニメが全く無くなる事態が発生し、地方の視聴者が見ることが出来る深夜アニメが減少する事になった)、テレビ朝日もかつて迷走状態に陥った深夜アニメ枠を再び休止する事になった。 深夜帯放送のUHFアニメにおいても放送本数が飽和状態に陥って独立U局でも枠不足を露呈する状況に陥り、それに追い討ちをかけるように2007年9月に発生した未成年による殺人事件の影響の余波から、複数の作品が事実上の打ち切りもしくは局によっては放送開始直前に放送中止を決定するケースも出ている(独立U局においても表現規制を強化する方向に動きつつある事を示唆する現象となった)。 更に制作本数および体制において飽和状態になりつつある従来の深夜アニメおよびUHFアニメ枠を深夜ドラマ(深夜特撮)枠へ鞍替えするケースも出ている。 これらの動きからテレビアニメ全体の再編が進む可能性も否定出来ず、今後の動向が注目される。 [編集] 現在の在京民放キー局の動向 この項ではテレビアニメ全体の動向を述べ、更なる詳細は全日帯アニメの項や深夜アニメの項を参照されたい。 [編集] 日本テレビ かつては、在阪準キー局の読売テレビ(ytv)と共にテレビアニメ制作にしのぎを削っていたが、1990年代前半から全日帯アニメの放送本数を減らしている(現在のゴールデンタイム帯放送作品は、全て読売テレビ制作。日本テレビ制作作品は金曜夕方の『それいけ!アンパンマン』のみ)。 深夜アニメに関しても、他局と比べると制作本数は少なめである。 ただし、その分だけ「量より質」を重視する姿勢も伺え、制作会社や視聴者の支持を得ている[43]。 過去の分も含む放送作品は日本テレビと系列局制作アニメ番組の一覧の項を参照されたい。 [編集] TBS 古くから在阪準キー局の毎日放送(MBS)の方が熱心な傾向が強く[44]、土曜夕方5時半枠で放送されていた『探偵学園Q』[45]終了後は自社制作の全日帯アニメが在京キー局では唯一存在しない時期が続き、2007年4月より『ラブ★コン』で3年ぶりに再開するも、わずか半年で再び休止となる[46]。それ以外では、MBS制作の『土6』枠のみとなっている[47]。 一方で深夜アニメに関しては2000年代以降、子会社のBS-i限定放送作品も含めてかなり力を入れている[48]。 過去の分も含む放送作品はTBSテレビと系列局制作アニメ番組一覧の項を参照されたい。 [編集] フジテレビ かつては在京4大キー局の中で数々の人気作品や長寿番組(シリーズものを含む)を輩出するなど『テレビアニメの雄』的存在であったが、1990年代後半以降から徐々にトーンダウン状態となり、遂にはゴールデンタイム帯放送作品が消滅するに至った。 深夜アニメに関しても、放送トラブルが相次いだ事で、その教訓から日本テレビ同様の傾向が見られる[49]。 他系列とは違い、FNS系列局制作作品は極めて少なく、過去に在阪準キー局の関西テレビ(KTV)が深夜アニメを含めて3本制作したに過ぎない。 過去の分も含む放送作品はフジテレビ系列アニメ番組一覧の項を参照されたい。 [編集] テレビ朝日 現在、在京4大キー局の中では唯一、ゴールデンタイム帯に自社制作アニメを放送している局である(ただし一時期と比べるとこの時間帯での放送作品は減少している)。 近年では深夜アニメにも力を入れつつあったが、かつてのフジテレビ同様に放送トラブルが相次いだ影響もあって2007年4月改編で撤退に追い込まれ、同年7月期で1本体制で再開するも、わずか1クールで再び休止となる(系列局のUHFアニメ枠はその間も継続)。 ytvやMBSほどではないが、在阪・在名局の朝日放送(ABCテレビ)や名古屋テレビ放送(メ〜テレ、NBN)も古くからテレビアニメ制作に力を入れている。 過去の分も含む放送作品はテレビ朝日と系列局制作アニメ番組一覧の項を参照されたい。 [編集] テレビ東京 従来よりアニメに力を入れている局であり、放送時間帯を問わず在京キー局の中で最も放送本数が多く、その半数以上を占めているほどである。 しかし、1990年代後半頃から#表現規制の項でも取り上げたように、それが先鋭化して行った事から、それに対して制作側が同局での放送を敬遠する動きも見られるようになり(これがUHFアニメ誕生の一因にもなった)、それが尾を引いたのか、それ以前ほどの活気は見られなくなった(特に現在の『アニメ530』枠のうち第1枠の低迷が深刻であり、その一部曜日を実写作品枠として『ドラマ530』として再編成したが、テコ入れ効果は余り見られていない。一方で土日の午前帯枠は比較的堅調である)。 実は、全ての系列局がテレビアニメ制作に関わった実績がある(TVQ九州放送以外は単独制作の実績あり(ただしテレビ北海道(TVh)は本放送時は道内ローカル放送作品のみ))。そのうち、テレビ大阪(TVO)・テレビ愛知(TVA)・テレビせとうち(TSC)は全国ネットレギュラー枠を持っている。特にTSCは現在東名阪地区以外で唯一の存在であり、TXN系列アニメとしてもテレビ東京制作の『ポケットモンスター』シリーズを凌ぐ長寿番組を制作している(『しましまとらのしまじろう』)。 過去の分も含む放送作品はテレビ東京と系列局制作アニメ一覧の項を参照されたい。 [編集] テレビアニメにおけるアニメソング 概要に関しては、アニメの項やアニメソングの項を参照されたい。 テレビアニメにおいては、古くから1つの作品につきオープニング・エンディングがシリーズ通して使い続けられるのが慣習となっていたが、1980年代前半に放送された『うる星やつら』において、シリーズ途中から数ヶ月周期でオープニング・エンディング曲を変える試みを行ったが、これがレコード会社各社にとっては大きなビジネスチャンスと受け取る動きを見せ、それ以後の作品においては1〜2クール周期でこれらを変える作品が多くを占めるに至る(作品によっては1ヶ月もしくは各放送回ごとに変えるものもある)。 この動きから、一つの作品シリーズに複数のレコード会社が主題歌制作に関わる例も時折生じるが、その場合、各社保有の著作権の調整の必要性も生じる事になる。その結果、以下の例も見られるようになる。 ベスト盤CD制作の際に、主題歌の多くを、もしくはサウンドトラックを制作している会社が代表して発売する(例:『機動戦士ガンダムSEED』シリーズ) 映像パッケージ版を発売する際に権利調整が難航した結果、オリジナル版の主題歌を使えなかった(例:『赤ずきんチャチャ』)、若しくはその曲を使用したパートを丸々未収録にした(例:『ハイスクール!奇面組』) しかし、これによって、『レコード会社の利益』のみを追求した結果、CHA-LA HEAD-CHA-LAやドラえもんのうたのような『作品固有』の『代表曲』と言えるものは徐々に減少し、楽曲でアニメーションを語ることは困難になってきている。特に2000年代以降はアニメタイアップはソニー・ミュージックエンタテインメント等の新人ミュージシャンのセールスにおける重要な要素の一つとなっており、その傾向に拍車がかかっている。 [編集] テレビアニメにおける各種音源制作 アニメの項を参照されたい。 [編集] テレビアニメのパッケージ版 その販売形態における差異も含めて、アニメの項を参照されたい。 [編集] 放送版とパッケージ版の差異 DVD等のパッケージ化の際に、下記のような変更が行われるのはテレビアニメでは比較的目立つが、特に深夜アニメやUHFアニメなどの深夜帯放送作品の場合は主に 予算や制作スケジュールが厳しいため、放送時の映像は十分な品質に達していないことが少なくない お色気や流血など刺激の強い表現をとろうとするものの、放送では規制されることが多い パッケージの売り上げが主な収益であるため、付加価値を高めて購買意欲を刺激する必要がある といった事情があるため、このような傾向が顕著である。 [編集] 差異の代表例 放送時に品質が不十分であった映像の修正(リテイク) 放送局による表現規制を制作時本来のものに戻す 全く新規の映像の追加収録 番外編、後日談、短編アニメ(パロディ色が強いものが多い)など、本編からやや離れた内容のものを収録する 本編前半の途中の回を放送せず、パッケージのみに収録する 本編の結末の部分を放送せず、パッケージのみに収録する アニメ本編とは直接無関係の、キャストやスタッフのトークなどの映像や音声を追加収録(本編とは別に特典ディスクとして同梱する例も多い) [編集] 注記 1.のケースは、放送本数増加に合わせて放送分の制作スケジュールが破綻かそれに近い状態になった例が多発した際に急増している。 2.のケースは、放送局側からの規制撤廃や制作会社側の営業戦略などにより、主に「お色気シーン」を放送分に追加挿入もしくは放送局の規制に合わせたものを制作意図本来のものに戻すものである。放送分だけを視聴していても内容の理解には支障が無いが、「物足りない」と評される例はある。また、その追加もしくは差し替え部分が視聴者から「蛇足」と評価される例もある。 特殊な例として、一部のシーンを各種衛星放送も含む放送地域別にそれぞれ別バージョンで放送される作品もあり[50]、この場合は映像パッケージ版に全バージョンが収録されている。 また、TBSやその系列局制作の深夜アニメの多くは、制作時には16:9ビスタサイズの作品も地上波放送時は4:3サイズで左右をカットして放送する例が多く(BS-iで放送時はフルサイズ)[51]、レンタル版ではそのままで、パッケージ版でフルサイズ収録する例が多い。 3の各ケース 3.1.のケースは、従来のテレビアニメでも行われてきた「テレビで人気が出たら続編や番外編をOVAや劇場版で制作する」という手法の延長線上にあるものといえ、パッケージを購入しない視聴者にとっても比較的抵抗が少ない。 3.2.のケースは、深夜アニメの一般化以降見られるようになったもので、放送だけを視聴していても内容の理解には支障がないが、パッケージを購入して未放送回を視聴することにより背景や人間関係がより深く理解できるといった趣旨となっている。とはいえ、本編の一部を放送しないという手法に対しては不満の声もある。なお、未放送回の存在は事前にウェブサイトなどで告知されていることが多い。 3.3.のケースは、特に2003年〜2004年のフジテレビや、近年のテレビ朝日の深夜アニメで顕著に見られ、深夜アニメの歴史の項で述べたように放送スケジュールの都合で最後まで放送できない作品が続出し、結果的にパッケージを購入しなければ(あるいは、衛星放送などによらなければ)結末を視聴することができない事態となった。これは放送局の都合だけではなく、制作側も全話放送できないことを承知の上で作品を売り込んだ例があるとも言われており、視聴者の不満は大きなものであった。この影響で、特別番組やスポーツ中継などによる放送休止の関係で当初から本放送時の放送話数が少なめになったケースも増えている。 3.4.のケースは、オーディオコメンタリーの例もあれば、出演声優ファン向けの販売戦略としてインタビューやイベント映像などが収録される例も多い。中には作品関連のイベント参加整理券もしくは応募券を同梱する事もある(一部店舗配布もしくは通信販売限定のものもある)。 なお、どのケースにもあてはまらないものとして、『ARIA The NATURAL』があり、通常放送で放送されなかった2話以降の各話のアバンタイトルがすべての話に追加されている。ただし、特典映像としてすべての巻に3.4.のケースにあてはまる映像も含まれている。 [編集] 問題点 更に、そのような販売戦略が特に問題視された例として、テレビ東京系列の『かしまし 〜ガール・ミーツ・ガール〜』がある。この作品では、テレビ放送のラストシーンが、DVDに収録される真の最終回への露骨な誘導とも思える内容であったことから、一部ネット上で批判が集中し、ラストシーンの台詞をとって「あのね商法」などと呼ばれるに至った。 結末を有料メディアでのみ見せるという手法は、テレビアニメに限ったものではないが、特に近年の深夜アニメやUHFアニメなどの深夜帯放送作品においてこのような例が続いたことから、パッケージ販売を促進したい制作者と視聴者との間で軋轢が生じており、深夜帯放送アニメ作品の商業展開の難しさが浮き彫りとなっている。 なお、上記のように地上波で未放送回があった作品は、後日衛星放送など(特に有料チャンネル)で再放送される場合は完全な形であることが多い。 [編集] 余談 本来は一部地域ネットの全日帯アニメとして制作された作品が、ネット局では編成の都合で深夜帯に放送されるというケースが時折ある[52]。一方で深夜アニメでも逆の例が生じる事もある[53]。 また、当初は深夜アニメとして企画されたが、全日帯アニメに変更された例もあれば(『おとぎ銃士 赤ずきん』)、その逆のケースもある(『コードギアス 反逆のルルーシュ』)。 変わった例では1990年代前半の前後において、日テレ制作の夕方枠アニメが、系列局のytvでは編成の都合で[54]、小・中学生層がビデオ予約録画をしない限り視聴困難な平日午前帯に放送されていた時期があった。また、TXN系列局のテレビ大阪およびテレビ愛知においては、1990年代前半においては当時の夕方6時30分枠が過去のアニメの再放送枠となっていた関係で、他の系列局で同時ネットされていたアニメ作品が別の時間帯で放送されていた[55]。 更に特殊な例として、同じ作品でも局によってはシリーズ途中で全日帯から深夜枠に移動したり、逆に深夜枠から全日帯に移動するケースも見られる(『ラーゼフォン』。キー局のフジテレビでは視聴率不振を理由に夕方枠から深夜枠に降格。逆にネット局の東海テレビでは深夜枠から夕方枠に移動)。 1980年代前半まではテレビ東京以外の在京キー局でも平日の夕方6時台に放送する作品も存在したが(特撮作品も含む)、4大キー局が揃ってニュース番組枠化した事で、そのような作品は現在存在しない。 2000年にテレビ東京系列で放送された『ラブひな』は新作テレビアニメとしては極めて珍しい夜10時台の放送であったが[56]、視聴率面で芳しくなかった為、この時間帯のテレビアニメ放送はこの作品のみに留まっている。テレビ東京としては深夜帯の扱いだったのか、視聴注意テロップは非表示だった。 [編集] 作品リスト アニメ作品一覧 [編集] アニメのジャンル [編集] 対象層別 幼児向けアニメ 子供向けアニメ 少年向けアニメ 少女向けアニメ 男性向けアニメ 女性向けアニメ ファミリー・一般向けアニメ [編集] ジャンル・題材別 SFアニメ ギャグアニメ ロボットアニメ 魔法少女アニメ ハーレムアニメ 萌えアニメ スポーツアニメ 格闘アニメ [編集] その他 日本国外で放送された日本のテレビアニメ 深夜アニメ一覧 UHFアニメ一覧 [編集] 脚注 ^ 関西圏・中京圏では準キー局や広域局で放送、更に準キー局・広域局もしくは地方局が制作か先行放送の作品が、関東圏では独立U局で放送の例も含む為。 ^ ビデオソフト化による制作費の回収システムが確立されたことや製作委員会方式で制作費の調達が容易になったことも大きい。 ^ 特に、近年はテレビ東京系以外の平日夕刻帯や、ゴールデンタイム帯放送作品が激減している。 ^ 現在の『アニメ530』枠。しかしこの枠も苦戦状態となっている ^ 特に、全日帯アニメの衰退振りやローカル局で放送されるアニメの減少がその前兆と言われている ^ ただし近年増加している放送枠買取形式の放送作品に関しては、逆に制作会社・広告代理店側がテレビ局の放送枠を買い取る形になっている。特にテレビ東京系の深夜アニメやUHFアニメで顕著である。 ^ 終了直後から続編を放送して事実上の放送期間延長が行われる人気作品シリーズも多い。 ^ 『手塚治虫のドン・ドラキュラ』に至っては、担当広告代理店の倒産が原因で1クールも持たずに打ち切られた。『サイボーグクロちゃん』も先述の例ほどではないが、同様の理由で未完のまま終了の憂き目に遭った。 ^ MBS制作『コードギアス 反逆のルルーシュ』『機動戦士ガンダム00』 ^ TBS制作深夜アニメの特別編的作品など。 ^ それでも主要人物が壮絶な最期を遂げるシーンや、主にゲストキャラが悪党によって惨殺されるなどの表現は多々見られた。 ^ TXN系列で放送された『ポケットモンスター(第38話「でんのうせんしポリゴン」)』の過剰な映像演出により視聴者の一部が体調不良を訴え入院者が続出、同時に同局がその対応のまずさ等により官民一体の痛烈な批判にさらされた、日本アニメ史上において(負の意味で)特筆すべき事件。詳細はポケモンショックの項などを参照の事。 ^ 「恐怖のポケモンチェック」 TVアニメ資料館、2002年10月2日。 ^ 「テレビ東京の倫理規制とは?」 TVアニメ資料館、2001年1月10日。 ^ ただし、深夜枠については『巌窟王』以降緩和される傾向にある。 ^ それは一般的なテレビアニメ作品においても、例えば日常生活でも多く見られる入浴シーンが不自然な絵で表現されたり、状況によっては絵のアングル的に必然的にその内部が見えざるを得ないはずの女性キャラのスカートが決して大きくめくれないさまは、しばしば「鉄板」「鉄壁」などと揶揄されたほどであり、これらの規制指示はアニメ制作側の立場を無視した、極めて強引なレベルであった。 ^ 直接的な裸体描写はおろか、パンチラすら厳しく規制されている事を伺わせるほどであった。 ^ 『カウボーイビバップ』に至っては、当初予定エピソードの半分しか放送出来ないと言う打ち切り同然の扱いを受けた(同作はその後WOWOWやアニマックス、毎日放送(MBS)『アニメシャワー』枠などで全エピソードを放送)。 ^ ただし、子会社のBS-i限定放送作品に関してはUHFアニメ並みに規制が緩い。 ^ この事が関係しているか定かではないが、2006年10月から『土6』枠で放送されていた『天保異聞 妖奇士』が、1年間放送予定だったにも関わらず、半分の半年で終了するという事態が発生してしまった。 ^ 沖縄県を例とした場合、本島と離島において受信できるチャンネル数の格差があり、那覇市および本島で3局(琉球放送、沖縄テレビ、琉球朝日放送)が受信できても、離島では受信できないケースがある。 ^ 北海道の場合、札幌市以東・以北において民放が全く受信できない地域も多々存在し、地デジの中継局も開設されない可能性も高い(後述)。 ^ かつては関東ローカル放送作品も多かったが、現在は極めて稀にはなっている。ただし、テレビ北海道・テレビせとうち・TVQ九州放送のいずれかで放送されない例は今なお多い。 ^ 在京キー局の系列5局(日本テレビ系・TBS系・フジテレビ系・テレビ朝日系・テレビ東京系)が受信できる地域を、便宜的に「都市」と称することもある。 ^ これはテレビ東京側が内容面で地上波放送を拒否した為、結果的にそうなっただけであり、地上波による地方間の格差を考慮したためのものではないことに注意されたい。 ^ 作品によっては、版権の関係や制作側の系列局へのネット予算不足などからネットされない場合もある。 ^ AT-Xもほぼ同様の理由で同時ネットが出来ない状況にある。 ^ 深夜アニメに関しては、むしろ4大系列での放送作品の方が3大都市圏以外で放送される例が少ない傾向が強いが(現在では特にテレビ朝日系列制作作品で顕著である)。 ^ 漫画作品などがOVA化されると、ファンの間からは『次はテレビアニメ化だ』という声が聞かれるのは現在でもよくあるが、あくまでもキー局を擁し、地上波のアニメを100%視聴できる関東広域圏や、大半をネットすることの多い関西・中京圏でしか歓迎されず、それ以外の地方(特に五大都市圏以外)に在住するファンやおたく層からはローカル局では放送されないと判断されるため、冷めた目で見る者が多い。 ^ 一部のアニメ作品ではスカイパーフェクTVの各チャンネル(主にアニメ専門チャンネル)でも放送したり、ブロードバンド配信を行っているが、それでも地域格差を完全に解消するには程遠いのが現状である。 ^ 茨城県に至っては県域放送の民放テレビ局が未だに開局していない都道府県であるため、関東ではもっとも不利な地域と言う事になる。 ^ そのため、UHFアニメを求めている視聴者(主に若年層)の地域離れの一因にもなっているのは否めない。地上波デジタル放送の推進に伴う政策から、ケーブルテレビ局(特に小規模なケーブルテレビ局)による県外U局の再配信も打ち切る局が相次いでいる為、尚更である。逆に言えば、そのことがあるために都心に人口が集中する結果になったといえる。 ^ 逆に、在阪局・在名局で制作して放送されるアニメを、在京キー局で放送しないとすれば、関東広域圏に在住する視聴者(特におたく層)から『大阪や名古屋で放送しておきながら、何故東京では放送しないんだ』という苦情や批判が殺到するのは明らかであるため、在京キー局の場合はむしろ放送せざるを得ないとした方が適切かもしれない。 ^ 関西テレビ放送のテレビアニメ制作実績は深夜帯も含めて僅か3本のみで、UHFアニメの幹事局担当作品の方が多いほどである。 ^ メ〜テレ(名古屋テレビ)は、1969年に放送された『六法やぶれクン』で史上初の地方局制作深夜アニメの称号を得ている(ただし当時は日テレ系とのクロスネット時代で、日テレ系で放送された)。 ^ 現在は月曜朝の『しましまとらのしまじろう』を制作。参入当初は暫く月曜18:00〜18:30枠を担当していた。 ^ TVhに関しては一部地域放送の単独制作作品あり(『ヘイ!ヘイ!シュルーム』)。 ^ 『onちゃん夢パワー大冒険!』『白い恋人』など。いずれも北海道ローカルで先行放送の後、道外のANN系列局・BS朝日などで放送。なお、前者は自社制作だが、後者は石屋製菓制作である。 ^ 過去に一度だけ、MBS制作の『フォーチュン・クエストL』が異系列のテレビ東京にネットされた事例がある。これはMBSが腸捻転時代にテレビ東京の前身である東京12チャンネルとネット関係があり、現在もテレビ東京の大株主である事も影響している。 ^ MBSに至っては、同一系列のTBS・CBC制作深夜アニメよりも、自ら幹事局を担当するUHFアニメを優遇する傾向が強いほどである。 ^ 余談だが、通常であれば例え打ち切りとなっても、その後番組もしくはつなぎ番組の準備を行いながら、該当作品は短縮版のストーリー構成に変更するなどで対応する例が殆どであるが、今回はそれさえも十分に行われていない状況下での決定劇であった事が、ytvの諏訪道彦プロデューサーの公式ブログから伺える。 ^ その後、暫定的に空いた枠を利用して『名探偵コナン』を1時間枠化し、2008年1月からは『ヤッターマン』のリメイク版を制作する事が報じられている(関連記事)。 ^ 特に深夜帯では他系列では極めて少ない『4クール、もしくはそれ以上の放送期間』の作品が複数存在するほどである。 ^ 腸捻転時代は朝日放送(ABC)とネット関係にあり、ABCもTBSと比べるとアニメ制作に熱心である。 ^ 番組開始当初は火曜18:55〜19:24枠だったが、視聴率不振で枠降格。 ^ MBSや中部日本放送(CBC)と言ったネット局では深夜帯での放送であった。 ^ CBCも全日帯アニメを手掛けていた時期もあったが、『ウルトラマンネクサス』以降はMBSと入れ替わるように平成ウルトラマンシリーズ製作担当局となった関係で休止状態にある。 ^ MBSやCBCも力を入れており、近年ではTBSでも両局制作作品の逆ネットも開始。 ^ そのため、関西テレビや東海テレビ(同局は諸事情で一時撤退していたが、2007年7月より再開。ただし関西圏では関西テレビとの組み合わせから、独立U局ネットに変更)の方がUHFアニメの分だけ本数が多いという時期もあった。同様の例は他系列でも少なからず見られる。 ^ 『グリーングリーン』や『はっぴぃセブン〜ザ・テレビまんが〜』など。 ^ テレビ東京系の全日帯アニメの一部でも地上波版では演出上どうしてもサイドカットが出来ないシーン以外は同様の処理を施して放送している(BSジャパン放送時はフルサイズ)。ただし、2007年4月改編以降は一部の作品で地上波アナログ放送でもレターボックス形式で放送する例が出ている。 ^ 例:TBS土曜夕方5時半枠放送作品において、系列局のMBSでは深夜帯の『アニメシャワー』枠で放送される場合があり、2007年4月放送開始の『ラブ★コン』も同様である。これはCBCでも多く見られる。また、『アキハバラ電脳組』もネット局では全日帯での放送だったが、MBSのみ深夜での放送だった(余談だが、本作を連載していた漫画雑誌『なかよし』には「午前2時40分〜放送」と記載されていた) ^ 例:TBSでは深夜帯に放送された『ああっ女神さまっ(第1作目)』が地上波で唯一のネット局であった北海道放送(HBC)では日曜朝6時枠での放送(途中で土曜日の同時間帯に移動)。また、TBS・MBS共同制作で2007年4月放送開始の『おおきく振りかぶって』では、MBSが全放送局で唯一、土曜夕方5時30分枠の全日帯放送となっている。 ^ 夕方枠に自社制作の生放送バラエティ番組『ざまぁKANKAN!』を放送したため。 ^ 中にはネットそのものが無かった例もあったり、編成の都合で頻繁に放送日時が変更された作品もあった。 ^ 近年ではTOKYO MXが再放送枠を同時間帯に設けている。また、tvkもUHFアニメの新作を同時間帯に放送したことがある。 [編集] 関連項目 ウィキポータル アニメ アニメ雑誌 アニメ専門チャンネル一覧 アニメソング アニラジ キー局 SKY PerfecTV! チャンネル一覧 声優 テレビ局一覧 テレビ離れ 東京一極集中 日本のテレビジョン放送局一覧 漫画 ローカル局 この項目「テレビアニメ」は、アニメに関する書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。(アニメCP/アニメPJ) カテゴリ: 書きかけの節のある項目 | 出典を必要とする記事 | アニメに関するスタブ | 日本の文化 | アニメ | テレビアニメ 日本テレビ放送網株式会社(にっぽんテレビほうそうもう、Nippon Television Network Corporation)は、日本の放送事業者である。一般的には、略して、日本テレビ(にほんテレビ)、更に略し、日テレ(にっテレ)などと呼ばれる。略称は「NTV」。 目次 [非表示] 1 概説 1.1 放送免許 1.2 主な株主(2007年3月31日現在) 1.3 呼出符号(コールサイン) 1.4 保有チャンネル 1.5 ネットワーク 1.6 呼称 1.7 備考 2 スタジオ 2.1 汐留・日本テレビタワー(愛称:日テレタワー) 2.2 麹町分室 2.3 新社屋・旧社屋の扱いについて 2.4 生田スタジオ 3 沿革 3.1 1950年代 3.2 1960年代 3.3 1970年代 3.4 1980年代 3.5 1990年代 3.6 2000年代 3.7 開局当日の編成(1953年8月28日) 3.8 特徴 4 本社所在地 5 歴代キャッチフレーズ 6 主なテレビ番組・日本テレビの番組 6.1 傾向 6.2 日テレ名物の番組のテコ入れ 6.3 系列局の制作番組 7 テレビの時刻出し 8 アナウンサー 8.1 男性 8.2 女性 9 元アナウンサー 9.1 現・報道局キャスター 9.2 異動した元アナウンサー 9.3 退社したアナウンサー 10 日本テレビ制作スタッフ 11 アナウンサー以外で在籍した著名人 11.1 男性 11.2 女性 12 日本テレビの番組から誕生したユニット(歌手) 13 イベント 14 経営幹部 15 役職 16 報道局 17 制作局 18 スポーツ・情報局 19 放送開始・終了情報 19.1 アナログ放送 19.2 デジタル放送 20 事業所 21 主なグループ会社 21.1 連結子会社 21.2 持分法適用関連会社 22 スタジオ技術系協力会社 23 主な中継局 23.1 アナログ放送 23.2 デジタル放送 24 情報カメラ設置ポイント 25 沖縄県に日本テレビ系列局が存在しない理由 26 関連項目 27 外部リンク 概説 日本テレビ放送網のデータ 英名 Nippon Television Network Corporation 放送対象地域 関東広域圏 (東京都・茨城県・栃木県・ 群馬県・埼玉県 千葉県・神奈川県) ニュース系列 NNN 番組供給系列 NNS 略称 NTV AX 愛称 日テレ 呼出符号 JOAX-(D)TV 呼出名称 にほんテレビ (デジタルテレビジョン) 開局日 1953年8月28日 本社 〒105-7444 東京都 港区東新橋一丁目6-1 演奏所 #スタジオを参照 アナログ親局 東京 4ch ガイドチャンネル 4ch リモコンキーID 4 デジタル親局 東京 25ch 主なアナログ中継局 #アナログ放送参照 主なデジタル中継局 #デジタル放送参照 公式サイト 公式サイト 放送免許 1952年7月31日 - テレビジョン放送予備免許取得(日本での取得第1号)。 1953年8月27日 - テレビジョン放送本免許取得(日本での取得第2号)。 1957年12月26日 - カラーテレビ実験局予備免許取得。 1957年12月27日 - カラーテレビ実験局本免許取得。 1960年9月2日 - カラーテレビ放送本免許取得。 1978年9月28日 - 音声多重放送実用化試験局免許を取得。 1980年2月9日 - 緊急警報放送用実験局免許を取得。 1981年12月17日 - 音声多重放送本免許を取得。 1983年9月7日 - テレビジョン同期放送実験局免許を取得。 1985年11月29日 - 文字多重放送本免許を取得。 1988年4月13日 - EDTV実験局免許を取得。 1994年11月25日 - ハイビジョン実用化実験放送本免許を取得。 1995年7月13日 - ワイドクリアビジョン放送本免許を取得。 2003年12月1日 - 地上デジタルテレビジョン放送本免許を取得。 主な株主(2007年3月31日現在) 株式会社読売新聞グループ本社 (15.0%) 読売テレビ放送株式会社 (6.3%) 株式会社読売新聞東京本社 (5.4%) 学校法人帝京大学 (3.5%) 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) (3.1%) 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ (3.0%) モルガン・スタンレー・アンド・カンパニー・インターナショナル・リミテッド (2.3%) 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) (2.2%) 名古屋テレビ放送株式会社 (2.2%) 株式会社よみうりランド (2.0%) (出資比率は自己株式を控除して計算) 呼出符号(コールサイン) 標準テレビジョン放送(地上アナログ放送):JOAX-TV(VHF4ch、映像171.25MHz/50kW、音声175.75MHz/12.5kW)(テレビジョン単営局に対する最初の予備免許であったため、「JO*X-TV」シリーズの中で“A”が与えられた) 標準テレビジョン音声多重放送:JOAX-TAM 標準テレビジョン文字多重放送:JOAX-TCM 地上デジタルテレビジョン放送:JOAX-DTV(UHF25ch/リモコンID4ch、周波数545.142857MHz/10kW) 保有チャンネル 関東広域圏における地上放送の他にSKY PerfecTV!(東経124・128度CS放送)で 日テレG+、及び日テレNEWS24の2つのチャンネルを放送している。これらの2つのチャンネルはSKY PerfecTV!110(東経110度CS放送)では委託放送事業者であるシーエス日本を通じて放送され、また一部のケーブルテレビでも放送されている。 ネットワーク 1966年に NNN(Nippon News Network)を、またNNS (Nippon television Network System)を形成し、各地の地方局と系列局関係を結んでいる。日本テレビの報道取材地域には関東広域圏の他に沖縄県が含まれる(沖縄県にNNN系列局がないため)。 呼称 開局以来長年「4チャンネル」「NTV」などを略称として使用してきたが、1995年前後よりキャンペーンコピーに「日テレ」を使用し始める。2000年12月には、開局した系列のBS日本のチャンネル名称を「BS日テレ」とした。 2003年の汐留移転を契機に、コーポレートロゴを「日テレ」とするなど、正式な略称・愛称として「日テレ」が採用された。なお、新聞・テレビ情報誌の番組表での表示は従来通り「日本テレビ」のままだが、デイリースポーツ東京版では「NTV」として表記されている。 業界ではCX(フジテレビ)、EX(テレビ朝日)、TX(テレビ東京)に合わせ「AX」と呼ぶこともある。渋谷には日テレが出資したライブスペースSHIBUYA-AX(シブヤ-アックス)があり、1990年台後半(読売新聞は〜い朝刊の次番組)の土曜深夜にもずばり“AX”(読みは「アックス」)という番組があった。 ちなみに、ロシアの「NTVテレビ」およびマレーシアの「ntv7」とは無関係。 登記上の社名は「にほん」では無く「にっぽん」と読むのが正しい。(これは日本放送協会の場合と同様。ただし、アナウンサーも「にほんテレビ」と読むことが多い) 備考 日本テレビは日本のテレビ業界においても、新しい放送媒体を積極的に早く導入し、導入するや否やその媒体を用いた放送を業界では1番多くの時間放送している事でも有名である。カラー放送、音声多重放送、ワイドクリアビジョン放送も、日本の民放では日本テレビが初めてであった。 著名なアニメ映画監督である宮崎駿率いる「スタジオジブリ」との関連が深く、同社の作品を独占的にテレビ放映する権利を持つ。また、日本テレビのマスコット「なんだろう」も宮崎駿が手掛けたものである。 1953年8月28日に日本で初めてCMを日テレで行い、2005年よりその日を「テレビCMの日」と定め、2007年8月28日には一部の番組で提供クレジットにコマーさる君が登場していた。 スタジオ 汐留・日本テレビタワー(愛称:日テレタワー) 東京・汐留にある日本テレビタワー 日本テレビタワー ゼロスタジオ マイスタジオ・日テレ大時計世界的建築家リチャード・ロジャースが基本構想を手掛けた。建物外部四隅に柱を露出させた理由は、容積率緩和措置を受けるため。その他、地上2階の受付前フロアを自由通路とすることによっても容積率緩和措置を受けている。 なお、日本テレビタワーの19階から24階は一般のテナントビルとして賃貸しており、19階は日テレグループ各社や海外テレビ局の東京支局、20階から24階には一般企業が入居している。 建設前の敷地では、進め!電波少年、雷波少年における長期ロケ企画のロケ地として使用されていた。 また、麹町からの移転直前には、ぐるナイの“ゴチになります”オープニングとスペシャル料理の選択権を決めるゲームも行われた。 メディアセンター 汐留・日テレタワー7階にある放送の運行・送出を行うマスターコントロールルーム。日本テレビの放送を支える中枢を担うセクション。関東一円と全国のネットワーク各局、またBS日本・CS日本へも毎日の番組を送り出している。送出VTR・番組サーバ・CMバンク・データ放送・文字字幕放送の送出設備を擁し運行・送出を行っている。 また、OAデータ・APS(Automatic Programing System)の運行データ作成・変更を行う「放送進行」もキー局としての重要なセクションである。 回線センター(SDC・SOC・回線ブッキング) 生中継に欠かせない自営マイクロ回線(マイクロ基地局)の運用・保守、及び局内回線分配系の運用・保守、SNGの管制・運用・保守を行うセクション。自営マイクロ回線の運用を行う「SDC」、SNG回線の管制・運用を行う「SOC」またNTTマイクロ回線の運用を行う「回線ブッキング」の3つに運用セクションが分かれている。 S1・S2スタジオ(211坪・138坪) 汐留・日テレタワー13階にあるバラエティ・情報番組の収録・生放送対応スタジオ。「踊る!さんま御殿!!」、「エンタの神様」、「ザ・サンデー」、「真相報道 バンキシャ!」などで使われる。なお「24時間テレビ」や、「箱根駅伝」など不定期の大型番組の親サブとしても使用される。スタジオ入り口のドアの色は、S1スタジオが赤、S2スタジオが黄 S3・S4スタジオ(148坪・148坪) 汐留・日テレタワー9階にある生放送対応スタジオ。生放送対応を前提としているため、HD収録機がS1・S2の様に常設されていない。「ズームイン!!SUPER(第1部)」、「NNNニュースSUPER」、「スッキリ!!」、「NEWS ZERO」、「スポーツうるぐす」などで使われる。スタジオ入り口のドアの色は、S3スタジオが青、S4スタジオが緑 NEWSスタジオ(130坪) 汐留・日テレタワー5階・報道フロアにある報道番組専用スタジオ。主に地上波報道番組で使用されている。なお5階報道フロアには日テレNEWS24(旧NNN24)専用のミニスタジオや、常設の顔出しスペースや、各記者のデスクから直接最新情報が放送できる天井移動カメラも設置されており、ある意味報道フロア自体が巨大なニューススタジオとも言える。「NNNニュース」は報道フロアからで「NNN Newsリアルタイム」は第一部が報道フロアからで第二部が専用スタジオからとなっている。 マイスタジオ(92坪) 汐留・日テレタワー2階にあるオープンスタジオ。俗に「マイ・スタ」と呼ばれ、「ズームイン!!SUPER(第2部)」、「ズームイン!!サタデー」、「NNNニュースサタデー」、「報道特捜プロジェクト」などで使われる。構造的には通常のスタジオの副調整室の後方にモニター類を見渡せる形でMCブースが設置されており、番組司会者は中継回線等の状況を把握し易く緊急事態等に素早く対応できる事から、情報系生番組用としてはある意味完成されたスタジオとも言える。なおMCブースの背後はガラス張りで外部から放送の様子を見ることが可能。なお。現在のマイスタは以前の麹町にあったものに続いて2代目である。 ゼロスタジオ(22坪) 汐留・日テレタワー1階レベルにあるオープンスタジオ。専用のサブや常設カメラはない(社内にあるどのサブからも駆動できるが、マイスタを駆動サブとすることが多いようである)。「ラジかるッ」で使用。ラジオ日本の放送にも使用される事がある。 SKY1・SKY2スタジオ(35坪?) 汐留・日テレタワー15階にある、ガラス張りのオープンスタジオ(パノラマスタジオとも呼べる)。「donna」、「アンテナ22」、「スーパースポーツマガジン」(BS日テレ)などで使われる。 SVスタジオ(71坪) 汐留・日テレタワー13階にあるバーチャルスタジオ。ブルーバック(日テレはグリーンを使用)のホリゾントが常設され、「あさ天サタデー」などで使われているが、中規模のスタジオとして普通にセットが組まれ番組を収録する事も多々ある。 リモートサブ(1, 2) 汐留・日テレタワー8階には、副調整室(サブ)だけの「リモートサブ」というのがある。主にプロ野球中継、サッカー中継などスポーツ中継で使用している。 ※すべてハイビジョン対応 麹町分室 麹町分室汐留・日テレタワーに本社が移転された後も、旧本社社屋は麹町分室として北本館にある2つのスタジオに限り、引き続き使用している。日テレで最大面積を誇るGスタジオがあることから、主に観客入れや出演者が多い番組が収録されている。また制作部門の一部デスクは分室に留まっている。なお麹町分室は「日テレ麹町ビル」としてリニューアルし、旧西本館が一般テナントビルとして使用されている。また、BS日テレ・CS日本の本社と送出マスターもここにある。 麹町分室は「西本館」「南本館」「北本館」「カラーセンター」の4棟から成り立っており、カラーテレビ放送開始に伴い建設された「カラーセンター」が後に新築された南本館と合体化された。しかし旧「カラーセンター」棟は老朽化が激しく、本社移転を契機として使用を中止した。 Kスタジオ(180坪) 麹町分室北本館5階のスタジオ。主に観客入れを必要とするバラエティ・トーク番組や歌番組の歌唱部分の収録に使用されている。スタジオ入り口のドアの色は、青 Gスタジオ(250坪) 麹町分室北本館1階のスタジオ(収録兼用)。日本テレビにてフロア面積最大のスタジオ。汐留移転前は、ゴールデンタイムで放送されているスタジオ番組の多くが生放送・収録された。2007年現在でも、「行列のできる法律相談所」や「世界まる見え!テレビ特捜部」、「天才!志村どうぶつ園」、「ザ!世界仰天ニュース」、「中井正広のブラックバラエティ」などが制作されている。スタジオ入り口のドアの色は、赤 ※K・Gスタジオ共にHDTV対応。 麹町日テレビデオスタジオ(75) 報道番組で使用されてきた南本館4階のEスタジオを日本テレビビデオが改装し、貸しスタジオとしてリニューアルしている。 新社屋・旧社屋の扱いについて 2004年に日本テレビの本社機能はデジタル放送に対応するため、開局以来本社を置いていた千代田区二番町(通称:麹町)から港区東新橋(通称:汐留)に移転した。 しかし、移転後に本社機能・テレビ収録を全て旧社屋から新社屋にシフトしたTBSやフジテレビとは違い、日本テレビは麹町社屋がさほど老朽化していない事や、新社屋の敷地面積が他の在京民放の社屋より狭いことなどから、本社機能と報道・情報番組制作、一部のバラエティー番組制作のみが『日テレタワー』にシフトし、バラエティー番組の大半が汐留に本社を移した現在も『麹町分室』で制作されている。 これらを踏まえると、新社屋『日テレタワー』は地上波放送の番組送出や報道・情報系の制作・送出に主点を置いた施設で(一部のバラエティー番組も収録・放送はしている)、旧社屋『麹町分室』はバラエティー番組の収録・生放送、BS・CS放送の番組送出に主点を置いているともいえよう(アークヒルズに本社を移転していた当時のテレビ朝日に近い。この事例は大阪の毎日放送でもあった)。 ちなみに『麹町分室』で制作された番組は『日テレタワー』(汐留社屋)に光ファイバーでHD/SD転送されてローカルマスターを経由して日本テレビの親局である東京タワーから送出し放送されたり、ネットマスターを経由して全国の系列局に送出される。逆に『日テレタワー』で制作したBS・CSの番組は『麹町分室』に光ファイバー転送されてそれぞれのマスターを経由して放送される。 生田スタジオ 神奈川県川崎市多摩区 生田1から生田3まで3つのスタジオがあり、主にドラマの収録を行っている。すべてハイビジョン対応。 災害時の送出機能も備えている。スタジオの管理・運営はNTV映像センターが行っている。 沿革 1950年代 1951年9月4日 正力松太郎、日本テレビ放送網設立構想を発表。 1951年10月2日 日本テレビ放送網、テレビ放送免許を申請。 1952年7月31日 日本最初のテレビ放送予備免許を取得。 1952年10月15日 創立総会を開催し、正力松太郎を社長に選出。 1952年10月28日 会社設立(資本金2億5千万円)。 1953年4月15日 資本金を5億円に増資。 1953年8月17日 名古屋と大阪にテレビ局の免許を申請。 1953年8月18日 街頭テレビ受像機を関東一円(都内29ヵ所、周辺部13ヵ所)に設置。 1953年8月20日 試験電波を発射。 1953年8月27日 テレビ放送本免許を取得。 1953年8月28日 午前11時20分、「鳩の休日」の映像と共に民放初のテレビ局(地上アナログ)として本放送を開始(この日が開局記念日)。日本初のテレビ局としての開局を目指していたが、多くの機器を輸入に頼っていたため納入が間に合わず、NHKに先行された。 1953年8月29日 プロ野球巨人-阪神戦(後楽園球場)を民放としてテレビ初中継。 1953年10月27日 プロボクシング世界選手権白井義男-テリー・アレン戦を中継。街頭テレビ熱高まる。 1954年2月19日 「力道山・木村政彦対シャープ兄弟プロレス実況」を放送(3日間)。以後力道山の人気はうなぎのぼりとなり、全国的なプロレス旋風が巻き起こる。 1954年10月4日 ニュース番組「きょうの出来事」放送開始。 1955年4月1日 資本金を7億5千万円に増資。 1955年11月28日 清水与七朗が社長に就任。 1956年8月19日 午前6時30分、日本初のテレビ早朝放送を開始。画面に初めて時分テロップを入れる。(いわゆる時刻出し) 1956年12月1日 中部日本放送(CBC)、大阪テレビ放送(OTV、現在の朝日放送(ABC)テレビ)が開局し、両社とネットワークを形成。 1956年12月31日 精工舎(現・セイコーホールディングス)提供、同局を始め民放4社による共同制作の「ゆく年くる年」を放送。 1957年3月17日 「ミユキ野球教室」放送開始(1990年3月終了)。 1957年4月18日 カラーテレビ放送の免許を申請。 1957年12月27日 カラーテレビ実験局本免許を取得。 1957年12月28日 カラーテレビ実験局開局(民放初)。 1958年4月1日 資本金を10億円に増資。 1958年8月28日 番組編成を日本テレビ主体に置いた系列局として、讀賣テレビ放送(YTV)、テレビ西日本(TNC)が開局。先に開局した西日本放送(RNC)も含め、日本テレビの全国ネットワーク体制のさきがけとなる。 1958年10月1日 (株)レクリエーション・センターを合併し、資本金が12億円に。 1958年 技術開発が進み、同局初のVTRドラマ「雑草の歌」が放映される。また、初のスタジオカラーカメラによる実験放送番組「手品教室」が始まる。 1959年 日本初のカラーテレビドラマ「赤い陣羽織」放送。 1959年4月 ネットワークニュース番組「日本テレニュース」スタート。 1959年4月10日 皇太子明仁親王(今上天皇)結婚(成婚)。この日、39台のカメラを駆使してテレビ史上に語り継がれる大規模生中継を行う。その後、成婚当日の模様を同局でテレビカメラとは別に35mmカラーフィルムで撮影した物を、午後9時から特番「このよき日」でカラーで放送した。この番組の中では、日本初のカラーCMも放送された。 1959年9月15日 同局の株式が東京証券取引所に上場する。 1959年10月24日 毎日放送(MBS)と日本シリーズ中継を共同製作する。 1959年12月3日 日本初のカラーVTR放送「ペリー・コモ・ショー」(米NBC-TVからダビングされたカラービデオテープを再生)放映。 1960年代 1960年6月 テレビ視聴率調査にニールセン方式を採用。 1960年9月10日 カラーテレビ本放送開始。(NHK、ラジオ東京(KRT)と共に東京地区では初)当日、記念番組が4時間に渡って放送される。 1961年1月8日 大相撲初場所で初のカラー中継放送を開始。 1961年6月4日 「シャボン玉ホリデイ」放送開始(1972年10月1日終了)。 1962年 フランスのRTFテレビと番組交換協定締結。朝6時台から深夜12時まで切れ目のない全日放送体制が完成。 1963年 通信衛星リレー1号を利用して、日米間で初の白黒テレビの電送実験。放送中にケネディ大統領暗殺事件が発生し急遽別番組を編成。 1964年10月 東京オリンピック開催。これに関する自社製作におけるカラー放送を強化する。 1964年 多摩丘陵・よみうりランド内にカラー公開スタジオ「NTVスタジオ」が完成。 1965年 パキスタンにテレビ受像機200台を寄贈。 1966年4月1日 NNN(Nippon News Network)発足。 1966年6月30日 ザ・ビートルズの日本武道館来日公演をカラーで独占生中継し、視聴率は56%に達した(同時にカラーVTRでも録画され、このカラービデオテープは後にVAP(全編)や東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン)(一部)からビデオ・ソフト化される。)。 1966年 世界初、カラーのスポットコマーシャル(日立製作所提供)の放送が開始される。 1967年7月21日 福井近夫が社長に就任。 1967年 ニューヨーク支局を開設。アメリカ・NBC内に特設スタジオを設置し、衛星中継による海外ニュースを放送。 1968年4月 新宿区に独自の送信所を兼ねた日本最大のテレビ塔建設を発表。(後に計画は中止に) 1969年10月9日 当時の会長、正力松太郎が死去。 1969年10月11日 大蔵省の指摘により粉飾決算が発覚。過去数年分の有価証券報告書を訂正。 1969年12月1日 資本金を24億円に増資・ 1969年 コンピュータ導入(第1世代APM)で本格的な番組運行自動化を開始。 1970年代 1970年5月29日 小林與三次が社長に就任し、読売色が一層強まる。 この辺りから、対外的に使用する社旗を青地に社章(「NTV」ロゴを丸で囲った物)を白く抜いた物より、読売新聞の社旗を模した上から緑・赤・青色の模様の旗に変更。 1970年11月10日 同局の送信所を、麹町の本社社屋に隣接したテレビ塔から東京タワーに移行。 1970年 那覇、ワシントン、モスクワ、ソウルに各支局を開設。世界ネットを強化。 1971年 全国高校サッカー選手権大会を毎日新聞社に代わって主催し、独占中継権を得る。自社製作の番組のカラー化率がほぼ100%に達する(日本の民放初)。 1972年 系列18社によるNNS(日本テレビネットワーク協議会)発足。当時のネット局名古屋テレビ(NBN)と番組編成を巡って係争。この結果、12月に東海地区のテレビネットを中京テレビ(CTV)へ一本化する事に決定。(CTV開局後もNBNと2局並列でクロスネット加盟=当時CTVはNET中心の編成=だった) 1973年1月14日 ハワイで行われたエルビス・プレスリー・ショーを独占衛星生中継。 1973年 アメリカABCニュース社と、ニュース提供と衛星中継に関する契約を締結。 1973年10月31日 日本テレビ系列愛の小鳩事業団設立。 1973年12月20日 読売新聞社、朝日新聞社、毎日新聞社の3社首脳間で日本テレビと東京放送(TBS)の新聞資本を統一する合意が成立。 1974年 石油危機による電力節減のため、郵政省が民放各社に深夜の放送自粛を要請。在京5社の申し合わせで、1月7日から深夜0時30分で放送終了となる。 1974年3月31日 開局以来の3社ニュースの放送が「読売新聞ニュース」に一本化される。 1974年5月 読売新聞社は朝日新聞社と毎日新聞社が持つ全ての日本テレビ株式を購入。これで日本テレビは完全に読売グループの傘下に入る。 1974年 小林社長、ヴァティカンでローマ教皇パウロ6世から勲章を授与される。 1974年12月1日 資本金を37億2500万円に増資。 1975年 同局の「愛の小鳩事業団」が日本で初めての「手話スクール」を開講する。UHF局(テレビ神奈川)へのプロ野球リレーナイター供給を開始。「水曜ロードショー」にて、名作映画『風と共に去りぬ』がテレビで世界初放映される。 1976年11月25日 日本テレビ放送網文化事業団設立。「フランス美術賞展」などの美術展を開催。 1977年3月20日 資本金を41億円に増資 1977年10月 視聴者参加型大型クイズ番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」スタート(以後1992年まで毎年1回行われた)。 1978年1月 開局25周年に伴い、シンボルマーク(社章)を変更。(「NTV」ロゴを丸で囲った物から、日本テレビの"日"と地球をメルカトル図法的にデザイン化したものに。放送では1992年夏頃まで、社の封筒では2003年夏頃まで使用されていた〈1992年以降は「なんだろう」のマスコットと一緒に〉。現在は株券・社債のみに使用。) 1978年4月1日 無償新株式(1:0.1)発行。資本金が45億1000万円となる。 1978年8月26日 「24時間テレビ 「愛は地球を救う」」スタート(以後、毎年8月に行われる)。 1978年9月28日 世界初の音声多重放送実用化試験放送を開始。番組第1号は「ミセス&ミセス」。この日から、後楽園球場の巨人戦もステレオ放送になる。 1979年3月5日 「ズームイン!!朝!」放送開始。 1979年12月31日「欽ちゃんの仮装大賞」スタート。 1980年代 1980年2月9日 緊急警報放送の実験放送を開始。 1980年 VTRカメラが初めてエベレストに登る。この登山のドキュメンタリー番組「生と死に賭けた36時間・これがチョモランマだ!」が高い評価を呼び、芸術祭テレビドキュメンタリー部門で優秀賞を獲得。 1982年6月29日 高木盛久が社長に就任。 1983年8月28日 開局30周年を機に故・正力松太郎会長の遺訓の中から社訓・信条を制定。 1983年9月7日 テレビジョン同期放送の実験放送を開始。 1983年12月31日 「全国高等学校クイズ選手権」スタート(以後1985年まで毎年2回、1986年より毎年1回行われる)。 1984年 民放業界最大の規模のコンピュータグラフィックスシステムを完成。参議院選挙、衆議院総選挙などの報道で稼動。 1985年1月24日 資本金を70億8560万円に増資。 1985年5月20日 無償新株式(1:0.1)発行。 1985年11月29日 文字多重放送の本放送を開始。 1985年 日本テレビニューヨークスタジオ開設、生放送スタート。 1987年1月2日・3日 東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)中継放送開始。 1987年10月5日 「ズームイン!!朝!」にて、SNGの実験運用を開始する。 1987年10月 マイケル・ジャクソンの横浜スタジアムでの来日公演を録画放送。 1988年5月5日 エベレスト(チョモランマ)山頂から世界初の生中継を実施し、成功。日本中にこの模様が中継された(開局35周年記念企画「チョモランマがそこにある!」)。 1988年5月20日 無償新株式(1:0.04)発行。 1989年6月29日 佐々木芳雄が社長に就任。 1989年7月7日 SNG日本テレビサテライトネットワーク運営開始。 1989年8月24日 クリアビジョン放送の本放送を開始。 1990年代 1990年5月21日 無償新株式(1:0.05)発行。 1991年8月1日 1単位の株式数を100株から10株に変更。 1991年8月 「第3回世界陸上競技選手権東京大会」のホストブロードキャスターを務め、世界131ヶ国に鮮明な映像・音声を送る。 1992年8月28日 開局40周年を記念して、スタジオジブリ制作のマスコットキャラクター「なんだろう」が登場。この「なんだろう」は、日本テレビのシンボルマークとして、企業ロゴが変わった現在でも使用されている(色は日本テレビ、CS日本、RFラジオ日本が線の色1色をふち取りしたものが、BS日テレは2000年12月1日の開局から1992年のなんだろうが登場したときから使われている緑色のものとなっている。CS★日テレは光り輝くタイプとなっていた)。 1992年11月6日 SNGデジタル伝送実験局免許取得。氏家齊一郎が社長に就任。 1994年 アール・エフ・ラジオ日本の株式を取得し、持分法適用関連会社とする。 1994年11月24日 アナログハイビジョン実用化試験局免許取得(BS9チャンネル、アナログハイビジョン実験専用のNHKと民放の合同チャンネル)。第1回「流転の海」他を放送。 1995年7月13日 ワイドクリアビジョン本放送開始。 1995年 インターネットに日本テレビ公式webページ(http://www.ntv.co.jp/)を開設。 1996年4月3日 CSデジタル放送「CS★日テレ」の委託放送業務認定取得、同年8月28日に放送開始。 1996年 報道局にNNNニュースチャンネルを設置。「情報番組倫理ガイドライン」完成。 1997年2月24日 CSデジタル放送(トライアルサービス)委託放送業務認定取得。 1997年 NCN(日本テレビケーブルニュース)の24時間化に際し、チャンネル名を「NNN24」(NTV NONSTOP NEWS24)と改称(2005年12月1日に日テレNEWS24と名称変更)。 1998年 照明業務と電源・空調の運用業務を関連会社2社に業務移管。NNN24が本放送を開始。技術展「NAB’98」で国際優秀賞を受賞。BS準備室の新設、ビーエス日本創立総会が開かれる。 1999年 キャンペーン「日テレ営業中」がJR東日本ポスターグランプリ’99・駅サインボード部門《金賞》受賞。視聴者と直接意見の交流、「日テレ式フォーラム」開催(民放初の試み)。小林與三次本社取締役会長が死去。 2000年代 2000年 汐留新社屋建設工事地鎮祭。インターネット事業会社「フォアキャスト・コミュニケーションズ」設立。日本データ放送株式会社(略称NDB・BSの940ch)設立。視聴者と直接意見の交流、日テレ「フォーラム2」開催、視聴者とテレビの信頼回復を目指す。CS準備室開設。NTT-ME、NTT東日本とともに、テレビ番組、アニメなどの映像コンテンツをインターネット上で流通させるための市場、B-Bat構想を発表。高木盛久本社最高顧問・元社長が死去。ライブハウス「SHIBUYA-AX」オープン、Dragon Ashがこけら落しを務めた。 2000年12月1日 午前11時、系列のBSデジタル放送「BS日テレ」(デジタルBS4ch)放送開始。 2001年 株式会社シーエス日本創立総会開催、21世紀型高機能放送発進。創業以来の大機構改革構想発表、CEO・COO制の導入、取締役会、執行役員会の二本柱で新しい経営体制の下、新世紀の活動をスタート。氏家齊一郎代表取締役社長が代表取締役会長兼グループCEO、間部耕苹専務取締役が代表取締役副会長兼グループEO、萩原敏雄専務取締役が代表取締役社長兼COOにそれぞれ昇格。BS日テレ新聞広告が読売広告大賞で金賞受賞。「NNNニュースダッシュ」のリアルタイム字幕放送を開始(BS日テレは2004年10月から)。 2001年9月 開局以来のオープニング・エンディング「鳩の休日」を諸事情により休止。 2001年9月28日 「ズームイン!!朝!」終了 (後番組は 「ズームイン!!SUPER」)。 2003年7月 CIを導入。通称名を「日本テレビ」「NTV」から「日テレ」「NIPPON TELEVISION」へと変更、ロゴマークも「なんだろう」を継承するも、そのデザインも含め一新された。略称「NTV」の国内での使用も中止(但し、海外向けには「NTV」の使用を継続、ロゴも「日テレ」の部分に「日テレ」と同様の書体で「NTV」と表記)し、国内での対外愛称は「日テレ」に統一、CI導入当初はクレジットに「製作著作 日本テレビ「日テレ(ロゴ)」と混乱防止の為に表記していたが、2005年10月より「製作著作「日テレ(ロゴ)」という表記になり、新ロゴへの移行をほぼ完了した(ぐるぐるナインティナインなどごく一部の番組は現在も「製作著作 日本テレビ「日テレ(ロゴ)」の表記が残っている)。ただ、BS日テレ・CS日本の社名ロゴは、従来の日本テレビの社名ロゴがそのまま踏襲されている。また、番組表等業務目的の略称としての「NTV」は引き続き使用されている。 2003年10月25日 同局プロデューサーによる視聴率不正操作が発覚。翌月18日、取締役会において代表取締役3名の自主的降格および自主的役員報酬返上が承認される。これにより氏家齊一郎会長がグループCEO辞任、間部耕苹副会長がグループEO辞任・代表取締役社長へ降格、萩原敏雄社長が代表取締役副社長へ降格。 2003年12月1日 午前11時、地上デジタルテレビジョン放送を開始。 2004年2月29日 開局50年を機に放送センター・本社スタジオ機能が汐留に移転。地上デジタルテレビジョン放送・BSデジタル・CSデジタルを問わず全ての放送メディアにおいて、生放送のほとんど全ての番組がハイビジョン制作になる。同時にCS放送「NNN24」についてもハイビジョン制作率を大幅に拡大(汐留移転前はスタジオ内映像のみハイビジョンだったが、移転後はスタジオ内映像の他、社屋屋上のお天気カメラ〈麹町旧社屋など既存の設置地点でも一部HD化〉、お天気情報などのCG画像、一部のニュース素材、月1回放送の「ディリープラネット金曜発言中」もハイビジョン化された)。NNN24のハイビジョン制作の映像は、地上デジタル放送とBS日テレで見る事ができる。同時にアナログ・デジタル統合マスターの運用を開始。生テロップのフォントも変更。なお、汐留新社屋移転後も麹町の旧社屋は麹町分室として継続運用される。これにより、番組の送出マスターは地上波が汐留新社屋、BS・CSの衛星放送は麹町分室からの送出体制となった。 2004年11月5日 読売新聞グループ本社がマスコミ集中排除原則により、歴史的に第三者名義で実質保有してきた日本テレビ株につき、有価証券報告書を同グループ名義へと訂正、同社株は一時「監理ポスト」に割り当てられた(同年11月22日まで)。 2005年6月29日 間部耕苹代表取締役社長が代表取締役相談役に、久保伸太郎が代表取締役社長に就任。 2005年10月27日深夜 インターネットを利用したビデオ・オン・デマンドサイト「第2日本テレビ」がオープン。 2005年12月1日 「NNN24」を「日テレNEWS24」に名称変更。 2006年3月1日 「G+ SPORTS&NEWS」を「日テレG+」に名称変更。 2006年4月1日 地上デジタルワンセグの本放送を開始。 2006年4月3日 サービスエリアである関東地区内の報道取材がほとんどハイビジョン化される。 2006年4月12日 ポッドキャスティングでの動画配信に参入。 2006年9月29日 全民放中の最長寿番組「NNNきょうの出来事」が終了し、52年の歴史に幕。 (後番組は「NEWS ZERO」) 2007年4月2日 日本テレビの制作子会社4社の事業再編を実施、統括持株会社「日テレ・グループ・ホールディングス」と技術・制作・イベント・美術の4事業会社によるグループ体制を開始。 開局当日の編成(1953年8月28日) 11:20放送開始 「開局記念式典」の実況中継 11:50 祝賀舞踊「寿式三番叟」 12:00に本来なら精工舎のコマーシャル第1号が放映される予定だったが、フィルムを裏から写してしまい放送できなかった 12:00 歌の祭典 12:30 記録映画「上代の彫刻」 13:00 NTVニュース・天気予報(ここで一旦放送中断。テストパターン画像が放送された) 17:30放送再開 日本南方民謡集 17:40 テレビ浮世絵 17:55 リサイタル 18:10 国際ニュース 18:20 週間テレニュース 18:40 記録映画「天竜川」 19:00に精工舎のCMが放送された。これが実質的なコマーシャルの第1号。 19:00 花競祝写絵 19:45 劇場中継「ニューヨーク幻想曲」(会場:帝国劇場) 21:00 「開局記念式典」の録画中継 21:15 テレニュース(これで放送終了) 特徴 正式社名が日本テレビ放送網であるように、元々は一社で日本全国にテレビネットワークを形成することを目的として設立された。東京に中央放送局としてメインスタジオとマスターを置き、大阪や名古屋、札幌、福岡など主要都市に放送局を設置。拠点間は独自に通信網を設置してマイクロウェーブで結び、テレビ放送で使用しない帯域は通信目的として賃貸、またファクシミリ新聞などに使用する事としていた。同社は放送事業のみならず、通信事業の民営化も目指していたことになるが、この構想(正力構想と呼ばれる)は当時の郵政省に一蹴され、結局関東地区のローカルテレビ局として開局する事となる(これが実現していれば、現在の日本国内の民放が違っていたであろう)。 開局当初、テレビ受像機のない家庭が殆どであったため、広告媒体としての民放テレビをアピールすべく、首都圏の主要箇所に街頭テレビを設置。テレビ普及に役立てた。また、麹町局舎横のテレビ塔を展望目的に一般へ公開。東京タワーができるまでは観光名所となっていた。 プロ野球やプロレス中継などのスポーツ番組や「なんでもやりまショー」などのバラエティー番組に強みを持ち、ラジオ東京テレビ(現在のTBSテレビ)開局後も営業成績では上回っていた。特に後楽園スタヂアム(現在の東京ドーム)と独占中継権を結んだのが有利に働いた。 日本民間放送連盟には、当初加盟しなかった。電波の送信もNHKや他の民放とは異なり、東京タワーではなく自社鉄塔からの送信を継続した。すべては自社こそテレビのパイオニアであることを自負していたからであるが、東京タワーより低い麹町の自社鉄塔からの送信は、局舎周囲に高い建物が増加するにつれ難視聴地域を拡大させた。このため、正力は新宿区東大久保に用地を確保。東京タワーの2倍の高さを誇る、通称「正力タワー」を構想するが、のちに頓挫する。 しかし、読売新聞社主の正力松太郎が社長を務めていることで、大阪の完全系列局であるよみうりテレビの開局が「大阪読売新聞」の部数増に繋がったことなどの事例もあり、いくら強いコンテンツを持っていても「読売色」を警戒する地方局が多く、ネットワーク形成ではTBSの後手に回ってしまう。このため報道が手薄になり、かつ番組販売も芳しくなかった。加えて上記の通り難視聴地域が増加したこと、さらに肝心の自社製作番組そのものが不振となり、1960年代半ばから業績は下降。 正力の死後、粉飾決算の公表や東京タワーへの送信所移転、名古屋地区の単独ネット化、読売新聞への完全系列化、ラジオ日本との提携など正力の娘婿である小林與三次の手で改革が行われた。しかし、一連のバラエティー番組が気を吐いて視聴率は持ち直したものの、依然として巨人戦に頼った編成のため、全体ではまだ「民放の雄」と呼ばれたTBSに及ばずといった感は否めなかった。朝枠に情報番組を投入し、夕方の報道番組も強化。ようやく持ち直した視聴率も1980年代当時、カルチャー路線化が成功し視聴率3冠王に輝いてたフジテレビに、現場では「どうすればフジテレビに勝てるのか」を常に研究していたという。 そんな中で日本テレビが打ち出したのがとにかく視聴者が興味を持つ内容を番組制作や内容に盛り込むことで、高い視聴率を確保しようというものである。また、視聴率を強調することも含めた形で始められた番宣バラエティ「TVおじゃマンボウ」を開始することで、視聴者へのPRを行った。 しかしその後、地上波キー局における「興味を示せばなんでも良い」という傾向への転換や、インターネットなどの他のメディアへの興味による全体的な視聴率の低下による「視聴率稼ぎ」に終始する作り方へと変わったことで、番組内容の低レベル化、情報操作や歪曲、過剰なスピード化とそれによる視聴者の思考を疎外する作り方が横行し、やらせや過剰演出、情報の捏造などの問題へと発展している。 1993年夏頃から、バラエティー番組や巨人戦中継などの人気番組を持つ日本テレビは、以前から「三冠王」だったフジテレビをついに追い抜くと、その勢いも次第に強まっていった。1994年〜2002年に9年連続「年度視聴率四冠王」(ゴールデン・プライム・全日にさらにノンプライムを加えての表現)を達成した。更に、「月間四冠王」は30ヶ月連続となり、民放最高記録も樹立することを達成し、「民放界の雄」として一時代を築き、君臨し続けた。 しかし2003年度には、巨人戦視聴率の低下によるプライムタイムでの視聴率低迷の結果、「プライムタイム」が2位になり、「三冠王」の一角をフジテレビに奪われた。そして2004年度(2004年4月〜2005年3月)の調査では、ついに全部門2位となり「三冠王」のタイトル全てをフジテレビに奪われた。 一方で、東京民放キー局の中では唯一サスペンスドラマの再放送枠を設けていない局でもあり、この点は比較的高い評価を得ている。事実他局がサスペンスドラマの再放送を行なっている時間帯には、連続ドラマの再放送や子供向けアニメなどを放送している。 本社所在地 東京都港区東新橋一丁目6番1号(この界隈の事を汐留という。) 歴代キャッチフレーズ 1.2.3(ワン・ツー・スリー)!4(ヨン)チャンネルで楽しさ満開(1982年4月) 読んでみる。4でみる。(1982年10月) おもしろまじめに4チャンネル(1983年2月〜1985年6月、小林完吾・徳光和夫) 活火山です。4チャンネル(1985年7月〜1986年2月、三宅裕司) 元気が大好き4チャンネル(1986年2月〜4月) わたしの好奇心4チャンネル(1987年4月〜9月) この春、プラス1(1988年4月) ロマンリッチ4チャンネル(1988年10月〜1989年9月) 土、迫力。4チャンネル(1989年10月) 3.14倍(当社比)の春です。(1990年3月、中畑清) 一秒ごとに、新製品です。(1990年4月) ハートフルコミュニケーション。(1990年10月〜1992年8月) みんなのなかに、私はいます。(1992年8月〜1993年12月、同時にマスコットキャラクター「なんだろう」が登場・なお、「みんなの中に〜」は、青森放送でもOPの局名告知後に流れていた。) Virginから始めよう。(1994年1月〜1995年3月) それって、日テレ。(1995年4月〜1996年3月) そんなあなたも、日テレちゃん。(1996年8月〜1997年7月) 日テレちゃんパワー(1997年8月〜12月) 日テレ営業中(1998年1月〜1999年8月) 日テレ式(1999年9月〜2001年3月・余談だが、この「日テレ式」は、1999年9月9日から放送されたが、当初は数字の語呂合わせでナイナイが言っていた。) 日テレブランド?(2001年4月〜2003年6月) 日テレ(2003年7月〜2004年1月、新CI導入に伴い) &日テレ(2004年2月〜2006年3月)、なお「&日テレ」は、BS日テレやCS日本を通じ全国でも見られる。)(例、○○○(番組名)も&日テレ) 放送の情報だけ、番組のカタチがある「日テレ」(2006年4月〜2006年9月) 日テレちん(2006年10月〜・なお、「日テレちん」は、BS日テレでも視聴出来る。) 主なテレビ番組・日本テレビの番組 具体的な番組については制作局を参照。 スポーツ・情報番組の具体的な番組についてはスポーツ情報局を参照。 ニュース・報道番組は報道局を参照。 上記以外の番組については日本テレビ・制作局制作番組の分野別一覧を参照。 また、報道特別番組については、NNN系報道特別番組を参照。 傾向 伝統的に、巨人戦を中心としたスポーツ中継やバラエティ番組を得意としており、1960年代から1970年代に掛けてシャボン玉ホリデーなどの名番組を制作。その後1980年代には目立つバラエティ番組が無く視聴率そのものも低迷した(詳しくは視聴率争いを参照)ものの1990年代にはその勢いを取り返した。その反面で一時期までは「ロンパールーム」や「カリキュラマシーン」などの教育番組にも取り組んだ。 アニメについても「ルパン三世」「それいけ!アンパンマン」や系列局読売テレビ制作の「名探偵コナン」「犬夜叉」などを放送。「スタジオジブリ」制作の映画作品にも加わるなど、アニメ史にWく作品を輩出して来た。 しかし、前述のように2003年まで視聴率三冠王を達成してきた日本テレビも90年代の黄金期を築いた番組の視聴率が低下しはじめると、続々と人気番組の打ち切りを決定。名物長寿サスペンスドラマ番組「火曜サスペンス劇場」、同じくも52年間続いた長寿報道番組「NNNきょうの出来事」や、夕方の報道番組「NNNニュースプラス1」、20年間続いたお昼の生活情報番組「午後は○○おもいッきりテレビ」でも例外ではなく、また以前である2001年には、20年近く続いた平日午前の「ズームイン!!朝!」「ルックルックこんにちは」を終了させたこともある。結果、ここ数年で日テレのタイムテーブルはほとんど塗り替えられた。 打ち切られた後の枠の番組は必ずしも順調とは言えず、苦戦を強いられている番組もあれば、他の裏番組と互角な争いを繰り広げ、人気を得ている番組もあるため、番組の好不調の波が激しいことも言えよう。 近年は同時期から開局当時からの「ドル箱番組」だった巨人戦中継の視聴率が低迷し、ついに2006年には年間平均視聴率が1桁を記録するようになった。これにより視聴率とスポンサーの点で特に大きく依存してきた日テレは大きなダメージを受けた。対策として東京ドームの巨人主催ゲームの数試合をNHKや他の民放に開放したり、あるいはBS日テレへ移行したりして地上波の中継は縮小傾向にあるものの、早々に巨人戦中継の縮小に方向転換したフジテレビとは視聴率で大きく水を開けられる結果となっている。 ドラマ 2007年10月現在、全国ネットの連続ドラマ枠は火曜22時・水曜22時・土曜21時の3本。これは他局に比べて少ないが、高視聴率を記録するドラマも少なくない。他局では特別企画を除きテレビドラマの初回延長が20分以上という例はあまりないが、近年の日本テレビの主なテレビドラマの初回延長は全て20分である。 日テレ名物の番組のテコ入れ 日本テレビの番組の特徴として、大規模なてこ入れが多いことがあげられる。 例えば「伊東家の食卓」は生活に役立つ「裏ワザ」を紹介する内容にしてから視聴率が上向き、「エンタの神様」は歌やマジックなどを取り入れた総合エンターテインメント番組からお笑いに特化した番組に変化することで視聴率が上昇。いずれの番組も開始から数ヶ月は不振だったものの新機軸を入れることにより視聴率が上向いた成功例として知られる。 しかし、てこ入れによってかえって視聴率を低下させることもしばしばで、例えば「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」では、「ウリナリ芸能人社交ダンス部SP」や「ポケットビスケッツ」等の企画が好評を博したが(「〜社交ダンス部」のコンセプトはその後「シャル・ウィ・ダンス?〜オールスター社交ダンス選手権〜」に受け継がれる)、人気が低迷し「レギュラー陣入れ替え」をしたものの振るわず終了。 また、人気番組だった「クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!」も、初代司会者逸見政孝のガン闘病による降板後番組名と内容変更を繰り返し番組コンセプトを見失ってしまい低迷し終了してしまった。 系列局の制作番組 他のキー局に比べ、系列局(NNS)が全国ネットの番組を制作する機会が多い。 2007年10月現在、大阪のよみうりテレビが「今夜はシャンパリーノ」(月曜21:00)、「秘密のケンミンSHOW」(木曜21:00)、「ダウンタウンDX」(同22:00)、土曜8:00からの「ウェークアップ!ぷらす」(一部地域を除く)を制作。名古屋の中京テレビが「スーパーチャンプル」・「業界クイズ ミニキテ!」(共に一部地域を除く)を制作している。 かつては深夜のバラエティー枠「ZZZ」を系列局に開放し、札幌テレビ(「爆笑問題のススメ」など)、山口放送(「三宅裕司のドシロウト」など)、テレビ岩手、広島テレビ、福岡放送が制作に参加した。 また、系列の中には年1〜2回のペースで全国ネットの単発番組を制作している局がある。 テレビの時刻出し 朝:未明の「日テレNEWS24」開始(「日テレNEWS24」がない時は放送開始)時〜11:23:15まで(「Oha!4 NEWS LIVE」・「ズームイン!!SUPER」・「スッキリ!!」・「あさ天サタデー」・「ズームイン!!サタデー」はカスタムで表示、「ラジかるッ」の一部コーナーでは表示オフ)。(かつては「ザ!情報ツウ」が終了する10:24:00まで表示していたほか、2002年前後(詳細時期失念)には10:30:00〜11:23:00(「峰竜太のホンの昼メシ前」や「さきどり!Navi(NNN24(現日テレNEWS24)とのサイマル放送)」を放送していた時にも表示があった。) 土曜日は9:23:00(ウェークアップ!ぷらす終了)まで。(かつてはぶらり途中下車の旅終了後の10:00:00まで表示されていた。) 日曜日は9:53:55まで。(一時期、THE・サンデー放送途中の9:15:00までの表示だった。それ以前は9:55:00まで表示されていた。) 昼:平日11:30:00〜11:44:00 「NNNストレイトニュース」内。 土曜日は11:25:00〜11:33:30 「NNNストレイトニュース」内、及び12:00:00〜12:00:03「メレンゲの気持ち」の冒頭3秒間に表示。 日曜日は11:30:00〜11:44:00 「NNNストレイトニュース」内。 「NNNストレイトニュース」は「日テレNEWS24」フォントでの表示。 及び平日11:56:00〜12:40頃「おもいッきりイイ!!テレビ」のローカルセールスCM入りまで表示(かつて、12:52:10という中途半端な時間で表示消去していたが、これは前身の「お昼のワイドショー」の名残と思われる)。 夕:月〜木曜日16:53:15〜18:57:55まで「NNN Newsリアルタイム」内の一部コーナーを除いた時間帯に表示(2006年6月9日までアナログは番組独自のカスタム表示でデジタルは通常表示だったが同年6月12日よりアナログと同じものに統一)。 金曜日17:00:15〜18:57:55まで「NNN Newsリアルタイム」内の一部コーナーを除いた時間帯に表示(2006年6月9日までアナログは番組独自のカスタム表示でデジタルは通常表示だったが同年6月12日よりアナログと同じものに統一)。 日曜日18:00:00〜18:00:03まで「真相報道 バンキシャ!」の冒頭3秒間に表示。 なお、2006年9月6日の秋篠宮妃紀子出産の報道特別番組「ズームイン!!SUPER内」では当放送局のカスタム表示が関東地方以外でも少し見られた。 アナウンサー アナウンサー記事に関する注意:文中の所属先などの内容は永続的に保証されるものではありません。正確な情報は放送局の公式Webサイトなどでご確認ください。免責事項もあわせてご覧ください。 男性 青木源太(2006年) 蛯原哲(1997年) 河村亮(1991年) 上重聡(2003年) 新谷保志(1999年) 菅谷大介(1997年) 鈴木健(1990年) 鈴木崇司(1998年) 高橋雄一(1999年) 田中毅(2002年) 田辺研一郎(2000年) 寺島淳司(1996年) 鳥羽博剛(2005年) 中野謙吾(2004年) 羽鳥慎一(1994年) 平川健太郎(1992年) 藤井貴彦(1994年) 藤井恒久(1993年) 藤田大介(2005年) 桝太一(2006年) 町田浩徳(1998年) 右松健太(2003年) 村山喜彦(1988年) 森圭介(2001年) 矢島学(1995年) 女性 古閑陽子(2005年) 斉藤まりあ(2000年) 佐藤良子(2002年) 杉上佐智枝(2001年) 鈴江奈々(2003年) 脊山麻理子(2004年) 鷹西美佳(1985年) 豊田順子(1990年) 夏目三久(2007年) 西尾由佳理(2001年) 延友陽子(1998年) 馬場典子(1997年) 葉山エレーヌ(2006年) 古市幸子(1996年) 松尾英里子(2006年) 松本志のぶ(1992年) 宮崎宣子(2002年) 森富美(1996年) 森麻季(2003年) 山下美穂子(2000年) 山本舞衣子(2002年) 山本真純(1999年) 元アナウンサー この局の特徴として、アナウンサーを放送とは直接関係ない別部署に異動させる事が多々ある。 そのため、このリストの中には現役の日テレ社員が多数いる。 現・報道局キャスター ここでは報道局でニュースを担当するキャスター(元アナウンサー)を挙げる。 井田由美 笛吹雅子 異動した元アナウンサー 男性 芦沢俊美(アナウンス部教育担当部長) 今井伊佐男(ネットワーク室番組販売部長) 金子茂(報道局政治部所属) 後藤俊哉(報道局外報部所属) 炭谷宗佑(総務局総務部所属) 多昌博志(営業局営業推進部所属) 野口敦史(報道局外報部→報道局政治部所属) 船越雅史(コンプライアンス推進室所属) 舟津宜史(関西支社名古屋支局) 保坂昌宏(報道局所属) 舛方勝宏(シーエス日本代表取締役会長) 増田隆生(報道局→出版部所属) 松永二三男 (事業局ビジネス事業部所属) 望月浩平(スポーツ局所属) 山下末則(元宮崎放送、アール・エフ・ラジオ日本に出向) 吉田填一郎(経営戦略局グループ戦略局所属、アール・エフ・ラジオ日本に出向しスポーツアナウンサー兼編成局長) 若林健治(中部日本放送より移籍、事業局所属) 女性 石川牧子(日本テレビエンタープライズ常務取締役兼日テレ学院長、同学院アナウンサーコース講師) 大島典子(スポーツ・情報局所属、午後は○○おもいッきりテレビプロデューサー) 荻原弘子 加藤明美 河本香織(広報局所属) 木村優子(報道局→広報局副部長) 山王丸和恵(編成局編成センター編成部所属) 角田久美子(編成局マーケティング部所属) 町亞聖(報道局社会部所属) 退社したアナウンサー 男性 浅見源司郎 小川光明(スポーツコメンテーター、フリーアナウンサー) 小倉淳(フリーアナウンサー) 小山田春樹 越智正典 久保晴生(国際局長→日本テレビアナウンスカレッジ学長→現・日テレ学院スーパーバイザー、同学院アナウンサーコース講師、久保純子の実父) 倉持隆夫(読売新聞東京本社・金沢総局出向→定年退社。スペイン在住) 小林完吾(←南日本放送、フリーアナウンサー) 小早川正昭(フリーアナウンサー) 久能靖(ジャーナリスト) 志生野温夫(フリーアナウンサー、日テレ学院アナウンスコース講師) 清水一郎 徳光和夫(司会者) 長谷川憲司 原和男 日高直人 福留功男(司会者 なお娘明日香は現在も日本テレビに在籍) 福澤朗(司会者) 本多当一郎(日テレ学院アナウンスコース講師) 女性 阿井喬子 青尾幸 阿部哲子 魚住りえ(タレント) 大神いずみ(タレント、元木大介夫人) 大杉君枝(在籍中に死去、旧姓 : 鈴木) 小野寺麻衣(フリーアナウンサー、高橋由伸夫人) 加藤淑子 河合彩 楠田枝里子(タレント) 斉木かおり(フリーアナウンサー) 柴田倫世(タレント、松坂大輔夫人) 菅家ゆかり 関谷亜矢子(スポーツジャーナリスト) 永井美奈子(フリーアナウンサー) 深堀恵美子 村上節子 薮本雅子(エッセイスト) 米森麻美(故人、フリーアナウンサー) 日本テレビ制作スタッフ 日本テレビ制作スタッフ一覧を参照 アナウンサー以外で在籍した著名人 男性 池田文雄 石原伸晃(衆議院議員) 面高昌義 真山勇一(調布市議会議員) 四宮康雅(北海道テレビ放送) 女性 渡辺みどり(ジャーナリスト、文化女子大学客員教授) 日本テレビの番組から誕生したユニット(歌手) (スター誕生!出身者は除く) DORA BORA ポケットビスケッツ ブラックビスケッツ メロン組 修二と彰 イベント 日テレジャンボリー(2004年7月24日〜8月31日、「GO!SHIODOMEジャンボリー ウンチャカ♪」2005年7月24日〜8月31日、「GO!SHIODOMEジャンボリー2006 "熱ッ!!"〜Be TARO」2006年7月15日〜8月31日、汐留・日テレプラザ周辺で開催) 期間中、『伊東家ラリー』や『エンタの神様ライブ』など数々のイベントが開催され、来場者を魅了した。 世界縁起のいいもの博覧会(2004年12月26日〜2005年1月6日) ごくせん神社、移動屋台が展示された。 春の日テレ祭 おフランスざ〜んす!(2005年3月19日〜4月3日) スピードガンチャレンジや瑠璃のいえ、歌スタ!!の公開オーディションなどのイベントが開催された。 SHIODOME 黄金週間ざ〜んす!(2005年4月29日〜5月8日、汐留・日本テレビ本社) あ・石九博、汐留コナンラリーなどのイベントが開催された。 ハウルの動く城 大サーカス展(2005年4月27日〜8月21日、東京都現代美術館) GO!SHIODOME X'mas(2004年12月9日〜12月25日、2005年12月10日〜12月25日、汐留・日本テレビ本社) 経営幹部 代表取締役 取締役会議長 氏家齊一郎 代表取締役相談役 間部耕苹 代表取締役社長 久保伸太郎 役職 局長 局次長 部長 部次長 担当副部長 チーフプロデューサー制度 社員の種類 正社員 年契社員 シニア年契社員 協力スタッフ(人材派遣会社からの派遣社員) 報道局 報道局は、政治部・経済部・社会部・外報部・映像取材部・ニュース編集部・報道番組部・ニュース制作部の8部署からなり、汐留・日テレタワー5階の報道局を中心に業務を行っている(報道フロア 340坪)。海外の放送局を模しレールカメラを配置した報道フロアをはじめ、パーマネントセットを配置した放送スタジオも完備している。CS放送・日テレNEWS24(旧NNN24)のスタジオもここにある。この報道局内設備もすべてハイビジョンに対応している。ニュース映像素材は最近ではハイビジョンカメラによる取材や現場からの中継も行っている。 他にハイビジョンカメラによるニュース取材はNHK、TBSテレビ、日本テレビ系列の青森放送(RAB)・テレビ岩手(TVI)・秋田放送(ABS)・宮城テレビ放送(MMT)(※中継時のみ)・静岡第一テレビ(SDT)・北日本放送(KNB)・テレビ金沢(KTK)・福井放送(FBC)・読売テレビ放送(YTV)・四国放送(JRT)・広島テレビ放送(HTV)・山口放送(KRY)(※中継時のみ)・南海放送(RNB)・高知放送(RKC)(※中継時のみ)・福岡放送(FBS)、ごく僅かながらテレビ朝日やフジテレビなどでも行われている。他の地方民放局のハイビジョンカメラで取材された映像もHD材回線が地方局に常設されれば、日テレ制作報道番組での利用が可能となる。 報道スタジオは5階報道局に隣接して置かれ、サブは3つある。主にNEWS1サブでは地上波、NEWS2サブは日テレNEWS24で使用される。この他に素材収録用の簡易サブもある。 ニュース映像の収録・編集は4階のCVセンター、テロップ・CGなどの制作は4階のテロップセンターで行われている。 地方局が取材したニュースについては取材した系列局のテロップを「NNN」と併記して表示する(連名で表示する場合もある)。重大な事件・大規模な事故・災害の取材の際、地元局以外の系列局の支援を受け共同取材する場合や、高校野球等系列各局が集結して取材を行う場合は「NNN取材団」と表示する。この表示は地上波放送各種ニュース番組・日テレNEWS24ともにおこなわれている。 NNN系列各局や海外メディア配信へのニュース配信を行う「ニュースチャンネル」が6Fにある。 ニュース配信を行う送出設備の他VTR編集室・カメラ1台の顔出し設備がある。 番組については、一覧を参照。 制作局 2006年に発足した部署。従来の編成本部が制作局と名称を変え、その中の部署も一新された。実質、その編成本部の前の編成局が復活したようなもの。新しい部署として、「ドラマ制作部」、「CP班グループ」、「業務部」が作られた。また、新たに「スポーツ・情報局」が発足し、スポーツ番組や情報番組はこのスポーツ・情報局の担当となった。 日本テレビ・制作局制作番組の分野別一覧も参照 具体的に制作されている番組の種類は次の通り。 バラエティ番組 - 笑点、世界まる見え!テレビ特捜部、ザ!鉄腕!DASH!!、エンタの神様など クイズ番組 - 全国高等学校クイズ選手権、ロンQ!ハイランドなど 音楽番組 - 音楽戦士 MUSIC FIGHTER、1億3000万人が選ぶ!ベストアーティストなど 料理番組 - キユーピー3分クッキングなど ドラマ - 火曜ドラマ、水曜ドラマ、土曜ドラマなど アニメ - それいけ!アンパンマンなど ミニ番組 読売新聞制作番組 スペシャル番組 - 24時間テレビ 「愛は地球を救う」、はじめてのおつかい、モクスペなど(一部「スポーツ・情報局」の制作となる場合がある。) 地方局制作番組 - 読売テレビ、中京テレビ放送、福岡放送、札幌テレビ放送、山口放送(現在は放送していない)などといった系列局制作の番組を一部放送している。 スポーツ・情報局 制作局と共に2006年に発足した部署。従来の編成本部の制作していたスポーツ番組や情報番組がこの部署の制作担当となった。その中の部署は「スポーツセンター」と「情報センター」に分かれ、情報センターには「CP班グループ」、スポーツセンターには「CP班グループ」と「スポーツ企画推進部」がそれぞれ作られた。具体的な制作番組については日本テレビ・スポーツ・情報局制作番組の分野別一覧も参照のこと。 具体的な制作番組は以下の通り。 情報番組 - ズームイン!!SUPER、スッキリ!!、おもいッきりイイ!!テレビなど スポーツ番組 - PRIDE&SPIRIT 日本プロ野球、箱根駅伝、プロレスリング・ノア中継、スポーツうるぐすなど その他スポーツ、情報番組のスペシャル番組。 放送開始・終了情報 アナログ放送 鳩の休日(開局〜2001年9月) 初代はモノクロで放送用の周波数も表示していた。アナウンスは男性、女性の2バージョンあり。 2代目はカラー 3代目は音声多重放送に対応したものに変更。映像は2代目と同じ。 ナレーション:2代目・結城雅子アナウンサーといわれているが未詳、3代目・青尾幸アナウンサー(音声多重放送のアナウンスも担当) BGM作曲:深井史郎 NNN24ジャンクション(2000年1月17日〜2001年9月) ナレーション:平川健太郎アナウンサー クロージング(2000年1月〜2001年9月)(※ナレーションなし) 日テレブランド?バージョン(2001年10月〜2003年6月) ナレーション:井田由美アナウンサー(現在は報道局所属) 日テレバージョン(2003年7月〜現在) ナレーション:井田由美アナウンサー デジタル放送 新社屋静止画バージョン(2003年12月〜現在)(※映像に動きは無く、BGMも無い。また、「JOAX-DTV、ご覧のチャンネルは、日本テレビデジタルテレビジョンです。」と2回繰り返しアナウンスされる。) 事業所 本社 東京都港区東新橋1丁目6番1号 郵便番号:105-7444 麹町分室(旧本社屋) 東京都千代田区二番町14番地 関西支社 大阪市北区堂島2丁目2番2号 近鉄堂島ビル14階 名古屋支局 名古屋市中区錦3丁目23番31号 栄町ビル7階 那覇支局 那覇市泉崎1丁目10番3号 琉球新報ビル内 主なグループ会社 系列放送局各社に関しては、「NNN」及び「NNS」の項目を参照せよ。 連結子会社 株式会社日テレ・グループ・ホールディングス(制作事業統括持株会社) 株式会社日テレ・テクニカル・リソーシズ(旧NTV映像センター・日本テレビビデオ、技術会社) 株式会社日テレアックスオン(旧日本テレビビデオ・NTV映像センター・日本テレビエンタープライズ、制作会社) 株式会社日テレイベンツ(旧日本テレビエンタープライズ、イベント会社) 株式会社日本テレビアート(美術会社) 株式会社日本テレビ音楽 株式会社バップ NTV America Company NTV International Corporation 株式会社日本テレビフットボールクラブ (東京ヴェルディ1969、日テレ・ベレーザ) 他 持分法適用関連会社 株式会社シーエス日本 株式会社BS日本 株式会社アール・エフ・ラジオ日本 他 なお、国が許可した債権回収業(サービサー)のニッテレ債権回収株式会社とは何の関係もない。 スタジオ技術系協力会社 株式会社ヌーベルバーグ 株式会社日放 株式会社ジャパンテレビ(通称: ジャパンさん) ミジェット 主な中継局 アナログ放送 東京都 大井町 70ch *品川区大井町地区では東京4chを視聴している家庭がほとんどである。 八王子 35ch *八王子市周辺でも、東京4chを視聴している家庭が多い。 多摩 51ch *多摩市周辺でも東京4ch視聴者が多い。 新島 54ch(垂直偏波) 八丈島 4ch 三宅島 4ch 小笠原父島 53ch 茨城県 水戸 42ch(垂直偏波) 鹿嶋 33ch 日立 54ch 高萩 53ch 栃木県 宇都宮 53ch 日光 54ch 矢板 36ch 群馬県 前橋 54ch 富岡 53ch(垂直偏波) 桐生 53ch 沼田 53ch 埼玉県 児玉(熊谷・本庄) 53ch(垂直偏波) 秩父 16ch 千葉県 成田 53ch 銚子 53ch 香取佐原 54ch 勝浦 53ch 館山 54ch(垂直偏波) 神奈川県 山下町 71ch *東京4ch視聴者多し。 横浜みなと 54ch *東京4ch視聴者多し。 久里浜 41ch(北方向は水平偏波・西方向は垂直偏波) 平塚 35ch(垂直偏波)*東京4ch視聴者多し。 小田原 54ch 湯河原 53ch 他 デジタル放送 茨城県 水戸 14ch 日立 14ch 栃木県 宇都宮 34ch 矢板 19ch 群馬県 前橋 33ch 沼田 25ch 埼玉県 秩父 25ch 千葉県 銚子 25ch 神奈川県 平塚 25ch(垂直偏波) 小田原 25ch 情報カメラ設置ポイント ●…ハイビジョンカメラ 現在 東京都 汐留(本社屋上鉄塔)● 麹町(麹町分室屋上鉄塔)● 羽田空港第1ターミナル・第2ターミナル● 築地(聖路加ガーデン) 丸の内(三井ビル) 東京駅(東京国際フォーラム、以前はその隣にある東京ビル旧建物〔現:東京ビルTOKIA〕に設置)● 渋谷● 中央自動車道八王子IC付近(帰省・Uターンラッシュ時) 八丈島(台風接近時) 上野恩賜公園・不忍池(春季限定) 神奈川県 横浜市(ザ・ヨコハマノボテル〔旧ザ・ホテルヨコハマ〕、しばらくの間設置を中断していたが2007年7月に再開)● 藤沢市・江の島(江の島ビュータワー)● 小田原市 千葉県 成田国際空港 鴨川シーワールド(夏季限定)● 群馬県 草津国際スキー場(冬季限定) 沖縄県 那覇空港(台風接近時) 過去に設置 東京湾アクアライン(海ほたるパーキングエリア)、大磯ロングビーチ(大磯プリンスホテル屋上、夏季限定)など 沖縄県に日本テレビ系列局が存在しない理由 1989年に設立され、日本テレビ系列の南西放送を開局する予定だったが、民放テレビ第3、4局の周波数が割り当てられていたこともあり、琉球朝日放送(テレビ朝日系列)とともに1995年秋の同時開局が有力視されていた。ところが、日本テレビの沖縄進出凍結に伴って計画は頓挫し、1999年には沖縄県の民放テレビ第4局用の周波数割当そのものが取り消された。 現在は日本テレビで放送されている番組の一部は沖縄テレビ(主に「火曜ドラマゴールド」(旧「ドラマ・コンプレックス」、「土曜サスペンス劇場」)」「NTV土曜ドラマ」などの番組提供付きの番組などを放送)と琉球放送(TBS系列、一時期は「木曜スペシャル」を同時ネットしていたが、現在は主に夕方枠・深夜枠でローカル扱いの番組で放送)で放送されている。またCS★日テレで日本テレビの番組を沖縄でも見ることができたが、2000年9月の放送終了に伴い、ほとんどの日本テレビの番組がリアルタイムで見られなくなってしまった。 関連項目 ウィキニュースに関連記事があります。 Category:日本テレビ 日本テレビ盃 どこスタ SHIBUYA-AX 成田真由美(コンプライアンス推進室所属) CS★日テレ 第2日本テレビ 番組ch(NTV)板 非マストバイ局 秋田放送 北日本放送 福井放送(テレビ朝日とのクロスネット) 山梨放送 四国放送 高知放送 テレビ大分(フジテレビとのクロスネット) その他 テレビ宮崎(フジテレビ・テレビ朝日とのトリプルクロスネットだが、NNS非加盟局) 宮崎放送(TBS系列 一部の番組を放送) 琉球放送(TBS系列 一部の番組を放送) 沖縄テレビ(フジテレビ系列 一部の番組を放送) 外部リンク テレビゲーム(TV game)とは一般消費者向けコンピュータゲームの機器(ゲーム機)やゲームソフト、それらを使用した遊戯、及びそれらの市場全般を指す和製英語。テレビ受像機をディスプレイとして使う機器が一般的であることからこう呼ばれた。テレビを用いない携帯型ゲームも一般的な意味の「テレビゲーム」に含むことが多いが、本項目ではテレビに接続するゲームを中心に解説する。 日本語のテレビゲームに相当する英語はVideo Game(ビデオゲーム)であるが、こちらはテレビに限らずディスプレイを使ったゲーム機全般を表すため、業務用(アーケードゲーム)も含まれる。日本でビデオゲームという単語を用いる場合、業務用における機械式ゲーム(エレメカ)に対してのビデオゲームを指すことが多い。 目次 [非表示] 1 概要 1.1 共通する特徴 2 関連する区分 3 今日のテレビゲーム 4 ジャンル 5 関連項目 [編集] 概要 一般にテレビゲームとは、テレビ受像機をディスプレイとして利用するタイプのコンピュータゲームで、家庭への普及を主とするゲーム機に対する一般名称である。本来「テレビゲーム」とは、1980年に前後して発売されたワイヤードロジック(電子回路によりゲームを表現する)のゲーム機を指していた。通常、提供できるゲーム内容はゲーム機によって固定されている(しかし複数のゲームを切り替えられるものもあった)事から、ハードウェアも固定である。例えば専用のコントローラは本体とは不可分であり、交換は考慮されていなかった。この辺りの事情は同世代の携帯型ゲーム、いわゆる電子ゲームでも同様である。 後にカセットビジョンやファミリーコンピュータが発売されると、汎用型のCPUを搭載してゲームソフトを外部からロムカセットや光ディスクで供給するタイプのゲーム機が「テレビゲーム」の主流となった。ハードウェア面では汎用のコントローラが用意されているほか、特定のゲームソフトに特化したコントローラやその他の周辺機器が外付けできるようになった。 [編集] 共通する特徴 初期のテレビゲームでは、映像をテレビに映すためにVHFのアンテナに接続するためのRF端子を利用した。これはテレビゲームが登場した当時、ビデオ端子等の外部映像・音声入力端子を持つテレビ受像機は普及していなかったためである。アンテナ線との信号混信を防ぐ意図から、切り替えボックスを使用しての接続だった。音声もVHF信号に乗せられていた。 なおこのRF出力は、信号レベルが余り高くないことから滲み・チラツキ・混信が起こりやすかった。1990年代以降からビデオ入力端子付きのテレビが普及してくると、次第にテレビゲームもビデオ出力端子を持つようになったため、RF出力は次第に使われなくなり、接続が容易で高画質・高音質を実現できるRCA端子が主流となった。しかし周辺機器によってRF出力をサポートしている機種は2000年代以降にも存在している。 [編集] 関連する区分 携帯型ゲームとの区別を図るため、その様態から俗に据え置き型ゲームと呼ばれることもある。テレビゲームと携帯ゲームを合わせて、家庭で遊ぶものとしてコンシューマーゲームと総称するが、ゲーム雑誌やゲーマーの間で使われる程度に留まり、一般的な用語とはなっていない。 対して、ゲームセンターの業務用機で遊ぶものをアーケードゲームと呼ぶ。また、パソコンで遊ぶゲームも存在する。 英語でのVideo Gameの定義と同じく、日本でもコンシューマーゲームとアーケードゲーム、パソコンゲームを総合してビデオゲームと呼ぶ人もいる。テレビゲームをしない高年齢者などは、総じてファミコンと呼ぶ者も未だ少なくない。 [編集] 今日のテレビゲーム 2007年現在、世界市場を持つ代表的な家庭用据え置きゲーム機(ハードウェア)は、任天堂のWii、ソニー・コンピュータエンタテインメントのプレイステーション2およびプレイステーション3、マイクロソフトのXbox 360の3社4機種である。 日本市場において代表的なゲームソフトにはマリオシリーズ、ドラゴンクエストシリーズ、ファイナルファンタジーシリーズ、ポケットモンスターシリーズ、ゼルダの伝説シリーズその他多数がある。 対象ユーザー層や機器の特徴の違いから、コンシューマーゲームは、パソコンゲーム市場とは異なるジャンル・タイトルが発売されている。しかし、現在ではパソコン用ゲームが全年齢化され、コンシューマーゲーム機へと移植されることも多々ある。 [編集] ジャンル アクションゲーム 対戦格闘ゲーム シューティングゲーム ロールプレイングゲーム(コンピュータRPG) アドベンチャーゲーム シミュレーションゲーム スポーツゲーム レースゲーム パズルゲーム テーブルゲーム クイズゲーム オンラインゲーム [編集] 関連項目 ゲーム機一覧 コンピュータゲーム コンピュータゲームのタイトル一覧 ゲーム脳 コンピューターゲームの歴史 日本におけるゲーム機戦争 E3 カテゴリ: コンピュータゲーム | 和製英語 株式会社フジテレビジョン (Fuji Television Network, Inc.) は、関東広域圏を放送対象地域とする放送局。 略称はコールサイン (JOCX-TV) からCX。通称はフジテレビ、フジ。 76社、5法人、3美術館、10,000名強の従業員からなる日本最大のメディア・コングロマリットであるフジサンケイグループの中核企業であり、現在は資本関係上もグループの統括会社となっている。 目次 [非表示] 1 会社概要 1.1 送信所 1.1.1 アナログ放送の主な中継局 1.1.2 デジタル放送の主な中継局 2 沿革等 2.1 沿革 2.2 番組史 2.3 歴代社長 3 社史概要 3.1 1950年代?1960年代 3.2 1970年代?1980年代 3.3 1990年代? 4 フジテレビお台場移転の経緯 5 目玉マークの誕生 6 フジテレビのトリビア 7 フジテレビの評価 8 フジテレビの不祥事・事件・トラブル 9 フジテレビ制作番組 9.1 ニュース・情報 9.2 スポーツ 9.3 バラエティ 9.4 音楽 9.5 ドラマ 9.6 アニメ 9.6.1 深夜アニメ 9.7 子供向け番組 9.8 その他 10 スタジオ 10.1 臨海副都心 10.1.1 台場・フジテレビ本社ビル 10.1.2 青海・フジテレビ湾岸スタジオ 10.2 その他 11 情報カメラ設置ポイント 12 キャッチフレーズ 12.1 コーポレート・スローガン 13 テレビの時刻出し 14 テレビ放送以外 14.1 映画事業局 14.1.1 フジテレビ制作映画 14.2 事業部 14.2.1 イベント 14.2.1.1 総合イベント 14.2.1.2 シルク・ドゥ・ソレイユ日本公演 15 オープニング&クロージング映像 15.1 オープニング 15.2 クロージング 15.3 備考 16 アナウンサー 16.1 男性 16.2 女性 16.3 ニッポン放送から転籍したアナウンサー 16.4 共同テレビ所属の専属契約アナウンサー 17 歴代アナウンサー 17.1 異動したアナウンサー 17.2 退社したアナウンサー 18 アナウンサー以外の出身者 19 アナウンサー以外の在籍者 20 主なスタジオ技術系協力会社 21 グループ会社・事業組合 21.1 持分法適用関連会社 21.2 持分法非適用関連会社 21.3 事業組合等 22 グループ外企業への出資状況 22.1 上場会社 22.2 非上場会社 23 系列局 23.1 関連衛星放送 24 主要株主 25 関連項目 26 放送区域外のケーブルテレビ再送信局 27 外部リンク 28 参考文献 会社概要 フジテレビジョンのデータ 英名 Fuji Television Network, Incorporated 放送対象地域 関東広域圏 (東京都・茨城県・栃木県・ 群馬県・埼玉県 千葉県・神奈川県) ニュース系列 FNN 番組供給系列 FNS 略称 CX 愛称 フジ、フジテレビ 呼出符号 JOCX-(D)TV 呼出名称 フジ(デジタル)テレビジョン 開局日 1959年3月1日 本社 〒137-8088 東京都 港区台場二丁目4-8 演奏所 #スタジオを参照 アナログ親局 東京 8ch ガイドチャンネル 8ch リモコンキーID 8 デジタル親局 東京 21ch 主なアナログ中継局 下記参照 主なデジタル中継局 下記参照 公式サイト 公式サイト 特記事項 : また、大東諸島も、放送区域に含まれる 各地域の系列局28社で、番組の供給・ネットを目的とするフジネットワーク(FNS:Fuji Network System、FUJI NETWORK SPORT)と、ニュース素材の供給・ネットを目的とするフジニュースネットワーク(FNN:Fuji News Network)を組織している。 地上放送の他にSKY PerfecTV!(東経124・128度CS放送)、および委託放送事業者であるサテライト・サービスを通じてe2 by スカパー!(東経110度CS放送)で、フジテレビ721およびフジテレビ739の2つのチャンネルを放送していて、一部のケーブルテレビでも放送されている。 メインバンクは、みずほコーポレート銀行(旧富士銀行)であり、FNSチャリティーキャンペーンにおけるフジテレビの振込先もみずほ銀行東京中央支店(旧富士銀行本店)である。また、以前フジテレビで芙蓉グループ提供の番組「感動エクスプレス」「満足!迷い旅」を放送していた。さらに、フジサンケイグループと芙蓉グループの合弁の広告会社富士アドシステム(同社は2007年10月にフジサンケイグループ傘下の広告会社3社と合併予定)がある。 送信所 (放送区域は、本来は沖縄県の放送対象地域である大東諸島が含まれる。これは、系列局の沖縄テレビが、大東諸島に中継局を設けていないため。TBS=琉球放送並びに、テレビ朝日=琉球朝日放送の際も同様)。 アナログ放送 コールサイン:JOCX-TV チャンネル:8ch(東京) 映像出力:50kW 音声出力:12.5kW デジタル放送 コールサイン:JOCX-(D)TV チャンネル:21ch(東京) 出力:10kW リモコンキーID:8 アナログ放送の主な中継局 東京都 *八王子 - 31ch  *多摩 - 55ch 新島 - 58ch  父島 - 57ch 母島 - 58ch  *大井町 - 74ch 茨城県 水戸 - 38ch 日立 - 58ch 常陸鹿嶋 - 41ch 栃木県 宇都宮 - 57ch 群馬県 前橋 - 58ch 桐生 - 35ch 利根 - 57ch 埼玉県 秩父 - 29ch 児玉 - 57ch 千葉県 銚子 - 57ch 成田 - 57ch 館山 - 58ch 神奈川県 *横浜みなと - 58ch 横須賀久里浜 - 37ch 平塚 - 39ch 小田原 - 58ch *山下町 - 75ch 沖縄県 北大東 - 46ch 南大東 - 58ch 他多数 *は、その中継局周辺でも、東京8chを視聴する場合が多く、画質が良くない場合に視聴される。他局の、同位置にある中継局も同様。 デジタル放送の主な中継局 茨城県 水戸 - 19ch 日立 - 19ch 栃木県 宇都宮 - 35ch 群馬県 前橋 - 42ch 埼玉県 秩父 - 21ch 千葉県 銚子 - 21ch 神奈川県 平塚 - 21ch 小田原 - 21ch 沿革等 沿革 1957年(昭和32年)11月18日 - 文化放送とニッポン放送を主体とし、東宝、松竹、大映の映画会社各社が参加して、株式会社富士テレビジョン設立。(富士テレビに決定される前は中央テレビジョンで仮決定されていた。) 1958年(昭和33年)12月 - 商号を株式会社フジテレビジョン(カタカナ名)に変更。 1959年(昭和34年)1月9日 - 本免許を受ける。 1959年(昭和34年)3月1日 - 地上アナログテレビジョン放送の本放送を開始(JOCX-TV)。開局は大阪・毎日放送(MBS)と福岡・九州朝日放送(KBC)と同日。関西地区においては、関西テレビ(KTV)と毎日放送とのネットワーク関係を結ぶが、翌年関西テレビに一本化する。 1959年(昭和34年)6月 - 東名阪福の基幹4局でネットワーク協力体制に調印し、フジネットワークシステム(FNS)の基礎を確立。 1964年(昭和39年)9月3日、東京オリンピック開始に伴い、カラー本放送を開始(東京地区では3番目)。最初の番組は『僕は見たんだ』で、午前10時半からの30分番組。 1966年(昭和41年)10月 - フジニュースネットワーク(FNN)発足。 1969年(昭和44年)10月 - フジネットワークシステム(FNS)発足。 1971年(昭和46年) - 制作局を廃止させ系列子会社化(「フジポニー」「フジ制作」「ワイドプロ」など)。報道・スポーツ・生番組以外の番組の制作を委託する(1980年の機構改革で「制作局」を再発足、自社制作を復活させるまで系列子会社の再編をしながら続く)。 1973年(昭和48年)『キンカン素人民謡名人戦』を最後に、自主制作番組が全部カラー放送になる。 1978年(昭和53年)10月、音声多重実用化試験放送開始。東京では日本テレビやNHK(日本放送協会)に次いで3局目。第1弾は神宮球場からのヤクルト戦のステレオ放送。 1984年(昭和59年) - フジサンケイグループ議長・鹿内春雄が将来の衛星放送事業(現在のBSフジやフジテレビ721、739、ディノスチャンネルなど)参画による業務拡大に伴い、局舎面積拡大の必要性を訴え、当時はまだ更地であったお台場への社屋移転構想を発表する。(#フジテレビお台場移転の経緯を参照。) 1985年(昭和60年)12月 - 文字多重放送本放送開始。 1986年(昭和61年) - フジサンケイグループ統一CI導入に伴い、現在の「目玉マーク」のロゴ・マークに変更。 1988年(昭和63年) - 開局30周年を記念してオリエント急行を日本で走らせる。 1989年(平成元年)8月 - 第一世代クリアビジョン放送開始。 1990年(平成2年)11月 - ハイビジョン試験放送開始。 1993年(平成5年) - 台場本社ビル着工。 1994年(平成6年)11月 - ハイビジョン実用化試験局免許取得。 1995年(平成7年)4月 - 株式会社フジサンケイグループ本社を合併。 1995年(平成7年)9月 - ワイドクリアビジョン(EDTV-II)本放送開始。 1996年(平成8年) 8月- 東京都港区台場に新本社ビル完成。河田町本社からの移転作業が部署別に順次開始される。 1997年(平成9年)3月10日 - 台場の現社屋に本社機能の移転が完了。本社事業所所在地変更(東京都港区台場二丁目4番8号)。旧河田町本社ビルの解体作業開始。 1997年(平成9年)8月 - 東京証券取引所市場第1部に株式を上場。 1998年(平成10年)4月 - 放送法に基づきCSデジタル放送」2チャンネルの委託放送事業者の認定を受ける。 1998年(平成10年)4月 - CSチャンネル「フジテレビ721」放送を開始。 1999年(平成11年)4月 - CSチャンネル「フジテレビ739」放送を開始。 2000年(平成12年)12月1日 - 午前11時、系列のBSデジタル放送『BSフジ』(デジタルBS8Ch)開始。 2003年(平成15年)12月1日 - 午前11時、地上デジタルテレビジョン放送の本放送を開始(JOCX-DTV)。 2005年(平成17年)1月17日 - 系列ラジオ局のニッポン放送株式の公開買付(TOB)を発表した。その結果、ニッポン放送発行済み株式の36.47%を取得した。 2005年(平成17年)5月23日 - ライブドア・パートナーズを買収し同社の商号を『LFホールディングス』に変更(7月12日に合併)。 2005年(平成17年)6月13日 - 産業再生法に基づく事業再構築計画の認定を受ける。2008年(平成20年)5月まで。 2005年(平成17年)7月15日 - 地上波キー局として初めてのブロードバンド動画配信サービス、「フジテレビ On Demand」のサービスを開始。 2005年(平成17年)9月1日 - ニッポン放送と株式交換し、同社を完全子会社化。 2006年(平成18年)1月22日 - ライブドアが証券取引法違反で1月18日に家宅捜索される。 2006年(平成18年)3月15日 - ポッドキャスティング「フジポッド」の配信開始。 2006年(平成18年)3月16日 - 日枝会長が記者会見を行いUSENの宇野康秀社長にフジテレビが所有するライブドア持ち株を95億円で全株譲渡しUSENとの業務提携を発表。同時にライブドアとの提携解消とライブドア・ショックにより受けたフジテレビの損害総額345億円の賠償請求を行うことを決定した。 2006年(平成18年)4月1日 地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。 ニッポン放送からアナウンサーを含む47人がフジテレビに転籍。 2006年(平成18年)4月3日 - 事業持株会社化し、フジサンケイグループの統括会社になる。これとともに株式会社ニッポン放送ホールディングス(旧ニッポン放送、これまでのラジオ放送事業・中波放送局免許は『株式会社ニッポン放送』を新設し、同社に承継)を吸収合併し、ニッポン放送保有のフジテレビ株式は吸収後消却され、ポニーキャニオン、ディノス等ニッポン放送傘下の企業がフジテレビ傘下に移動。 2007年(平成19年)3月26日 - ライブドアに対する345億円の損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起したと発表した。 2007年(平成19年)3月29日 - ポニーキャニオンと扶桑社の発行済み全株式を取得し、完全子会社化。同時にBSフジへの出資比率を上げる。 2007年(平成19年)9月1日 - ハイビジョンでの報道取材を開始する(スポーツ報道の一部は以前からハイビジョン化されている)。 2007年(平成19年)9月14日 - 東京都江東区青海の臨海副都心に建設した「湾岸スタジオ」の運用を開始。 番組史 1959年(昭和34年)3月 - 開局と同時に同局の看板トーク番組である『スター千一夜』放映開始。旭化成の一社提供、初回ゲストは長門裕之と津川雅彦、この回の司会は高橋忠雄が担当(1981年9月23日まで)。 1959年(昭和34年)6月17日 - 渡辺プロダクションの制作指揮による音楽番組『ザ・ヒットパレード』放送開始。初代司会はミッキー・カーチス(1970年3月まで)。 1961年(昭和36年)4月 - 『きょうのプロ野球から』放映開始(プロ野球シーズン期間中のみ放送)。後に『プロ野球ニュース』(第1期)に改題された(1965年9月に一旦終了)。 1963年(昭和38年)1月1日 - 日本初の国産テレビアニメ『鉄腕アトム』を放送(1966年12月31日まで)。 1964年(昭和39年)1月1日、正月恒例の『新春かくし芸大会』開始。翌1965年からは司会者に高橋圭三(1971年からは芳村真理も参加)を迎え規模を年々拡大。『NHK紅白歌合戦』などと並ぶ年末年始の風物詩的番組に発展。 1964年(昭和39年)8月31日 - 今現在も続く長寿音楽番組『ミュージックフェア』放映開始。初代司会は越路吹雪。 1965年(昭和40年)5月1日 - NET(現:テレビ朝日)系列の朝のワイドショー、『モーニングショー』に対抗し、NHKの看板アナウンサーだった小川宏を招聘し、『小川宏ショー』をスタート。初代司会陣は小川宏と元TBSアナウンサーの木元教子、それから当時アナウンサーだった露木茂(1982年3月まで)。 1965年(昭和40年)10月6日 - 日本初のカラーテレビアニメ『ジャングル大帝』放送。 1968年(昭和43年)4月1日 - 不毛の時間帯とされた平日午後3時枠を開拓したワイドショー『3時のあなた』放送開始。初代司会は高峰三枝子と木元教子(1988年4月1日まで)。 1968年(昭和43年)11月4日 - 新感覚の歌謡番組と銘打ち『夜のヒットスタジオ』放送開始。幅広い出演者と歌手の素顔を映し出してゆくという番組構成が視聴者に浸透し、格上の音楽番組として後に評価されるようになる。初代司会は前田武彦、芳村真理(〜1990年10月3日)。 1969年(昭和44年) - 『オールナイトフジ』(第1期)放送開始。司会者は歌手の舟木一夫だった(レギュラー放送は1971年まで、スペシャル版は1975年まで放送)。 1969年(昭和44年)10月 - 今現在も続く長寿アニメ『サザエさん』開始。 1974年(昭和49年)7月 - 第1回『FNS歌謡祭』放送。初代司会は小川宏と吉永小百合。当初は賞レース番組であったが、1991年からはショー形式の番組に変更。 1975年(昭和50年)4月 - 萩本欽一がニッポン放送で担当していたラジオ番組をモチーフとする『欽ちゃんのドンとやってみよう!』スタート。当初は土曜19時30分〜の放送であったが、1981年春からは月曜21時枠に放送時間を移動し、「良い子悪い子普通の子」などシリーズ化。 1976年(昭和51年)4月 - 『プロ野球ニュース』(第2期)開始。第2期スタート当初の司会は佐々木信也とはらたいら。 1981年(昭和56年)10月 - 海外情報バラエティの先駆的存在『なるほど!ザ・ワールド』(司会は愛川欽也、楠田枝里子:1996年3月まで)、無敵の人気を誇ったTBS系『8時だよ!全員集合』に対抗すべく時の漫才ブームの立役者たちをメインキャストに据えた『オレたちひょうきん族』(出演者はビートたけし、明石家さんま、山田邦子、他:1989年10月まで)をスタート。 1981年(昭和56年)10月 - 後にスペシャル番組としてシリーズ化される『北の国から』がスタート。脚本は倉本聡、主演は田中邦衛。 1982年(昭和57年)10月 - 今現在も放送しているタモリが司会を務める平日昼の人気長寿生放送バラエティ『笑っていいとも!』開始。 1983年(昭和58年) - 『オールナイトフジ』(第2期)開始。現役の女子大生タレントを司会に登用し、人気を博す。 1984年(昭和59年)10月 - 『FNNスーパータイム』開始。夕方ニュース戦争の幕開け。 1985年(昭和60年)4月 - 『夕やけニャンニャン』開始。同番組の"主役"・おニャン子クラブは後に社会現象的な人気を集める。 1987年(昭和62年)1月 - 1981年4月より続いた萩本欽一による『欽ドン!』シリーズに代って、新たにドラマ枠(通称:"月9")を新設。『アナウンサーぷっつん物語』を最初に、『ラジオびんびん物語』、『東京ラブストーリー』、『101回目のプロポーズ』、『ロング・バケーション』などの大ヒット作を生み出し、業界ドラマやトレンディードラマブームの火付け役となる。 1987年(昭和62年) - モータースポーツの最高峰であるF1中継の放送開始。 1987年(昭和62年)7月 - 同局開局以来の24時間編成の大型番組として『テレビ夢列島(現:FNSの日)』を放送。総合司会はタモリ、明石家さんま。 1988年(昭和63年) - 深夜枠のソフト充実を目的に『JOCX-TV2(深夜黄金伝説)』スタート。以降、『やっぱり猫が好き』(出演:もたいまさこ、室井滋、小林聡美。作:三谷幸喜、他)や『カノッサの屈辱』(出演:仲谷昇、他)など新感覚の番組が高い評価を受ける。 1991年(平成3年) - ビートたけしと逸見政孝司会の『平成教育委員会』放送開始。翌1992年にはこの番組を基本として恒例の24時間テレビ編成が行われる。 1994年(平成6年) - 田村正和主演、三谷幸喜脚本による異色の刑事ドラマ『古畑任三郎』スタート。後にシリーズ化され、同局を代表するドラマシリーズに成長する。 1997年(平成9年)3月 - 夕方ニュース戦争の幕開けだった『FNNスーパータイム』がついに終了し、『FNNニュース555 ザ・ヒューマン』へ移行と同時に開始時刻が夕方18:00から5分前倒して夕方17:55からの放送(フライングスタート移行)となる。 2001年(平成13年)3月 - 『プロ野球ニュース』(第2期)の地上波での放送を終了。 2003年(平成15年)10月 - フジテレビ開局45周年記念番組として、1978年に田宮二郎と山本學の主演で放送された社会派ドラマ『白い巨塔』のリメイク版を半年間(2クール)にわたり放送。リメイク版の主演は唐沢寿明と江口洋介。 2005年(平成17年)1月 - お台場社屋からの主要生番組(『めざましテレビ』『とくダネ!』『ニュース関係全般』など)が全てハイビジョン放送になる。 歴代社長 水野成夫(1957年設立〜1964年) 鹿内信隆(1964年〜1968年) 浅野賢澄(1968年〜1985年) 羽佐間重彰(1985年〜1988年) 日枝久(1988年〜2001年) 村上光一(2001年〜2007年) 豊田皓(2007年〜) 社史概要 河田町時代のフジテレビ社屋があったところは、現在高級高層マンションになっている(河田町コンフォガーデン、URの運営で、フジテレビとは無関係)。ここにテレビ局があった痕跡はない。 1950年代?1960年代 1957年6月に、ニッポン放送、文化放送、東宝、松竹、大映らが免許を申請し、翌7月に予備免許が交付された。その後、事業体として同年11月、東京都千代田区有楽町一丁目7番地に資本金6億円で「株式会社富士テレビジョン」として設立(翌年12月に現在の商号に変更)。 開局から1986年(昭和61年)3月31日まではシンボルマークはチャンネルナンバー「8」を図案化したもの。(関西テレビ放送や沖縄テレビ放送とは多少違う)ロゴは産経新聞(当時はサンケイ)やニッポン放送の旧書体に似た旧フジサンケイグループ標準書体だった。 1959年1月に東京都新宿区市ヶ谷河田町7番地(後の新宿区河田町3-1)に本社ビルを完成させ(本社所在地の変更は1962年)、同年3月1日に東京で3番目(開局順としては4番目だが、総合局と教育局の都合上現在は3番目)のテレビ局として放送を開始した(放送開始当時は映像出力10KW、音声出力2.5KW。1960年1月17日に現在と同じ空中線電力となった。)。チャンネルは当初「1」を希望していたが、NHKが獲得。『4』も既に日本テレビ放送網が、『6』もラジオ東京テレビ(KRT(現在のTBS))が取得していたため、第8チャンネルとなった。 1961年4月1日、「きょうのプロ野球から」が放送開始。瞬く間に人気番組になる。翌1962年に「プロ野球ニュース」に改題。1965年に一旦終了。 1970年代?1980年代 1976年、「プロ野球ニュース」がキャスターに佐々木信也を迎えて放送再開される。アニメ・子供向け番組などでは注目されたが、全般としては、特に現代ドラマにおいて視聴率が低迷し迷走を極めていた1970年代を経て、1981年にそれまでの「母と子のフジテレビ」を改め、「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチフレーズを打ち出した。面白い番組・視聴者の笑いを取れる番組を生み出そうという意識改革のスローガンであった。そこから横澤彪がプロデュースした『THE MANZAI』『オレたちひょうきん族』『笑っていいとも!』など数々の人気番組が生まれていった。「軽チャー路線」(かる-ろせん)とも評された。 バラエティ番組中心の編成は結果として視聴者の支持を集め、1982年に「年間視聴率三冠王」(ゴールデン・プライム・全日でトップ)を獲得。その後「三冠王」は12年間続いた。 ただこの『軽チャー路線』が現在のバラエティ番組の『低俗番組』化を招き、日本の社会モラルが低下したとも言えよう。[要出典] 1980年代後半のバブル景気時には、いわゆる「トレンディドラマ」が人気を博し、ゴールデン・プライム帯の視聴率を押し上げた。 1990年代? フジテレビ本社ビル(1996年、アクアシティ建設前) フジテレビ本社ビル(東京テレポート駅側より)1990年代前半には、『カノッサの屈辱』など、深夜放送を中心とした人気番組が続々生まれた。しかし、1993年夏頃から「三冠王」のうちのいくつかをバラエティや巨人戦中継などの人気番組を持つ日本テレビに明け渡すようになってくると、その勢いも次第に衰えていった。1994年?2002年には9年連続「年度視聴率四冠王」(ゴールデン・プライム・全日にさらにノンプライムを加えての表現)を日本テレビが達成した。 1997年3月10日に東京都新宿区河田町から東京都港区台場のフジテレビ本社ビル(正式名称:FCGビル)に移転。新社屋の設計は丹下健三・都市・建築設計研究所、施工は鹿島建設。敷地面積21102.220m2、延べ床面積141825.438m2、地下2階 地上25階 塔屋1階。直径32mの球体展望室が印象的。 収録に使用した道具や収録スタジオ(V4スタジオ)などが見られる見学者コースがあり、お台場周辺の観光スポットの1つになっている。 ビル全体の“見た目サイズ”はワイドクリアビジョンテレビの16:9をイメージしているとされる。 建物は、低層部については公開スペースを1階に設け、スタジオを3階に設置するという珍しい構造で、高層部については「オフィスタワー」と「メディアタワー」の2棟を中央3フロアに合計6本ある渡り廊下(コリドール)が繋ぐ構造となっている。 かつてはメディアタワー棟22?24階に、本社建て替え工事の間借りとして、系列ラジオ局のニッポン放送の本社があった(2004年9月6日にかつて本社があった千代田区有楽町に移転し、9月13日より全業務を開始した)。 1999年にはイメージキャラクターのラフくんが登場、2002年からは「きっかけは、フジテレビ。」のキャッチコピーで様々なキャンペーンを展開、毎年本社ビルで行われているイベントも名物となっている。 2003年度(2003年4月?2004年3月)の調査ではプライムタイムの視聴率が日本テレビを上回った。この結果2004年には「三冠」を日本テレビから奪還し低迷期から脱した。2004年度においては、「四冠」も獲得した。 2004年度からはお笑い系のバラエティ番組だけでなく、『IQサプリ』や『タモリのジャポニカロゴス』、『熱血!平成教育学院』などの教養系なバラエティ番組も多く制作しだした。これは今までこの様な番組を制作していた日テレよりも若干多くなっており、視聴率的にも成功している番組もある。 フジテレビお台場移転の経緯 1980年(昭和55年)に掲げた「軽チャー路線」がようやく波に乗り出し、1984年(昭和59年)には年間売上高も開局以来初めて在京キー局でトップに躍り出た。局舎のお台場移転構想が持ち上がったのはこのころである。 当時のフジサンケイグループ議長鹿内春雄が、所用で当時はまだ更地だったお台場を訪れ「テレビ局を運営するならビルの林立した都心よりも、その都心を広々と見渡すことのできるお台場のような場所がいい」と考え、後のフジテレビ役員会議で提唱した。当時の東京都知事鈴木俊一も「情報の集まる所に人は集まる」と考えており、「臨海副都心計画を成功させるためにはお台場エリアに一大エンターテインメントも必要」という方針を打ち出していた。そのようなこともあり、かねてから親交が深かった春雄にフジテレビの誘致を積極的に行っていたことが、この移転構想へつながったと見られている。お台場は当時未開発の地であり、都心と比較しても地価が安く、用地も都から安価で提供してもらえたことも大きく影響した。 当時はレインボーブリッジやゆりかもめはおろか、臨海副都心線さえ開通していなかったことや、都心からも遠いこともあり、ほとんどの役員はお台場移転案に消極的であった。前述のように将来における民放の衛星放送への参画や、それに伴うスタジオの増設、局内のデジタル回線への変更などで当時の河田町の局舎では限界があったため、新局舎の建設が必要であることは役員の誰もが理解していた。このため、再三にわたる議論の末、 河田町の局舎解体後、跡地に新局舎を建て直す案(移転不要案) 都心に近くて広大な土地のある品川区大崎(現在の大崎ニューシティやゲートシティ大崎があるJR大崎駅東口地区)への移転案 春雄のお台場移転案 の3つに絞られた。フジテレビの現場サイドも局舎そのものを観光名所にして、そこから新たな収益構造を作りたいという目的があったため、住宅地のど真ん中にある河田町では地理的に集客力に限界があり、この目的は達成できないとして1.の移転不要案は却下された。また、2.と3.を比べても、お台場は海沿いで眺めも良く、開発されつくした大崎エリアと比べても未開発で集客面でも将来性が大きかったことと、前述の地価の面でも大きく有利に動いた。これに加えて鈴木都知事の協力が得られたことにより、3.の春雄のお台場移転案が決定的になった。 これを受け、春雄は局内に総合開発室を設置し、初代室長に当時取締役編成局長だった日枝久を抜擢。将来の台場新局舎の建設計画や用地取得、および衛星放送開始に備え、10年越しでの大プロジェクトを敢行し、現在の「お台場のフジテレビ」を築き上げた。また、これらのプロジェクトで費やした費用は10年間で実に数千億円に上ったという。 目玉マークの誕生 目玉マークを参照。 フジテレビのトリビア フジテレビに好んで出演する芸能人や、フジテレビのことが好きな視聴者のことを、味付け昆布の商品名に例え俗に「フジっ子」と言う。「夜のヒットスタジオ」、「ラブラブショー」、「新春かくし芸大会」など同局の看板番組を数多く担当した芳村真理や「オレたちひょうきん族」や「笑っていいとも!」で活躍していた頃の明石家さんま、女優の深津絵里などがこの代表格である。 裏番組での同時出演は必ず避けるという業界の暗黙の了解に敏感な局ではあるが(プロ野球中継が延長した際は別)、2004年の『27時間テレビ』放送中に、SMAP(相手局と番組はテレビ朝日の『SmaSTATION-3』)により打破された。その後も『F2-X』と『ジャスト』(TBS)や、2005年元日の『登龍門F 若手芸人ネタ祭り!!〜元旦生ライブSP〜』と『CDTVスペシャル年越しプレミアライブ2004〜2005!』(同)、『FNS25時間テレビ』と『アッコにおまかせ!』(同)との同時二元中継も実現もしている。また1992年5月5日にはNHKおかあさんといっしょのファミリーコンサートにひらけ!ポンキッキのキャラクターガチャピン・ムックが出演したり、1993年2月26日には森田一義アワー 笑っていいとも!『テレフォンショッキング』とTBS『素敵な気分De!』との同時生電話トークがあったり、2005年のNHK紅白歌合戦にワンナイR&Rのキャラクターゴリエが出場するなど他局との同時放送や共同制作を行ったり、他局と合同出資した会社(例:ム・ーハ(TBSとの合同出資)やトレソーラ(TBSやテレビ朝日との合同出資))を設立したりと日テレ、テレ東以外の他のキー局(特にTBS)とNHKの交流には積極的な局でもある。 本社ビルにあるスタジオ数が限られており、現在ドラマ等の制作については都内のスタジオに分散して行われているのが現状である。現在使用している貸しスタジオの中で「渋谷ビデオスタジオ」(渋谷区宇田川町)には途中から資本参加しており、後述の「東京メディアシティ」完成まではフジテレビのドラマの大半はここで収録されていた。また東京メディアシティ(世田谷区、国際放映所有)内にフジテレビは2つのスタジオを保有、同じく2つのスタジオを保有している関西テレビ関連会社のレモンスタジオと合わせ、4つの収録用スタジオを有している。また、本社に近いと言うこともあり、パナソニックセンター有明スタジオも主にバラエティ番組が使用していた(2006年3月31日をもってレンタルスタジオ事業を終了)。 それらのスタジオを集中・統合化する目的で、本社付近の江東区青海にフジテレビ湾岸スタジオが2007年9月完成。内部には自社スタジオを8ステージを設置し、また本社とも光ケーブル等でリンクし、生放送等にも対応する柔軟な施設にする予定で、これにより自社で20ステージのスタジオを保有する事になり、完成後は自社スタジオ中心での制作体制になると思われる。 局舎は一つになっているように見えるが、実際はオフィスタワーとメディアタワーに大きく分かれていて、その間をスタジオや見学者コース、空中回廊で結ばれている構造になっている。そのためタワー館相互の行き来や、各タワーの高層階に席を置く社員にとって社員食堂やスタジオや倉庫などへの移動は一苦労で、エレベーターを使ったとしても待ち時間を含め10分以上かかることが多い。台車ワゴンを使っての荷物、特に機材や収録テープの運搬移動には、カーペットがしかれている個所も多いためかなりの重労働を強いられる。 国民的アニメサザエさんの前番組は白土三平の忍風カムイ外伝であった。 テロップのフォントは、フォント制作会社の株式会社ニィスと共同開発した物を使用している(これが先駆となって、現在は色々な印刷物にこのフォントが使用されるようになった)。 フジテレビの評価 バラエティ番組やドラマは大変好評な局であるが、一方で報道番組や教養番組はバラエティ色を出しすぎたものも多いため「報道2001」「ニュースJAPAN」以外の番組の評価は低い。しかし、2003年12月14日のサッダーム・フセイン拘束のニュース速報を他局にさきがけて伝えた上に民放で唯一報道特番を組むなど近年報道にも力を入れている。 社員に有名人や大手クライアントの子息や孫が多い。アナウンサーではタレント・永六輔の娘永麻理(現在は退社)や俳優・竜崎勝の娘高島彩、俳優・高橋英樹の娘高橋真麻、元プロ野球選手・田淵幸一の息子田淵裕章などがいる。アナウンサー以外では、元議長・鹿内信隆の孫の鹿内植や、中曽根康弘・村上勇の子息、宇津井健の息子の宇津井隆、遠藤周作の息子の遠藤龍之介(同社取締役)、かまやつひろしの息子のTAROかまやつも入社をしており、大手クライアントでは東宝や松竹、王子製紙の役員の子息や孫も入社している。これらに対しては、実力や人脈の確保といった物事を正当化する理由も認められなくもないが、放送業が公共性の高いことから、批判も多い(ただし、有名人や大手クライアントの子息や孫の縁故入社は他の在京キー局でも数多く事例があり、フジテレビに限った話ではない。他局の有名な例では日本テレビに石原慎太郎の長男の石原伸晃やみのもんたの次男、元広島東洋カープ監督・山本浩二の息子、盗撮事件を起した大手証券会社役員の息子が、TBSには戦後最大のフィクサーで右翼の元締め児玉誉士夫の三男・児玉守弘(取締役)、同じく政界フィクサー福田邦雄の息子(ロンドン特派員)、加藤紘一の娘、小渕恵三の娘の小渕優子、みのもんたの長男、解任劇(三越事件)が社会的話題になった三越会長の息子で、痴漢で逮捕された報道制作局長の岡田之夫、乱交・下半身露出写真流出で謹慎処分を受け、更に酒気帯び運転で書類送検された元アナウンサーはTBS系列局幹部の息子である。また、楽天によるTBS買収騒動時には、一時大株主になった靴チェーン店の創業会長の娘が、一般職(志望はアナウンス職)で内定を得ている。テレビ朝日には田原総一朗の娘、長嶋茂雄の娘、巨額横領が発覚し懲戒解雇された系列局経営一族出身(親族に国会議員)のプロデューサーが入社している)。 インターネットを利用した一般新卒社員募集活動に熱心なテレビ局である。一般の四大卒応募希望者はエントリーから書類選考に相当する段階まで、メールアドレスを含むインターネット接続環境手段を持たないと応募はほぼ不可能である。また、ホームページ内採用情報(「こちらフジテレビ」)では、在籍社員のコメントも多種多様で充実している。掲載内容ではアナウンサー職や制作職社員のコメントには秀逸なものも見受けられる一方、憧れのフジテレビに入社できたと歓喜のあまり極端に主観的なコメントを述べてしまう社員を掲載してしまうこともある。過去には「面接で放送禁止用語(性器を表現する言葉)を叫んだところ受かってしまった」と豪語した女性技術社員のコメントが掲載されていた。(2003年度採用情報より) バラエティ番組では女子アナをタレントのように扱うこともある。(他の民放でも似た傾向があるが、フジテレビはそれが非常に強い)そのことが影響しているのか、以前芸能活動をしていたアナウンサーも多数存在する。 それらのことから軽薄なイメージが強い社風ではあるが、一方で質の高い番組も多く放送関係の各賞の受賞回数は上位に位置する。(代表的なのはNONFIX、ザ・ノンフィクションなど) 軽チャー路線やトレンディードラマなどで軽薄な若者文化を牽引、普及させたのは間違いなくフジテレビであるが、同局の報道番組ではその軽薄な若者文化を否定するような報道を行うことがある。往々にして、精神分裂的報道と揶揄されがちだが、その裏には正論路線を貫こうとする報道部門と、実利を追うドラマ、バラエティー部門との確執がある。営業上は、報道部門はドラマ、バラエティー部門の足元にも及ばず、「喰わせてもらっている」との負い目から、社内での発言力は極めて小さい。 技術部門では大卒工学部卒業の女性の採用実績があり、活躍が注目されている。(数名が在籍中) 在京キー局中、労働組合の活動状況や対経営側への影響力は最も弱いともいわれている。 2006年頃よりネット上の各種コンテンツ掲載関係内容に関して敏感になってきている。 フジテレビの不祥事・事件・トラブル この節には、現在進行中のことを扱っている文章が含まれています。性急な編集をせず事実を確認の上投稿してください。 1992年、風船で太平洋を横断したいという荒唐無稽な妄想を抱くいわゆる「風船おじさん」に資金援助をするかわりに独占的に出発を取材。しかし、「風船おじさん」は太平洋上で行方不明になり、週刊誌や他局のワイドショーの報道は過熱していったが、一転して一切報道しなくなる。 1998年11月29日、『スーパーナイト』で取り上げた隣人トラブルについて、片方の言い分だけを鵜呑みにし、相手方へレッテルを張り、一方的に非難した内容で放映した。それにより、非難された側の経営する会社が倒産に追い込まれ、娘の婚約が破談になるなどの報道被害を受け、BRC(放送と人権等権利に関する委員会)へ救済を訴えた。BRCはフジテレビの報道姿勢に対し、「人権への配慮が不十分で、放送倫理上問題があった」と認定したが、フジテレビが被害者に謝罪することはなかった。 1999年11月、役員待遇であった男性アナウンサー(当時)が同局の公金を横領したとの疑惑が浮上した。公金は政界への工作資金と報道され、男性アナは出演していた報道番組を降板した。しかしアナ本人やフジテレビ側は一切事実関係を明らかにせず、男性アナは定年まで勤め上げた後2年間も役員として同局に在籍していた。 1999年、美容師の腕を競わせる番組『シザーズリーグ』に出演していた「カリスマ美容師」が無免許であることが発覚した。大物として知られた同番組のプロデューサーは制作会社から制作費のキックバックなどが発覚し、責任をとらされ、退社した。しかし、豪奢な生活から抜けられず、借金がかさんだあげく、金融業者と無免許美容師と美容院を恐喝し、逮捕された。 2000年12月24日- アニメ『サザエさん』にて、サンタクロースを題材にした物語を放送したが、サンタクロースは実際は家族の人だったと分かるストーリーだったため、番組を見た視聴者から「子供の夢を壊さないで」などの苦情や抗議がフジテレビに殺到した。 2001年2月3日- 男性アナウンサー(当時)が自動車運転中に人身事故を起こし、被害者男性が死亡した。アナウンサーは業務上過失致死傷容疑で逮捕されたが、被害者家族と示談が成立して不起訴処分となる。社内での処分は1年間の謹慎という極めて甘いものでだった。 2001年8月1日、スポーツ番組担当のディレクターがカジノバーで遊ぶ金を捻出するためにクレジットカード詐欺を行い、電子計算機使用詐欺の容疑で神奈川県警に逮捕された。 2002年10月25日- 『FNN報道特別番組』として北朝鮮拉致被害者横田めぐみさんの娘とされているキム・ヘギョンの独占インタビューなどを放送した。放送途中からフジテレビやその系列局に「北朝鮮のプロパガンダに乗せられたのでは」などの抗議が殺到したほか、救う会や家族会などが会見し批判した。 2003年8月13日-『ワンナイR&R』内の「ジャパネットはかた」というコントで福岡ダイエーホークス(現:福岡ソフトバンクホークス)・王貞治監督の顔を模した便器(王シュレット)を販売するというコントを(地元のテレビ西日本(TNC)を含めて)放送、同球団と王貞治本人が激怒し、同球団はフジテレビ系列(TNCを含む)の取材を一切拒否、後日フジテレビは放送上等で謝罪するが、同年の日本シリーズでの放送権を剥奪され、また通信販売業のジャパネットたかたからも「あまりにも良識の範囲を超えている」と抗議された。また8月13日には和光堂の粉ミルク「ぐんぐん」を妊婦に扮した出演者に粉ミルクをかけるというコントも放送。視聴者から「育児に不可欠な粉ミルクを軽率に扱うとは何事か」などの苦情が殺到し、和光堂からも「企業イメージを損ねた」として抗議された。 2004年6月、新潟県長岡市にある田中直紀参議院議員の選挙事務所前の民家を借り、事務所の様子を密かに撮影していたことが発覚し、田中議員と後援会が選挙妨害と盗撮だとしてフジテレビに損害賠償と謝罪をもとめて新潟地方裁判所に訴状を提出した。2007年2月7日、新潟地裁で判決が下り、「撮影の目的自体は不当ではないが、正当な取材範囲を逸脱する違法なもの」としてフジテレビ側に36万円の賠償を命じた。 2005年2月8日- フジテレビ人事局(当時)に所属するモーグル選手里谷多英が泥酔して東京六本木のクラブ店内で同伴の男性とみだらな行為に及び、止めに入った店員に暴行を加えたとして警察の取調べを受け一時留置された。後に被害者と和解が成立して、被害者が被害届を取り下げたため、起訴猶予処分になった。フジテレビは5日間の謹慎処分という極めて甘い社内処分を下しただけであった。 2005年4月25日にJR福知山線脱線事故が発生したが、他局は全て通常番組を休止して報道特番を組んで放映した。しかし、フジテレビだけは『笑っていいとも!』など通常のお笑い番組を放映し続けた。このあまりの危機感のなさが顰蹙(ひんしゅく)を買った。[要出典]2006年にフジテレビはこの事故をドラマ化して放映したが、遺族、被害者から強い批判を受けた。 2004年にインターネット掲示板「2ちゃんねる」発祥の電車男が話題になり、書籍化された。翌年(2005年)フジテレビでは映画「電車男」を企画・製作(後にテレビドラマも制作・放送)したが、同年6月9日に放送された『めざましテレビ』で軽部真一が「電車男はある意味、フジテレビ映画」と発言し、2ちゃんねるの利用者から大顰蹙を買った。それが原因なのか、映画やドラマでも後になって「2ちゃんねる」の名を出すようになった。 2005年10月、有名人気女子アナウンサーを標的にした連れ去り未遂事件、爆破予告事件が起こる。犯人はいずれも逮捕された。 2005年11月、バラエティー番組『幸せって何だっけ』内で占い師細木数子が養鶏場で生産される鶏卵について「薬漬けのニワトリが24時間照明を点けられて一日2〜3個の卵を産まされている」と発言し、養鶏業者団体から猛抗議を受けた。これを受けフジテレビは後日養鶏業者団体に謝罪し、細木は番組で自ら養鶏業者に出向く事態となった。 2005年11月14日、ジャニーズ事務所所属のアイドルグループNEWSの未成年メンバーが仙台市内で泥酔してトラブルを起こし、補導された。その後、フジテレビの看板女子アナウンサー(菊間千乃)が未成年であることを承知の上、仙台市内で補導された少年を酒席に呼び出していたことが発覚。ジャニーズ事務所は少年を無期限謹慎処分としてNEWSメンバーから外し、研修生に降格した。一方、フジテレビは女子アナに1週間の謹慎処分を下した。しかし、そのあまりにも甘い処分に世論だけではなく、国家公安委員会からも批判の声が挙がり、慌てたフジテレビは追加で同女子アナの他、酒席に参加していた同局常務など10名の社員に減給減俸処分を下した。同女子アナはレギュラー番組から降板させたが、同年11月には深夜番組で復帰し、翌年春の番組改編ではゴールデン枠にレギューラー復帰を果たしている。 2006年5月4日の『FNNスーパーニュース』内で、中華民国(台湾)の国旗として五星紅旗(中華人民共和国の国旗)を掲載したことから、中華民国政府の駐日代表処を含む、中華民国関係者の抗議を受けた。これに対して、同月8日の放送で一部配慮に欠ける表記があったことを謝罪したものの訂正は行わなかったため、その後も関係者による少規模なデモなど、抗議が続いている[1]。 2006年6月5日、同年9月まであった総合格闘技イベントPRIDEを興行するDSEとの放送契約を突然一方的に打ち切った。同時期、週刊現代でDSEと暴力団との癒着を追求する記事が連載されていた。また、関係を取りざたされていた暴力団組長が別件で警視庁に逮捕されていた。 2006年6月29日、南北離散家族面会行事を特集した際に、金英男氏の近くにいた韓国政府統一部職員を“元工作員”安明進のコメントを元に「金氏を監視する担当の北側工作員」と“指摘”。韓国政府から申し入れを受け、7月4日のFNNスーパーニュース内で訂正。 2006年9月、『めざましテレビ』内のコーナー「めざまし調査隊」でやらせがあったことが発覚した。やらせを行ったフリーのディレクターとの契約は打ち切られ、コーナーは打ち切られた。また、管理責任を問われ情報制作局長を減俸、情報制作センター室長を減給処分とした。 2006年10月4日、V6が主演する『Viva Viva V6』の罰ゲームシーンを神奈川県鎌倉市腰越海岸で収録中、フジテレビスタッフが持参したゴミをまき散らし、撮影準備をしているところを住民に見咎められトラブルとなった。 2006年4月に放映したドラマ『トップキャスター』の第3話で、「ドラマに登場した『女性占い師』は明らかに自分をモデルにしており、名誉毀損に当たる』と、占い師の細木数子からの抗議を受け、11月に発売したDVDでは第3話をまるまる削除して発売した。 2007年1月6日に放送されたバラエティ番組が高校野球を冒とくする内容だとして、日本高校野球連盟は10日、「教育の一環として行われている高校野球の目的から著しく逸脱する番組構成で誠に遺憾」とする抗議文を同局に送付した。また、番組制作に協力した兵庫県西宮市の旅館を甲子園大会時の指定宿舎から外す方針も決めた。 番組は6日夜に放送された『めちゃ×2イケてるッ!中居&ナイナイ日本一周健康の旅スペシャル』。SMAPの中居正広とお笑いコンビのナインティナインが、昨夏の甲子園で優勝した早稲田実の宿舎を訪れ、選手が使用した酸素室などを試す内容で、出演者に下劣な行動がみられた。83年から東京都代表の宿舎に指定されているこの旅館は、日本高野連や早稲田実に了解を得ていなかった。 2007年1月7日に放送された『発掘!あるある大事典II』(関西テレビ制作)では、納豆ダイエットの実験データが捏造されていた。(『発掘!あるある大事典#データ捏造問題』も参照のこと) 2007年5月29日、情報制作局副部長が、乗用車を違法駐車したことからレッカー車により撤去された。副部長は撤去された乗用車を受け取りに渋谷区の立体駐車場に行ったところ、理不尽にも自分の犯罪行為を棚に上げ、近くに止まっていたレッカー車のドアを蹴飛ばして破壊した。レッカー車の運転手がこれを見てその場で取り押さえ、副部長は警視庁渋谷署に器物損壊容疑で逮捕された。 2007年6月29日、前報道局長が、私的な飲食や遊興の領収書や架空領収書を使い、913万円を不正流用していたことから懲戒解雇された。同年3月末に東京国税局から、実体のない取引や接待を指摘され、社内調査で発覚した。同時に局自体による所得隠しが発覚し、追徴課税された。 2007年7月16日10時13分頃新潟県中越沖地震が発生したが、フジテレビではわかってちょーだい!を生放送中だった。スタジオでも地震の揺れを感じ、テロップが表示されたにもかかわらす、司会の川合俊一はヘラヘラと笑いながら「何か出た? ウチってちゃんと地震伝えなきゃいけないんでしたっけ?」と発言。にもかかわらず発言に対する謝罪や訂正は一切なかった。 2007年8月8日の「フジテレビの日」、かつてめざましテレビのディレクターを務めた事がある男(同社社員ではない)が買春した女子中学生との淫行の様子を自ら撮影、編集したものを販売して逮捕されていたことが発覚。仕事柄編集には慣れていたと供述した。 2007年10月5日、10月3日に放送されたスーパーニュースで時津風親方のインタビューを日本相撲協会の許可を得ず放送したため、2007年11月に行われる大相撲九州場所千秋楽まで、試合映像の放映や力士のテレビ出演などができなくなる制裁措置を下した。 フジテレビ制作番組 フジテレビ制作の番組については、フジテレビ番組一覧を参照。 制作セクションは編成制作局にあり、第三制作部までに分かれていた。第一制作部(現・ドラマ制作センター、英語ではdivision1→ディビジョン1)はドラマ、バラエティ制作センター(第二制作部)はバラエティ・音楽番組、情報番組センター(元・第三制作部)はドキュメンタリー・情報番組などを作っている(2002年7月に第三制作部は生活情報局に移行、2004年6月に情報番組センターに改称)。また、報道特番についてはFNN系報道特別番組を参照。 ニュース・情報 フジテレビ・ニュース番組の街頭取材・取材カメラクルー『FNNニュース』、『FNNスピーク』、『FNNスーパーニュース』、『ニュースJAPAN』などのニュース番組を報道局が制作。『めざましテレビ』、『情報プレゼンター とくダネ!』などの情報番組やワイドショー番組は、情報制作センターが制作している。フジテレビ以外の系列局の映像には、当該系列局名のテロップが入る。(ただし、とくダネ!など一部の番組を除いて、2005年4月以降、当該系列局名のテロップは廃止された。現在は、画面左下に『FNNNEWS]』と入り、その横にそのニュースの取材場所などが表示されるようになっている。これは、フジテレビ、それ以外の系列局の取材に関係なく表示される。) スポーツ 『すぽると!』、『ジャンクSPORTS』、中継番組全般をスポーツ局が制作。又、レーベル表記は「FUJI NETWORK SPORT」を2001年10月より使用(2005年4月より中継番組のみの使用)。 1987年以来、F1世界選手権を放送しており、日本グランプリの公式スポンサーでもある。その他、バレーボール・ワールドカップ、世界柔道選手権(2003年・大阪大会以後)もフジテレビ系列の地上波独占中継である。 FIFAコンフェデレーションズカップなど国際サッカー連盟(FIFA)公認のナショナルチーム同士による国際大会(W杯は除く)は、フジテレビ系列及びTBS系列が共同放送制作している(2004年アテネオリンピックのバレーボール最終予選もフジ・TBSの共同製作だった)。2007年の大会はフジテレビ系列独占放送となる。 かつてはJリーグ中継は清水エスパルスや鹿島アントラーズなどの主催試合を中継していたが、2002年以降はヤマザキナビスコカップ決勝のみの中継となっている。 開局の1959年以来、中央競馬の日曜東京・中山及び夏季ローカル開催のメインレース中継を放送している。また、「フジテレビ賞スプリングステークス」の冠スポンサーにもなっている。尚2005年の菊花賞では初めて関西テレビとの共同制作で中継された。(従来の京都・阪神の中継は関西テレビが担当している。) 格闘技は前述の世界柔道選手権の独占中継をはじめ、日本大相撲トーナメントの主催・中継を行っている。ボクシング中継ではファイティング原田、輪島功一らの国民的スターを輩出し、現在では「ダイヤモンドグローブ」で月1回の放送を実施している。プロレスでは過去に全日本女子プロレスの中継やWWEの日本語版放送を実施してきた。さらに現在ではK-1やPRIDEの中継放送や格闘技専門番組「SRS」を放送している。しかしPRIDEに関しては、2006年6月にPRIDE主催側に契約違反があったとして、放送の打ち切りを発表している。 バラエティ バラエティ制作センター(旧・第二制作部、港浩一バラエティ制作センター室長がチーフとなり吉田正樹部長らが所属)が制作している。主に『笑っていいとも!』、『めちゃ×2イケてるッ!』など。『ネプリーグ』、『クイズ!ヘキサゴンII』等のクイズ番組や、『ライオンのごきげんよう』等のトーク番組もバラエティ制作センターで制作している。 スポンサー料の安い深夜・早朝枠は、逆に「視聴率を稼がなくても良い」と解釈され、実験的な番組が多数作られた。1987年10月改編で正式に「24時間放送」を開始、「プロ野球ニュース」終了後以降の深夜枠に「JOCX-TV2」という「ゾーンタイトル」を付加、社内組織的にも編成局内に「深夜の編成部」なる深夜編成担当チームが組まれ、ゾーンタイトル独特のタイトルバックがさらに人気を高めた。これらの枠から人気を博した番組に「カノッサの屈辱」「ウゴウゴルーガ」「Flyer TV」がある。 深夜枠のゾーンタイトルでは「TV2」以降、「JOCX-TV PLUS」「JOCX-TV GARDEN」「MIDNIGET TV PLUS」「JUNGLE」「音楽美学」など、深夜枠内共通のゾーンジングルが1990年代後半まで付加されたが、編成方針の変更により「深夜の編成部」が廃止され、「ゾーンタイトル」など「深夜枠」という特定のカテゴリー自体もこれをもって廃止された。 音楽 バラエティ同様、バラエティ制作センターが担当。『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』『新堂本兄弟』『MUSIC FAIR21』などはきくち伸プロデューサー率いる音組が担当している。フジテレビの音楽番組の中でも、もっとも質の高い音楽番組は、30年以上の歴史を誇るミュージックフェアである、(石田弘エグゼクティブプロデューサー役員待遇)が長く担当し、提供にシオノギ製薬で長寿番組として現在もミュージックフェア21として放送されている。 ドラマ ドラマ制作センター(旧・第一制作部)が制作している。 現在、ドラマを放送している時間帯(以下JST)は月曜午後9時(月9)、火曜午後9時、木曜午後10時、土曜午後11時(2007年4月から)の4枠。 テレビドラマ一覧 アニメ 日本初のテレビアニメ『鉄腕アトム』を放送し、『ゲゲゲの鬼太郎』『世界名作劇場』『科学忍者隊ガッチャマン』『ドラゴンボール』シリーズや週刊少年ジャンプの漫画原作作品など人気アニメ番組を数多く放送するなど、かつてフジテレビは民放一のアニメ局であった。現在でもアニメ番組では視聴率トップクラスの『サザエさん』を、日曜午前9時台には数多くの人気作品を放送している。 しかし、1997年以降、『世界名作劇場』の終了や、テレビ東京でのアニメ番組の増加、少子化などで次第に地位が低下し、2001年には平日枠(深夜枠以外)のアニメ番組が消滅した。このはるか前、1980年代まではタツノコプロとの関係が深かったが、1983年の「イタダキマン」の不振がきっかけとなって絶縁し(最後の作品は1985年の「炎のアルペンローゼ」)今日に至っている。2004年には『こちら葛飾区亀有公園前派出所』が終了、『ONE PIECE』も2006年10月より日曜日午前9時半からの放送になった事により、ゴールデンタイム枠のアニメ番組は消滅した。 深夜アニメ 2002年〜2003年にかけて番組数が比較的多かったが、当時地上デジタルテレビ放送の準備による放送機器メンテナンスが相次ぎ放送スケジュールが不安定になり、それに伴う地上波放送の打ち切り・枠廃止も相次いだことから視聴者や制作会社から不満の声が高まり、その影響で関東地区では独立U局でのネットに切り替える作品が相次ぎ(その名残で、現在も関西・中京圏では従来通り系列局の関西テレビおよび東海テレビでの放映作品枠が1本ある)、2004年10月にすべての枠が一旦廃止となった(深夜アニメの項を参照)。 しかし、2005年4月14日から『ノイタミナ』枠でスタートした『ハチミツとクローバー』(木曜深夜0:35〜)で復活することになったが、『蟲師』がまたもシリーズ途中で地上波放送では打ち切りになるなど、依然として他局と比べても異常に不安定な放映状況を解消出来ていない。2007年1月現在は『ノイタミナ』枠のほかは土曜深夜に1本(『月面兎兵器ミーナ』)放映しているのみである。 子供向け番組 関連会社のフジテレビKIDSが『ポンキッキ』などを制作している。2007年3月に『ポンキッキ』が終了し、地上波でのレギュラー子供向け番組は消滅している。 その他 毎年恒例の『FNS27時間テレビ』を始め、『FNSドキュメンタリー大賞』『FNSソフト工場』といったコンテンツをFNS各局が総力を挙げて制作。単発でバラエティー、ドキュメンタリー、スポーツ、ドラマ、映画などを放送。ミニ番組についてはミニ番組一覧#フジテレビを参照。 スタジオ 臨海副都心 台場・フジテレビ本社ビル V1スタジオ(3階 100坪)− ワイドショー等の情報系番組用スタジオ。『情報プレゼンター とくダネ!』『ハッケン!!』などで使用。 V2スタジオ(3階 150坪)− 大型多目的スタジオ。『新報道プレミアA』などで使用。 V3スタジオ(3階 120坪)− 大型多目的スタジオ。『ライオンのごきげんよう』『とんねるずのみなさんのおかげでした』などで使用。 V4スタジオ(3階 300坪)− 大型多目的スタジオ。国内最大級の広さを誇る。主に『FNSの日』等スペシャル番組などで使用される。 V5スタジオ(3階 210坪)− 大型多目的スタジオ。『めちゃ2イケてるッ!』『メントレG』などで使用。 V6スタジオ(6階 100坪)− 情報系番組用スタジオ。『報道2001』などで使用。 V7スタジオ(6階 70坪) − 主にBSフジの番組で使用。 V8スタジオ(メディアタワー9階 90坪) − スポーツニュース専用スタジオ。『すぽると!』などで使用。 V9スタジオ(メディアタワー12階 100坪)− ニュース専用スタジオ。緊急報道番組の際には可動壁を取り除いて、報道センターと一体化させることができる。定時ニュース・臨時ニュース・『めざましテレビ』『FNNスーパーニュース』『ニュースJAPAN』などで使用。 V10スタジオ(メディアタワー14階 17坪)− 『めざにゅー』などで使用。 スタジオ内にあるテレビカメラは、全てハイビジョン対応(1997年3月10日の運用開始当初から)。しかし、サブ周りの機器は一部河田町からの移設やSD対応機材だったため、その「HD非対応」スタジオについては段階的にHD対応に移行させている。 青海・フジテレビ湾岸スタジオ M1スタジオ(約1000m2) M2スタジオ(約1000m2) M3スタジオ(約700m2) M4スタジオ(約700m2) D1スタジオ(約1000m2) D2スタジオ(約1000m2) D3スタジオ(約700m2) D4スタジオ(約700m2) 現在、都内に分散している番組収録スタジオ(渋谷ビデオスタジオ、フジテレビ砧スタジオ〔TMC〕等)を統合・集約する事により、作業効率・費用効率の向上、企画から収録・編集までの一貫したコンテンツ制作体勢の構築を目的として建設。 テレビスタジオは8ステージ・HDフルデジタルシステムを導入し、スタジオ床面積は5459m2で、一部のスタジオは、自社のV4スタジオやNHK放送センターの101スタジオを凌ぐ日本最大級の広さとなっていて、台場本社とは光ケーブル等で大容量の双方向回線で結ばれている。 また台場本社と異なり、展示ギャラリー・ショップ等がある1階の公開エリア以外は、一般人の立ち入りが完全に規制できる事から、今後大規模番組等の収録の中心はこちらに移るものと思われる。 屋上緑化や壁面を二重構造にするなどして従来のスタジオよりもエネルギー消費量を約2割削減して省エネルギー化をはかり、また敷地内に1万本以上の樹木を植樹するなどして環境に配慮した設計になっている。  FNS27時間テレビ みんな“なまか”だっ!ウッキー!ハッピー!西遊記!のクイズ!ヘキサゴンII クイズパレード!!27時間スペシャルで初めて湾岸スタジオが使用された。また、番組中、同スタジオの名前はまだ決定ししていなかったため「フジテレビ新スタジオ」としていた。 その他 フジテレビ砧スタジオ(世田谷区砧 東京メディアシティ(TMC)内) A1スタジオ(HD/SD、200坪) SMAP×SMAP(※水・木曜日収録)、HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP(※隔週日曜日収録)、新堂本兄弟(最終火曜日収録、2007年10月の収録からはフジテレビ湾岸スタジオに移動)、はねるのトびら(※土曜日収録)、ブログタイプなどで使用。 A2スタジオ(200坪) SMAP×SMAP(※水・木曜日収録)などで使用。 スタジオアルタ(新宿区) 森田一義アワー 笑っていいとも!(笑っていいとも!増刊号)で使用。 大手町取材センター(千代田区大手町) 台場に本社がある関係でアクセスが良くない大手町周辺の取材拠点として、東京サンケイビル・産経新聞本社内に設置している。経済系ニュースの取材拠点。簡易スタジオがあるほか、アナウンサーが常駐している。 国会記者会館(千代田区永田町) 政治ニュースの取材拠点であり、会館の周辺には首相官邸などの重要施設が集中している。オフィス内に簡易スタジオ設備と専用の中継回線があり、必要があればいつでも放送が行えるようになっている。 東証アローズ(中央区日本橋兜町東京証券取引所 東証アローズ・メディアセンター内) 経済ニュースの拠点の一つ。東証アローズの一角にあるメディアセンター内に設けられたミニスタジオ。市場を管理しているマーケットセンターのグラスシリンダー部全体が見渡せるようになっている。  新宿支局(フジテレビ第一別館)(新宿区市谷仲之町) 本社が台場という埋立地に有る事によるアクセスの特殊性を考慮し、旧本社敷地付近にある第一別館に報道の取材拠点を設置。常設の簡易スタジオがある他、中継車も常駐している。尚、こちらの建物は河田町本社時代のものをそのまま使用しており、通り沿いにある看板も「フジテレビ第一別館」のままである。 情報カメラ設置ポイント 東京都 ・・・お台場(本社屋上)[HD]、新宿(スタジオアルタ)、天王洲、築地(聖路加ガーデン)、丸の内[HD]、東京駅(東京駅周辺のビルより)、羽田空港第1・第2ターミナル 神奈川県 ・・・横浜(クロスゲートビル)、江の島、小田原 千葉県 ・・・成田空港 キャッチフレーズ 明るい家庭に楽しいテレビ(1959年開局時) 母と子どものフジテレビ(1960年頃) 青春は8ビート燃える秋のフジテレビ(1979年秋) テレビカルサマー8チャンネル(1981年夏季のみ) 軽チャーっぽい。春の8チャンネル(1984年春) スーパーTV宣言(1987年) お世話になったあの人に、フジテレビ。(1987年末) 不意のお客様に、フジテレビ。(1988年1月) フジテレビばかり見てると、ウマになるよ。(1988年夏) 4月からのフジテレビに気をつけよう。(1989年春改編) なんか、変化。(1989年後期) ゆく変化、くる変化。(1989年末) 変化新年。(1990年1月) それ、世の中動かしてみませんか(1990年前期) フジテレビがLOVEと言い始めた(1990年後期) 新しいルールとご一緒しませんか(1991年) みんなそろそろホントのことを(1992年前期) 「哲学」(1992年後期) サービスとは何でしょうか?(1993年) テレビって…(1994年前期) PUSH(1994年後期) フジテレビが、いるよ。(1995年) 歌えフジテレビの歌(1996年) お台場ちゃんねるフジテレビ(1997年) また、お会いしましたね(1997年) マジ?フジ(1999年) フジテレビギン(2000年) ガッチャ!フジテレビ(2001年) きっかけは、フジテレビ(2002年〜2005年・尚、「きっかけは、〜」は、現在系列局の北海道文化放送で使われている。) ちょっぴりハッピー=ちょぴハピ きっかけは、フジテレビ(2006年) HAVE YOUR MEASURE きっかけは、フジテレビ(2007年) コーポレート・スローガン 母と子のフジテレビ(〜1980年) 楽しくなければテレビじゃない(1981年〜) 夢・を・つ・く・る(1986年〜) テレビの時刻出し 放送開始時〜11:21:05(土曜は〜9:55:00、日曜は〜9:31:30) 『めざにゅー』『めざましテレビ』『めざましどようび』はカスタムで表示。かつては2004年10月から2005年3月まで毎週土曜日の13時〜14時に放送された「エンタ!見たもん勝ち」でも前述の3番組と同じタイプがカスタムで表示されていた。 アナログ放送のフォントは赤色(「エンタ!見たもん勝ち」は青色)付きの斜字体で、フォントはJTCウインSシリーズ(CM中は斜字体・モノクロでフォントはJTCウインRシリーズ)。 デジタル放送はマスター自体が別のため、全くの別フォント(「後期丸フォント」に酷似)で、太さもアナログ放送よりも細い。 平日12:00〜12:58『笑っていいとも!』内 平日16:53〜18:56:25『スーパーニュース』内 アナログ放送はモノクロの正字体でフォントはJTCウインS、デジタル放送は上記と同じ理由で別フォントの丸文字で、表示についてはすべてSD(4:3)の位置である。9:54:00以降、CM中及び提供クレジット時には表示されない。「ハピふる!」内(9:55:00〜11:21:05)の時刻表示の字体は9:54:00以前のフォントを橙色かつ斜体に変えて表示される。 かつて土曜日は11:24まで、日曜日は9:57(一時期10:00)まで時刻出しを行っていた事があった他、2004年4月〜6月には9:57以降のCM中及び提供クレジット時を除き「笑っていいとも!増刊号」終了5秒前(11:42:25)まで時刻出しを行っていた事もあった。また、1995年前後には平日14・15時台にも表示を行っていた(「ビッグトゥディ」放送時、但し提供クレジットとCM中は除く)。さらに1992年7月19日のFNSの日内では(5:58頃〜)10:01過ぎまで表示していた他、かつては放送終了後のフィラーからの表示や2002年10月26日〜2003年3月22日の土曜深夜に放送された深夜戦隊ガリンペロでも独自のフォントで表示があった。 最近では2007年2月5日から3月30日まで「こたえてちょーだい!」(放送終了、現在は「ハピふる!」)で手前の番組「情報プレゼンター とくダネ!」から引き続き10:50過ぎまで時刻表示があった(9:55以降はCM時表示オフ)。 なお、旧社屋時代には1995年11月から1996年10月頃までフィラーや午前の番組で一時期興和フォントが使用されていた事があった。 テレビ放送以外 映画事業局 フジテレビは、テレビ局であると同時に日本最大級の映画制作集団であり、映画事業局が映画製作とテレビでの映画放送を行っている。 映画事業局は、劇場用映画を制作する「映画制作部」と、『プレミアムステージ』などテレビ等で放送する映画放映権の獲得交渉・宣伝を行う「映画調整部」の2セクションに分かれる。規模で言えば既存の映画制作会社を凌ぎ日本でも最大級である。制作する映画のほとんどは映画制作部が主体となる。映画事業局は同局々長である亀山千広を中心に関口大輔や臼井裕詞などの映画プロデューサーが所属。彼らが中心となり企画から制作、配給契約、宣伝、DVD化、テレビ放送、海外セールスまでを同局が一括して管理する。 現在、フジテレビは同局が中心となり株式会社GDH(アニメーション製作会社であるGONZOの持ち株会社)の株を第三者割当により10%取得して資本関係を結び、アニメ映画の共同製作(第一作は宮部みゆき原作、2006年夏公開予定の『ブレイブ・ストーリー』)を行うとする一方、『攻殻機動隊』シリーズで世界的な名声を誇るアニメーション及びCG制作スタジオProduction I.Gと共同で、有限責任事業組合フジ・IG・ラボ・フォー・ムービーズ(FILM)を設立、同組合専用のデジタルスタジオ「FILM」を立ち上げ同スタジオと、米国の音楽制作プロダクションスカイウォーカー・サウンドのスタジオ間に専用の大容量ネットワーク回線を敷設し、日米で同時並行作業が可能な体制を整える など、劇場用実写・アニメーション映画の制作力向上に対して積極的な姿勢を取っている。 フジテレビ制作映画 1983年 南極物語 1985年 TAN TAN たぬき (チェッカーズ) ビルマの竪琴(中井貴一) 1986年 おニャン子ザ・ムービー 危機イッパツ! 子猫物語 1987年 私をスキーに連れてって スケバン刑事(東映と共同) 1988年 優駿 1990年 病院へ行こう タスマニア物語 1991年 就職戦線異状なし 江戸城大乱 波の数だけ抱きしめて 1992年 女殺油地獄 七人のおたく 病は気から 病院へ行こう2 1993年 水の旅人 侍KIDS 新宿鮫 1994年 とられてたまるか!?(武田鉄矢、明石家さんま) ヒーローインタビュー 1995年 ぼくたちの映画シリーズ 白鳥麗子でございます!(松雪泰子) 花より男子(内田有紀) Love Letter(中山美穂) 鬼平犯科帳劇場版 1996年 That's カンニング! 史上最大の作戦? 1997年 ときめきメモリアル CAT'S EYE 東京日和(竹中直人、中山美穂) 1998年 がんばっていきまっしょい(田中麗奈) 踊る大捜査線 THE MOVIE 1999年 メッセンジャー 梟の城(中井貴一) GTO 2000年 スペース・トラベラーズ ジュブナイル  2001年 大河の一滴 WATER BOYS プラトニック・セックス 冷静と情熱のあいだ 2002年 ナースのお仕事 ザ・ムービー 2003年 T.R.Y. 踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ! g@me. 2004年 解夏(げげ) 海猿(伊藤英明、加藤あい、藤竜也) NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE(香取慎吾) スウィングガールズ 笑の大学 2005年 レイクサイド マーダーケース ローレライ 電車男 星になった少年 THE ODORU LEGEND CONTINUES 交渉人 真下正義(ユースケ・サンタマリア) THE ODORU LEGEND CONTINUES 容疑者 室井慎次(柳葉敏郎) 春の雪 2006年 THE 有頂天ホテル 県庁の星 ブレイブ・ストーリー LIMIT OF LOVE 海猿 チェケラッチョ!! UDON 2007年 それでも僕はやってない ゲゲゲの鬼太郎 眉山-びざん- 西遊記 HERO これらの他に、こちら葛飾区亀有公園前派出所やワンピース等のアニメ作品の映画化版もある。 事業部 イベント イベントは事業部が主催している。 総合イベント 国際スポーツフェア(1984年〜1992年、毎年4月29日〜5月5日、国立代々木競技場) 夢工場(1987年〜1988年、晴海見本市会場・河田町駐車場ほか) LIVE UFO(1993年〜1995年、毎年4月〜5月、国立代々木競技場とその周辺) LIVE WORKS(1996年4月27日〜5月6日、国立代々木競技場、渋谷ほか) お台場Do Donpa!(1997年7月19日〜8月8日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など) KISS ME ODAIBA(1997年〜2004年、12月〜1月、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など) P-KIESワンダーランド(1998年7月18日〜8月31日、お台場フジテレビ本社とその周辺) BANG×PARK(1999年7月20日〜8月29日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など) お台場どっと混む!〜o-daiba.com〜(2000年7月20日〜9月3日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など) お台場どっと混む!(2001年7月20日〜9月2日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など) お台場どっと混む!(2002年7月21日〜9月1日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など) お台場冒険王(2003年7月20日〜8月31日、2005年、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など) Adventure Kingお台場冒険王2004 〜レインボーブリッジは封鎖するな!〜(2004年7月17日〜9月5日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など) 東京国際コメディフェスティバル(2003年4月〜5月、2004年4月〜5月) HOT FANTASY☆ODAIBA(2003年12月〜2004年1月、2004年12月10日〜2005年1月3日、2005年12月10日〜2006年1月9日、お台場フジテレビ本社) お台場学園〜文化祭〜(2005年4月29日〜2005年5月8日、お台場フジテレビ本社) シルク・ドゥ・ソレイユ日本公演 (東京・原宿ビッグトップをはじめ、横浜・名古屋・大阪・福岡の各都市で開催) サルティンバンコ(1994年) サルティンバンコ2000(2000年) アレグリア アレグリア2(2004年) QUIDAM(2003年) なお、今後の国内公演に関しては、オリエンタルランド(OLC)がシルク・ドゥ・ソレイユ社、ディズニー社と業務提携し、千葉県浦安市の東京ディズニーリゾート内に専用常設劇場「シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京」を建設、OLCシアトリカル事業部が興行の運営業務も受託するため、今度もフジテレビが主催しての公演を行うかどうかは不明である。 オープニング&クロージング映像 オープニング 初代:富士山(1959.3.1(開局)〜1966.3、カラー化:1966.4〜1978.3、BGMはドビュッシーの「夢」) 二代目:愛のメッセージ(1978.4〜1981.3) 三代目:I・愛・eye(1981.4〜1986.3) 四代目:目玉マーク紹介 - ナレーション:逸見政孝(故人)(1986.4〜1986.9) 五代目:目玉タウン(1986.10〜2001.9)本編前のナレーションは、目玉タウンを参照。BGMの作曲は有澤孝紀。 ※但し、新社屋での放送開始初日は別のものに差し替え(ナレーション担当のアナウンサーは当時のもの) 六代目:未来のお台場バージョン - ナレーション:近藤雄介(2001.10〜2003.11) 七代目:未来のお台場バージョン・その2 - ナレーション:向坂樹興(2003.12〜) クロージング 初代:局舎〜宇宙(1959.3.1開局〜1966.3、カラー化:1966.4〜1978.3) 二代目:愛のメッセージ(1978.4〜1981.3)※クロージングでは83〜4年まで流された 三代目:I・愛・eye(1979.4〜1986.3) 四代目:目玉マーク紹介 - ナレーション:逸見政孝(故人)(1986.4〜1987.3) 五代目:目玉タウン(1987.4〜2001.9)本編前のナレーションは、目玉タウンを参照。 ※但し、新社屋での放送開始前日は開局から河田町社屋移転までの歴史をプレイバックする2分間の特別版に差し替え(ナレーション担当のアナウンサーは当時のもの) 六代目:未来のお台場(オープニングと同じフルバージョンまたはラスト5秒のみのいずれか) - ナレーション:近藤雄介→向坂樹興(2001.10〜)放送機器点検などのときはクロージングの前または後に55秒間告知のフリップがアナウンスやBGM無しで流される。 メンテナンスの日は未来のお台場ラスト5秒のみが流れる。 備考 2001年10月まではオープニング&クロージング映像(以下、放送開始/終了映像)の前に局名・呼出符号・周波数・出力(空中線電力)の読み上げ(副音声では音声多重放送の呼出符号「JOCX-TAM」・音声周波数・音声出力を読み上げ)があったが、2001年10月から放送開始/終了映像に局名・呼出符号・周波数・出力(空中線電力)が表示されるのみとなった。 また、2003年12月からの放送開始/終了映像では、呼出符号と局名(しかも、通称の「フジテレビ」だけ)の表示となった。一方、デジタル放送は正式な呼出名称の「フジデジタルテレビジョン」で表示・アナウンスされる。 アナウンサー 数字は入社年。また、2006年4月3日付けを持ってニッポン放送の親会社・ニッポン放送ホールディングスがフジテレビと吸収合併したため、ニッポン放送から移籍したアナウンサーもいる。 アナウンサー記事に関する注意:文中の所属先などの内容は永続的に保証されるものではありません。正確な情報は放送局の公式Webサイトなどでご確認ください。免責事項もあわせてご覧ください。 男性 須田哲夫(1971年)◇堺正幸(1975年)◇福井謙二(1976年)◇向坂樹興(1982年)◇牧原俊幸(1983年)◇川端健嗣(1984年)◇軽部真一、三宅正治(1985年)◇笠井信輔、塩原恒夫(1987年)◇青嶋達也(1988年)◇境鶴丸、野島卓(1989年)◇長坂哲夫、吉田伸男(1990年)◇福原直英(1992年)◇奥寺健(1993年)◇佐野瑞樹(1994年)◇伊藤利尋、森昭一郎(1995年)◇竹下陽平(1996年)◇西岡孝洋(1998年)◇長谷川豊(1999年)◇森下知哉、渡辺和洋(2001年)◇田中大貴(2003年)◇倉田大誠(2004年)◇田淵裕章(2005年)◇小穴浩司(2006年)◇中村光宏(2007年) 女性 益田由美(1977年)◇松尾紀子(1983年)◇吉崎典子(1984年)◇阿部知代(1986年)◇佐藤里佳、木幡美子、田代尚子(1989年)◇西山喜久恵(1992年)◇武田祐子(1994年)◇高木広子、菊間千乃(1995年)◇佐々木恭子、藤村さおり(1996年)◇春日由実(1997年)◇島田彩夏(1998年)◇梅津弥英子(2000年)◇森本さやか、高島彩(2001年)◇中野美奈子、中村仁美(2002年)◇石本沙織、戸部洋子、長野翼(2003年)◇高橋真麻、斉藤舞子(2004年)◇遠藤玲子、平井理央、宮瀬茉祐子(2005年)◇本田朋子、松尾翠、秋元優里(2006年)◇大島由香里、生野陽子(2007年) ニッポン放送から転籍したアナウンサー 小野浩慈、川野良子、桜庭亮平、鈴木芳彦、田代優美、塚越孝、冨田憲子、福永一茂、松元真一郎、山本麻祐子 他には栗村智がいたが、その後ニッポン放送に復帰している。 共同テレビ所属の専属契約アナウンサー 安藤幸代(2003年までは研修出向) 滝川クリステル(2003年までは研修出向) 歴代アナウンサー 異動したアナウンサー 男性 岡田浩揮(報道局) 小泉陽一(報道局・現パリ支局長) 浪久圭司(BSフジ代表取締役社長) 野崎昌一(広報局広報部長) 智田裕一(報道局) 横井克裕(総務局副部長) 八馬淳也(報道局) 増田明男(解説委員) 吉沢孝明(営業局・現名古屋支社長) 陣内誠(番組審議室) 近藤雄介(視聴者総合センター) 桜井堅一朗(スポーツ局) 渡邉卓哉(人事局) 女性 筒井櫻子(編成制作局編成部) 青木美枝(報道局) 退社したアナウンサー 男性 逸見政孝(故人、司会者) 今井彬 岩佐徹(WOWOWアナウンサー→現フリーアナウンサー) 大川和彦 大林宏(解説委員) 角谷優 露木茂(フリーキャスター、東京国際大学教授) 鳥居滋夫(『プロ野球ニュース』幻の初代キャスター。“幻”としたのは、局側が公式には1976年放送開始、且初代キャスターは佐々木信也としている為。) 永島信道 能村庸一 野間脩平 松倉悦郎 盛山毅 山田祐嗣(ニッポン放送から移籍) 山中秀樹(フリーアナウンサー) 女性 相川梨絵(共同テレビジョンから出向、現在フリーアナウンサー) 荒瀬詩織(横浜ベイスターズ・石井琢朗選手夫人) 有賀さつき(元タレント) 石毛恭子 石野紀代子(現姓・佐々木) 岩瀬惠子(タレント) 海野まり子 永麻理 宇田麻衣子 内田恭子(フリーアナウンサー) 大坪千夏 大野かおり 大橋マキ(タレント) 織田恵美子 木佐彩子(東京ヤクルトスワローズ・石井一久夫人) 小出美奈(メリルリンチ日本証券勤務) 河野景子(現:花田景子)(貴乃花親方夫人、元タレント) 小島奈津子(タレント) 小玉美意子 小林節子 近藤サト(タレント) 酒井ゆきえ(タレント) 桜井郁子 城ヶ崎祐子 関戸めぐみ(共同テレビジョンから出向、現在リポーター) 田丸美寿々(フリーキャスター) 千野志麻 寺田理恵子 土井尚子 富永美樹(まこと夫人) 豊原ミツ子 中井美穂(タレント、東京ヤクルトスワローズ・古田敦也夫人) 中野安子 長野智子(レポーター、フリーキャスター) 中村江里子(タレント) 中村奈緒美(現:牛尾奈緒美)(明治大学助教授) 中村洋子 濱田典子(福原直英アナウンサー夫人) 平松あゆみ(フリーキャスター) 深澤里奈 福元英恵(東北楽天ゴールデンイーグルス・福盛和男夫人) 本間淳子 政井マヤ 松井みどり 松田朋恵(野崎昌一元アナウンサー夫人) 三上彩子 八木亜希子(タレント) 山村美智子 頼近美津子 渡辺直子 アナウンサー以外の出身者 王東順(通信販売会社社長) 小田多恵子 五社英雄(故人)(映画監督) 坂井義則(東京オリンピック聖火リレー最終ランナー) 沢雄二(公明党参議院議員) 妹尾河童(舞台美術家) 俵孝太郎(政治評論家) 長島一由(前逗子市長、ブルッキングス研究所客員研究員) 山川千秋(故人)(在籍中に死去。ニュースキャスター、報道記者) 横澤彪(元吉本興業取締役、現吉本興業相談役) すぎやまこういち(作曲家) アナウンサー以外の在籍者 坂井義則(元陸上選手、東京オリンピックの開会式で聖火リレーの最終ランナーを務めた) 岡田寿也(シンガーソングライター) かまやつ太郎(シンガーソングライター) 里谷多英(スキー選手・長野オリンピック金メダリスト) ディレクター・プロデューサーについてはそれぞれフジテレビプロデューサー一覧、フジテレビディレクター一覧を参照。 山懸慎司(3代目いいとも青年隊のスタッフ隊) 吉田正樹(3代目いいとも青年隊のスタッフ隊) 亀山千広(映画事業局長、ドラマ・映画プロデューサー・踊る大捜査線シリーズ エグゼクティブ・プロデューサー) 主なスタジオ技術系協力会社 株式会社ニユーテレス 株式会社マルチバックス 株式会社共同テレビジョン グループ会社・事業組合 フジサンケイグループ各社に関しては『フジサンケイグループ』の項目を参照。ここでは、フジサンケイグループに属さないものを挙げる。 持分法適用関連会社 日本テレワーク株式会社 株式会社スタジオアルタ(株式会社三越の連結子会社) 株式会社富士アドシステム(ニッポン放送保有分も含む。芙蓉グループとの合弁。2007年10月にフジサンケイグループ内の広告会社3社と合併予定) 持分法非適用関連会社 株式会社トレソーラ 株式会社ム・ーハ 株式会社ヤクルト球団(株式会社ヤクルト本社の連結子会社) - 東京ヤクルトスワローズ ほか 事業組合等 有限責任事業組合 フジ・IG・ラボ・フォー・ムービーズ(FILM。プロダクションIGとの合弁事業で専用の「FILMスタジオ」にて実写・アニメ映画やDVDの製作を行う) ほか グループ外企業への出資状況 下記を含む160を超える企業に出資している。 上場会社 株式会社スカイパーフェクト・コミュニケーションズ (12.48%) 2005年3月31日現在 株式会社ヤクルト本社 (3.69%) 2005年3月31日現在 株式会社WOWOW (9.94%) 2005年3月31日現在 株式会社インデックス・ホールディングス (3.91%) 2005年8月31日現在 (2005年12月28日に行われる増資の後は3.64%) 東映アニメーション株式会社 (7.14%) 2005年3月31日現在 株式会社GDH (7.16%) 2005年3月31日現在 国際放映株式会社 (6.25%) 2005年1月31日現在 株式会社丸誠 (4.33%) 2005年3月31日現在 株式会社アイ・エム・ジェイ (1.10%) 2005年3月31日現在 非上場会社 株式会社横浜スタジアム (5.74%) 2005年1月31日現在 株式会社エフエム九州 (5.60%) 2005年3月31日現在 株式会社ZIP-FM (4.30%) 2005年3月31日現在 株式会社エフエム長崎 (4.00%) 2005年3月31日現在 株式会社ティー・ヴィー・キュー九州放送 (4.90%) 2005年3月31日現在 株式会社チューリップテレビ (4.00%) 2005年3月31日現在 株式会社テレビ北海道 (3.0%) 2005年3月31日現在 株式会社あいテレビ (3.00%) 2005年3月31日現在 この外、株式会社京都放送などに出資している。 系列局 系列放送局各社に関しては「FNN」及び「FNS」の項目を参照。 関連衛星放送 BSフジ フジテレビCS事業部(フジテレビ721&739・ディノスチャンネル 直営) 日本映画衛星放送(日本映画専門チャンネル・時代劇専門チャンネル) J SPORTS(ESPN、1、2、Plus 東京放送も資本参加) CS衛星放送はスカイパーフェクTV!の合併前の母体の一つ「JスカイB」経営に出資していた(大株主の一)という事情もあり、CX直営の他に資本参加している放送会社もある 主要株主 2007年3月31日現在 東宝株式会社 (7.96%) 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) (5.09%) 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) (4.55%) ステート ストリート バンク アンド トラスト カンパニー 505025 (3.64%) 株式会社文化放送 (3.38%) 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ (3.34%) ゴールドマン・サックス・インターナショナル(2.45%) 関西テレビ放送株式会社 (2.36%) 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(退職給付信託口・株式会社電通口) (2.02%) エイチエスビーシー バンク ピーエルシークライアンツ ノンタックス トリニティ (1.99%) 関連項目 ウィキニュースに関連記事があります。 Category:フジテレビ スタジオドリームメーカー フジテレビ青森支局(青森県内の報道取材のために設置している。) フジテレビ山形支局(山形テレビのネットチェンジにより、さくらんぼテレビジョン開局までのつなぎとして開設。) フジテレビ甲府支局(山梨県内の報道取材のために設置している。) フジテレビ高知支局(高知県内の報道取材のため設置していたが、高知さんさんテレビの開局に伴いこの支局は閉鎖された。) リアリー?マドリッド(アナウンサーによるフットサルチーム) 愛のメッセージ(かつてのイメージソング) 東京新聞ニュース(スタジオ収録のみ) POP STOCK(江東区有明・東京ビッグサイト内のライブスペース。1996年のみ運営) フジテレビサンデードラマチックモーニング(フジテレビ提供の文化放送のラジオ番組※2004年10月〜2005年4月に毎週日曜日に放送、終了) とことん笑顔!きっかけ先生(フジテレビ提供のニッポン放送のラジオ番組※2004年4月〜2004年10月に毎週金曜日に放送、終了) 着ラジ(フジテレビ1社提供のコーナーあり、終了) フジテレビ20ミニッツ(冠スポンサーのラジオ番組) ラヴシーン(アナウンサーによる朗読劇) 野村克也(楽天監督、元ヤクルト・阪神監督) ニッポン放送の経営権問題 ラヂオプレス(河田町時代の局内に事務所を構えていた) 放送区域外のケーブルテレビ再送信局 山梨県 日本ネットワークサービス(デジタル・アナログとも) 山梨CATV 河口湖有線テレビ放送 他、山梨県内ほとんどのケーブルテレビ会社 長野県 県内のほとんどのCATV局(アナログのみ) 静岡県 県東部・伊豆地方のCATV局(アナログのみ) 外部リンク ウィキメディア・コモンズには、フジテレビジョンに関連するカテゴリがあります。フジテレビホームページ FNN-NEWS.COM オフィシャルグッズSHOP フジテレビDAIBA'S MARKET フジテレビ・河田町時代を懐かしむ フジサンケイグループとは? 参考文献  『SD別冊29号 フジテレビ本社ビルの記録』 鹿島出版会、1996年。 [表示]表・話・編・歴FNN・FNS 北海道・東北 uhb・MIT・OX・AKT・SAY・FTV 関東・信越・静岡 CX・NBS・NST・SUT 中部・近畿 THK・BBT・ITC・FTB・KTV 中国・四国 TSK・OHK・EBC・KSS・TSS 九州・沖縄 TNC・KTN・STS・TOS1・TKU・UMK2・KTS・OTV ネットワーク FNN - FNS BSデジタル BS FUJI 国内支局 青森・甲府 1TOSはNNN・NNSとのクロスネット局 2UMKはNNN・ANNとのクロスネット局 [表示]表・話・編・歴関東地方のテレビ局 NHKの放送局 東京・横浜・千葉・さいたま・前橋・宇都宮・水戸(総合1ch・教育3ch(2ch)) 広域放送(キー局) 日テレ(4ch・NNN・NNS)・TBS(6ch・JNN)・フジテレビ(8ch・FNN・FNS) tv asahi(10ch(5ch)・ANN)・TV TOKYO(12ch(7ch)・TXN) 県域放送(独立局) 東京 TOKYO MX(14ch(9ch))・神奈川 tvk(42ch(3ch))・埼玉 テレ玉(38ch(3ch)) 千葉 チバテレビ(46ch(3ch))・群馬 群馬テレビ(48ch(3ch))・栃木 とちぎTV(31ch(3ch)) その他 放送大学(16ch(12ch)) [表示]表・話・編・歴東京臨海副都心(レインボータウン)の名所・建築物 台場地区 レインボーブリッジ - フジテレビ - ホテル・グランパシフィック・メリディアン - ホテル日航東京 - デックス東京ビーチ(東京ジョイポリス・マッスルパーク・台場小香港・台場怪奇学校・台場一丁目商店街) - アクアシティお台場(メディアージュ ・ラーメン国技館) - 自由の女神像 - お台場海浜公園 - 台場公園 東八潮地区 船の科学館 - 船の科学館シーサイドプール - 潮風公園 - 東八潮緑道公園 - 青海北ふ頭公園 青海地区 パレットタウン(MEGAWEB・ヴィーナスフォート・Zepp Tokyo・パレットタウン大観覧車・東京レジャーランドパレットタウン店) - 東京国際交流館 - 日本科学未来館 - 大江戸温泉物語 - テレコムセンター - フジテレビ湾岸スタジオ - シンボルプロムナード公園(夢の大橋) - 青海南ふ頭公園 - 暁埠頭公園 有明地区 東京国際展示場 - ディファ有明 - 有明テニスの森公園(有明コロシアム) - 東京ベイ有明ワシントンホテル - 東京ベイコート倶楽部ホテル&スパリゾート - パルティーレ東京ベイウエディングビレッジ&スクエア - 東京ファッションタウン - パナソニックセンター東京 - 水の広場公園 - 有明西ふ頭公園 カテゴリ: 編集半保護中の記事 | 雑多な内容を箇条書きした節のある記事 - 2007年8月 | 出典を必要とする記事 | 節現在進行 | フジテレビ | 日本のテレビ局 | 衛星役務利用放送事業者 | テレビ制作会社 | 東京都のマスメディア | 東京都の建築物・観光名所 | 東証一部上場企業 | フジサンケイグループ | お台場 | フジテレビ系列 | 関東地方の放送 株式会社テレビ朝日(テレビあさひ、英称:TV Asahi Corporation)は、関東広域圏を放送対象地域とする一般放送事業者である(放送区域は、本来は沖縄県の放送対象地域である大東諸島が含まれる。)。 目次 [非表示] 1 概説 1.1 英字略称 1.2 ネットワーク 1.3 略歴 1.4 ロゴ 1.5 特色 1.6 備考として 2 送信所 2.1 主な中継局 2.1.1 《アナログ放送の中継局》 2.1.2 《デジタル放送の中継局》 3 沿革 4 テレビ朝日の不祥事・事件 5 テレビ番組 6 テーマソング 7 スタジオ 7.1 六本木6丁目本社ビル(六本木ヒルズ) 7.2 原宿:BS(コロンブス・BS朝日本社ビル) 7.3 アーク放送センター(アークヒルズ) 8 情報カメラ設置ポイント 8.1 現在 8.2 過去 9 過去の放送開始・終了アナウンス 9.1 NETテレビ(日本教育テレビ)時代 9.2 テレビ朝日(全国朝日放送時代含む) 10 歴代のキャッチコピー 11 テレビの時刻出し 12 主な事業 12.1 テレビ朝日製作映画 13 他局との垣根を越えた中継・企画 14 アナウンサー 14.1 男性 14.2 女性 15 元アナウンサー(異動者・退職者) 15.1 異動したアナウンサー 15.2 退職したアナウンサー 16 アナウンサー以外で在籍した著名人 16.1 男性 16.2 女性 17 系列放送局等 18 2005年9月30日現在の株主 19 グループ会社 19.1 連結子会社 19.2 持分法適用関連会社 20 支局 21 関連項目 22 外部リンク 概説 テレビ朝日のデータ 英名 tv asahi Corporation 放送対象地域 関東広域圏 (東京都・茨城県・栃木県・ 群馬県・埼玉県 千葉県・神奈川県) ニュース系列 ANN 番組供給系列 テレビ朝日ネットワーク 略称 EX 愛称 テレアサ、テレ朝 呼出符号 JOEX-(D)TV 呼出名称 テレビあさひ (デジタルテレビジョン) 開局日 1959年2月1日 本社 〒106-8001 東京都 港区六本木六丁目9番1号 演奏所 #スタジオを参照 アナログ親局 東京 10ch ガイドチャンネル 10ch リモコンキーID 5 デジタル親局 東京 24ch 主なアナログ中継局 アナログ中継局参照 主なデジタル中継局 デジタル中継局参照 公式サイト 公式サイト 英字略称 英字略称はNET、ANBを経て2003年からEXである。EXは、呼出符号であるJOEX-DTV(アナログはJOEX-TV)に因む。 EXに変わったのが最近である事もあり、未だにANBと表記される事も少なからずある。例えば、芸能プロダクションの公式ホームページなどで公開されるタレントプロフィールに多く、これが書籍や雑誌などでも校正されずにそのまま使われる事も多い。 ネットワーク ANN(“オール・ニッポン・ニュースネットワーク”)というニュース系列のキー局であり、地方局各社とネットワークを結んでいる。また、系列局がない地方の報道取材は各主要系列局が分担しており、テレビ朝日は山梨県、富山県、鳥取県、島根県東部・隠岐を担当している。富山県は北陸朝日放送と共同。甲府・富山・鳥取・米子に支局がある。また、徳島県と高知県は朝日放送が取材エリアとして担当しており、福井県・宮崎県のクロスネット局と合わせて全国をカバーしている。 略歴 1957年、教育番組専門局として株式会社日本教育テレビを設立。免許交付の条件は教育番組を50%以上、教養番組を30%以上放送するというものであり、営利を目的とした教育専門局は世界でも珍しかった。しかし、この試みは事実上失敗に終わり、その後例えばアニメーションや外国映画を、それぞれ「子供の情操教育のため」「外国文化の紹介」の名目で「教育番組」や「教養番組」に指定し、対外呼称も『日本教育テレビ』から『NETテレビ』に変更。事実上の総合放送局化を図った。その後1973年11月に同じ教育専門局だった東京12チャンネル(のちのテレビ東京)の深刻な経営不振などを理由に総合局免許が交付され、名実ともに『総合局NET』として再出発することとなる。 1977年、全国朝日放送株式会社に社名変更して略称を『テレビ朝日』とする。 1996年にANN全国ネットワークを完成させると、様々な改革を断行。まず系列のシンボルマークを制定し(1996年)、全国ネットワークの一体感を高める。 2003年の六本木ヒルズ新社屋移転を「第3の開局」と位置付け、社名を株式会社テレビ朝日に変更、企業ロゴも『/tv asahi』に一新。 2005年、年間視聴率、ならびに年度視聴率でプライムタイムの視聴率が開局以来初の2位となった。ちなみに、全日視聴率においては、1969年から1971年の3年間、NHKについで在京局2位(在京民放首位)になったことがある。 ※「第3の開局」に向けた全社変革運動の狙いと現況について ※なお、日本教育テレビという同名のビデオ映像製作会社が大阪府にあるが、これはテレビ朝日とは一切関係がない。 ロゴ 旧ロゴ(~2003.9)は、赤く書かれることが多かった。10をかたどったマークもあったが、全国ネットではほとんど登場しなかった。1996年以降は、ほとんどの番組で、ネットワークシンボル表示されることが多かった。 例、製作著作(ネットワークシンボル)テレビ朝日 現在のテレビ朝日のロゴは棒でできたような形をしているが〔/tv asahi〕〔tv asahi\〕、これはテクノユニットアンダーワールドが参加していることで有名なイギリスのデザイナーユニットTOMATOとテレビ朝日のインハウスデザイナー製作によるもので、音に反応してCGによりランダムに切り替わり同じ動きを二度としないようになっている。CM明けなどに3秒間画面の右上に表示されるほか、放送開始・終了時にも見ることができる(CS放送のテレ朝チャンネルも同様)。 これは、2003年秋の本社屋移動と同時に開始。 又、2004年9月からは生放送番組のエンドクレジットの際にもランダムな動きをするようになった(参考リンク)。オープニング、クロージングではアンダーワールドの曲が使われている。ちなみにロゴタイプやその他VIで使用されている欧文フォントはAkzidenz Grotesk Bold、和文フォントはヒラギノ角ゴシック(W8)である。受信報告書を出した際に返信がくるベリカードにもこのデザインを使った数種類の色のタイプを発行している。現在もプロジェクトチームによりデザインマネージメントが継続して行われている。 特色 1984年に米国CNNと提携、1985年にはプライムタイムに大型ニュース番組『ニュースステーション』を開始。現在も『報道ステーション』『スーパーJチャンネル』に代表されるニュース番組や、『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』等の討論番組、『ビートたけしのTVタックル』といった時事バラエティ番組の制作を得意とし、報道に強い局、というイメージ作りに成功している。 筆頭株主である朝日新聞の影響を受けており、社長や役員などが朝日新聞出身者で占められているため、一部では「朝日新聞の天下り先」とまで批判されることがある。 2008年までのアジアサッカー連盟主催の全試合中継権を獲得。地上波では独占中継することとなっている。 備考として 2005年公開のハリウッド映画『宇宙戦争』でウクライナの大停電を現地から伝えるテレビ中継車の壁に『tv asahi テレビ朝日』の文字が見える。 六本木ヒルズ本社ビル(2004年6月撮影) アークヒルズアーク放送センター(2005年12月撮影) テレビ朝日のSNG中継車(2006年5月撮影) 送信所 アナログ放送 - JOEX-TV、東京10ch デジタル放送 - JOEX-DTV、東京24ch(リモコンキーID:5) 主な中継局 《アナログ放送の中継局》 東京都 八王子:45ch(八王子市周辺でも、東京10chを視聴している家庭が多い) 多摩:57ch(東京10ch視聴者が多い) 新島:60ch(垂直偏波) 八丈島:10ch 小笠原父島:59ch 茨城県 水戸:36ch(垂直偏波) 鹿嶋:29ch 日立:60ch 高萩:59ch 栃木県 宇都宮:41ch 日光:60ch 矢板:59ch 群馬県 前橋:60ch 富岡:59ch(垂直偏波) 桐生:59ch 沼田:59ch 埼玉県 本庄:59ch(垂直偏波) 秩父:38ch 千葉県 成田:59ch 銚子:59ch 香取佐原:60ch 勝浦:59ch 館山:60ch(垂直偏波) 神奈川県 横浜みなとみらい:60ch(横浜市みなとみらい21周辺でも、東京10chを視聴している家庭が多い) 横須賀久里浜:35ch(北方向は水平偏波・西方向は垂直偏波) 平塚:41ch(垂直偏波) 小田原:60ch 沖縄県 南大東島:60ch 北大東島:48ch ・・・他 《デジタル放送の中継局》 茨城県 水戸:17ch 栃木県 宇都宮:17ch 群馬県 前橋:43ch 神奈川県 平塚:24ch(垂直偏波) 沿革 1957年(昭和32年)11月1日、株式会社日本教育テレビ設立。 1959年(昭和34年)2月1日、教育放送局として正式に放送を開始。 1959年(昭和34年)3月1日、この日テレビ放送を開始した毎日放送(MBS)、九州朝日放送(KBC)とネットワークを結ぶ。 1960年(昭和35年)1月17日、出力を現在の映像50kW、音声12.5kWに増力。 1960年(昭和35年)12月10日、社名呼称をNETテレビ(えぬいーてぃーてれび)に統一 1964年(昭和39年)4月1日、「木島則夫モーニングショー」スタート。 1964年(昭和39年)10月1日、福岡地区のKBCテレビがフジテレビとの複合ネットから、単独ネット化に踏み切る。 1967年(昭和42年)4月3日、カラー放送がスタート(東京地区では4番目)。第一号はアニメ『魔法使いサリー』。 1970年(昭和45年)1月1日、ニュース番組のタイトルを「ANNニュース」に変更。 1971年(昭和46年)11月20日、報道を朝日テレビニュース(のちのテレビ朝日映像)に委託(1978年11月に終了)。 1973年(昭和48年)4月1日、名古屋地域に於ける名古屋テレビ(NBN)と中京テレビ放送(CTV 開局当初は中京UHFテレビ放送)の2局による日本テレビとの変則複合ネットが解消され、名古屋テレビがNETの単独ネット化に踏み切る。 1973年(昭和48年)10月1日、報道スタジオ完成。スポットニュースを除き、全てのニュースがアナウンサー顔出しとなる。 1973年(昭和48年)11月1日、総合放送局に移行。 1974年(昭和49年)1月7日、石油危機により深夜放送自粛(10月に全面解除)。 1974年(昭和49年)3月23日、創立以来続いてきた学校放送が全面終了(『親の目・子の目』のみ残ったが2004年3月で終了し、現在は後番組「いきいき!夢キラリ」)。 1975年(昭和50年)3月31日、準キー局を毎日放送(MBS)から朝日放送(ABC) に変更。いわゆる腸捻転状態が解消された。 1977年 (昭和52年) 2月、マスター更新。 1977年(昭和52年)4月1日、商号を全国朝日放送株式会社に変更。愛称を「テレビ朝日」とする。 1978年(昭和53年)12月17日、音声多重放送を開始。第一号は20:54の『ANNニュース』。ステレオ第一号は12月24日の「題名のない音楽会」。 1985年(昭和60年)9月28日、アークヒルズ社屋完成(六本木と赤坂の境目)。報道機能などを移転(マスターは翌年の初めに移転)。 1985年(昭和60年)10月7日、久米宏をメインキャスターに起用した夜の大型ニュースショー『ニュースステーション』がスタートされた。 1986年(昭和61年)5月、アークヒルズに本社を移転。旧本社社屋は『六本木センター』とし、制作部門が残る。 1993年(平成5年)7月、選挙報道において報道局長による中立違反疑惑が発生(椿事件)。 1996年(平成8年)10月、岩手朝日テレビ(盛岡市)が開局し、ANNネットワーク(フルネット24局)が完成。 2000年(平成12年)10月3日、東京証券取引所市場第1部に株式を上場。 2000年(平成12年)12月1日午前11時、系列のBSデジタル放送『BS朝日』(デジタルBS5Ch。本社・渋谷区神宮前)が開局。 2003年(平成15年)10月1日、商号を株式会社テレビ朝日、略称をコールサインからとった“EX”(但し、EXの略称はこれ以前から業界で使われていた)に変更。同時に六本木ヒルズ内の新社屋が完成したことにより本社機能をアークヒルズから移転し、エーサットサンインを吸収合併。 2003年(平成15年)12月1日午前11時、地上デジタルテレビジョン開局。開始当初から、デジタル放送ではBS朝日向けの放送を含め、六本木本社スタジオからの生放送のほとんど全てをハイビジョンで放送(ハイビジョン制作そのものは移転と同時に始まっている)。 2004年(平成16年)2月9日、アナログ・デジタル統合マスターの運用開始。時刻テロップも変更(それまではアナログ放送は新社屋移転後も引き続きアークヒルズ社屋のマスターから送出していた)。 2004年(平成16年)4月5日、18年半余り続いた『ニュースステーション』に代わって古舘伊知郎がメインキャスター起用の『報道STATION』がスタート。 2005年(平成17年)5月21日、プロ野球・読売ジャイアンツ主催試合を初めて中継(東京ドーム・対北海道日本ハムファイターズ戦)。 2006年(平成18年)4月1日、地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。 2006年(平成18年) 6月18日、2006 FIFAワールドカップ日本VSクロアチア戦を地上波で独占放送(系列局と系列局のない県の放送局を含む。)。 テレビ朝日の不祥事・事件 1985年10月8日、「アフタヌーンショー」にて「激写!中学生女番長!セックスリンチ全告白!」というタイトルで番組ディレクターが知り合いの暴走族に女子中学生をリンチする様に「やらせ」依頼し、暴行映像を撮影していた事が発覚して番組は打ち切りになる。この事件によって「やらせ」という業界用語が世間に表面化していった。 1993年、当時の報道局長だった椿貞良が民放連の会合に招かれた際に『小沢一郎氏のけじめを殊更に追及する必要はない。今は自民党政権の存続を絶対に阻止して、何でも良いから反自民の連立政権を成立させる手助けになる様な報道をしようではないか』などと発言した事が問題になり、放送法違反が疑われ証人喚問される事態とまでなった。いわゆる椿事件である。 1995年7月8日、同年6月24日放送の「ザ・スクープ」で松本サリン事件を特集した過程の中で、「長野県警に質問書を出したが回答がない」と放送したが、実際には長野県警に質問書を提出していなかったために長野県警に抗議され捏造が発覚。 1996年10月10日、当時の報道局報道センター課長と報道局映像センターカメラマンが大麻取締法違反容疑で逮捕される。職務質問を受けた際、ズボンのポケットに大麻を隠し持っていたため現行犯逮捕される。 1999年2月、「ニュースステーション」で「埼玉県所沢産の野菜から高濃度のダイオキシンを検出したと誤報し同市産の野菜の価格が下落したことなどで被害を被った農家側に訴訟を起こされる(「ニュースステーション#所沢ダイオキシン訴訟」を参照)。 2000年8月10日、当時の技術局制作技術センター職員が静岡県下田市白浜の民宿の風呂場の脱衣所で着替えをしていた女性を窓の外から覗き、ビデオ撮影を行っているところを脱衣中の女性に発見され逃走された。その後、事態を聴き付けた民宿経営者に取り押さえられ軽犯罪法違反の疑いで現行犯逮捕された。 2001年4月21日、当時の深夜番組「トゥナイト2」の制作スタッフが車内に大麻を隠し持っていたとして大麻取締法違反の現行犯で万世橋署に逮捕された。 2001年10月26日、ワイドショー「スーパーモーニング」で川村晃司元カイロ支局長が「ユダヤ人は米メディアをコントロールしているため、(炭疽菌)事件の標的になった」などと発言し、米国のユダヤ人団体に抗議される。 2001年12月15日、バラエティ番組「極楽とんぼのバスコーンだろ!!」で、千葉県の条例で車両乗り入れを禁止している九十九里浜に乗用車を走らせ撮影したことが発覚し、千葉県に陳謝する。 2002年6月29日、当時BS朝日に出向中の社員が住居侵入の疑いで逮捕される。さらに女性マンションに窓ガラスを割って侵入して窃盗容疑でも再逮捕されたが、その後当時「スーパーJチャンネル」などで報道していた渋谷・目黒両区内で発生していた「連続レイプ事件」の犯人だった事が判明した。被害者の中に芸能プロダクションに所属するタレントが居た事で、その住所を知る事ができる立場の芸能関係者だと密かに捜査一課が内偵していた。住居侵入の時点でテレビ朝日はこの社員を解雇したが、強姦事件の件を知らされたため早々に責任を逃れるために解雇したと言われている。 2002年11月4日放送の「スーパーモーニング」「古都騒然! 京都を騒がすギンギン族の実態」というコーナーで番組リポーターらが改造車の持ち主に暴走行為をする様に「やらせ」を依頼し、実際に暴走行為を行わせたとして道交法違反(暴走行為幇助)の疑いで書類送検される。 2003年8月12日、ドラマ「西部警察 SPECIAL」の撮影の際、俳優の池田努が運転する撮影用の自動車が撮影を見物していた人集りに突っ込み、5人が骨を折るなどの重・軽傷を負う大事故が発生し、番組は制作中止となる。 2003年9月24日、同月20日の自民党総裁選の際に村岡兼造元官房長官が当時の野中広務元幹事長から「毒まんじゅう、食ったんか?」と言われた事を基に、報道記者が村岡兼造氏の自宅前に無断で勝手にまんじゅうを置き、顰蹙を買う。 2003年12月24日、当時のスポーツ局部長待遇が泥酔運転で当て逃げしたところ、110番で駆けつけた秋田署に道交法違反(酒酔い運転)の現行犯で逮捕される。 2004年1月14日、元早大ラグビー部主将で当時の営業局社員が2003年10月、渋谷区内の違法カジノ店を賭博開張図利容疑で摘発した際、賭博の現行犯で警視庁に逮捕されていた事が発覚する。 2004年2月19日、「ビートたけしのTVタックル」(2003年9月放送)で誤った方向へ導くための作為的な番組編集と「ニュースステーション」(同年11月放送)で民主党 (日本)を担ぎ上げる偏向報道を実施した事に対して自民党から抗議され「誤った編集や配慮に欠けた構成があった」として、当時の編成制作局長ら関係者計7人の処分を発表。 2004年2月21日、深夜バラエティー番組「スマステーション3」で、インスタントラーメンを食べると脳梗塞につながると根拠のない誤解を与える放送を行い、業界団体から抗議を受けて謝罪した。 2004年2月24日、テレビ朝日が日本と国交のない北朝鮮の「朝鮮中央テレビ」の映像の使用に対して、著作権料を払っていた事を日刊ゲンダイに報道される。政府によると、国交のない国の映像には著作権法の保護は及ばないとされている(「北朝鮮中央テレビ」の画像使用料 テレビ朝日が代理人に支払い)。 2004年2月25日、深夜アニメ「エリア88」で裸体の女性が倒れている映像を瞬間的に挿入するサブリミナル的な表現をしていた事を指摘され該当部分を削除した。因みに、日本民間放送連盟の放送基準では肉眼で知覚できない映像を挿入するサブリミナル的表現を禁止している。 2004年5月20日、「報道ステーション」の韓国人ディレクターが同番組の日本人ディレクターを暴行していた事が週刊新潮の報道で判明する。 2004年6月4日、2003年9月放送の「ビートたけしのTVタックル」で、自民党の藤井孝男衆議院議員に関しての放送の際に、民主党議員が北朝鮮の拉致被害者の問題を質疑している最中に、あたかも藤井議員が拉致問題の質疑に対して野次を飛ばしているかように編集し放送した問題で「放送と人権等権利に関する委員会」(BRC)はテレビ朝日に権利侵害を勧告した(実際は野次を飛ばしていたのは別の質疑に対してだった)(株式会社テレビ朝日の「ビートたけしのTVタックル」等における報道に関する問題への対応)。また、2004年11月4日放送の「報道ステーション」で総選挙公示期間中にも関わらず一方的に、民主党が発表した閣僚名簿に関する報道を行い、これら2件について総務省から厳重注意される。 2004年8月2日、栃木県のセミナー団体「ホームオブハート」の関係施設に居た子供が児童相談所に一時保護された問題で児童虐待の疑惑を告発していた弁護士らを取材したテレビ朝日の取材メモなどが団体側に渡る。その後、団体関係者が弁護士らを相手に名誉棄損訴訟で取材メモなどを東京地裁に証拠提出したため、資料が団体側に流れている事を知った弁護士側はテレビ朝日に抗議した。 2004年12月3日、週刊文春の報道により、バラエティ番組「銭形金太郎」でやらせが発覚した。貧乏な生活を紹介する番組だったが、実際にはスタッフの指示で貧乏な生活を装っていた事が週刊誌に暴露される。 2005年2月2日、「メディアリンクス」の架空取引に絡む横領事件で元社員が大阪地検特捜部に業務上横領容疑で逮捕されるが、翌2006年4月11日に無罪判決が言い渡される。 2005年12月7日、同月5日放送の事件密着番組「奇跡の扉 TVのチカラ」で霊視能力者が「1990年に札幌市内で発生した殺人事件の容疑者が近くにいる」とし、神戸市東灘区の小学校の映像を学校側に許可なく無断で放送し、同校の保護者や児童が不安を訴え集団下校や地域住人による見回り強化といった事態になり問題化する。同校はテレビ朝日に抗議した。 2005年12月21日、「サンデープロジェクト」の契約ディレクターが無免許運転でバイクと衝突して警視庁荏原署に業務上過失傷害および道路交通法違反(無免許)の現行犯逮捕される。 2006年9月28日、東京国税局の税務調査を受け、2005年3月期までの3年間で約1億5千万円の申告漏れを指摘されていた事が発覚。そのうち約1億3千万円は情報番組などの下請け制作会社などへの架空の外注費と判明し、国税局は悪質な所得隠しと認定。所得隠しに関わった編成制作局チーフプロデューサーを懲戒解雇処分とした。 2006年10月23日、編成制作局放送統括部の男性社員が六本木の駐車場に停めていた乗用車のワイパーをもぎ取りフロントガラスを叩き割り、軽自動車のサイドミラーをもぎ取った器物損壊の疑いで現行犯逮捕される。 テレビ番組 テレビ朝日(NET・ANB)の主な番組については、『テレビ朝日番組一覧』を参照のこと。 報道特別番組については、『ANN系報道特別番組』を参照のこと。 特徴としてはゴールデンタイムのバラエティ番組がかつてはそれほど多くなかったことである。1990年代後半〜2000年代初期のテレビ朝日はゴールデンタイムのバラエティはそれほど多くなかったが、2004年10月の改編以降、大幅に増えていった(特に1997年頃のテレビ朝日ゴールデンバラエティは火曜19:00枠の炎チャレと木曜19:00枠の超次元タイムボンバーの2番組しかなかった)。 テーマソング NETの歌 作詞:サトウハチロー、作曲:團伊玖磨 テレビ朝日の歌 日本教育テレビ(NETテレビ)が、全国朝日放送(テレビ朝日)に社名変更された記念に作られた歌。作詞を手掛けたのは、阿久悠(オフィス・トゥー・ワン所属)。作曲を手掛けたのは、小林亜星(作曲家)。オープニング時とエンディング時に使用された。 スタジオ 六本木6丁目本社ビル(六本木ヒルズ) 幕張メッセの設計でも知られるプリツカー賞建築家槇文彦の設計。スタジオは全部で12か所ある。HD/SD切替方式。BS朝日向けの放送を含めて生放送番組はすべてハイビジョン放送である。なお、第3・第4・第5スタジオおよびニュースルームは同一フロアに存在し、スーパーJチャンネル・報道STATION専用の第4スタジオとニュースルームのサブ(副調整室)は相互・統合運用を可能としている。 第1スタジオ(245坪) - 『第7回・オートバックス M-1グランプリ2007』『MUSIC STATION』『FUKUDA STADIUM』など 第2スタジオ(205坪) - 『いきなり!黄金伝説。』『ロンドンハーツ』『愛のエプロン』『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』など 第3スタジオ(165坪) - 『スーパーモーニング』『ワイド!スクランブル』『虎の門』『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』など 第4スタジオ(165坪) - 『スーパーJチャンネル』『報道STATION』『サタデースクランブル』 第5スタジオ(65坪) - 『やじうまプラス』『Sunday!スクランブル』など ニュースルーム(47坪) - 報道専用スタジオで背後にANNニュースセンターが覗ける。『ANNニュース』『ANN NEWS&SPORTS』『やじうまプラス(5時台)』『スーパーJチャンネル(週末・年末年始)』など。緊急報道の場合は『スーパーJチャンネル』『報道STATION』などでもこのスタジオから放送されることがあるほか、BS朝日にもこのスタジオから地上波と同時で放送されることもある。 21スタジオ(22坪) - スポーツ中継用サブ 22スタジオ(15坪) - スポーツ中継用サブ 61スタジオ(23坪) - 『世界水泳』『サッカー日本代表戦』などのスタジオパート 62スタジオ(11坪) 64スタジオ(19坪) - 『サンデープロジェクト』の一部録画中継や、一般見学等に使用 65スタジオ(21坪) - 『News Access』(BS朝日)『ANN NEWS〜六本木発』(朝日ニュースター) 原宿:BS(コロンブス・BS朝日本社ビル) 公開サテライトスタジオ「ガレリア」と、テレビスタジオ3つがあり、BS朝日向け番組製作の他に、テレビ朝日向け番組の収録も行われている。建物は2000年8月に完成。当然ではあるが全スタジオHD対応、テレビ朝日とは光ファイバーによる専用回線で相互接続されており、原宿にあるBS朝日のスタジオからテレビ朝日向けのHD生放送も可能であり、逆にテレビ朝日(六本木本社)からBS朝日へのHD生放送や地上波同時放送も可能である。 アーク放送センター(アークヒルズ) アークヒルズの区画内・東京都港区六本木一丁目1番1号にアーク放送センターが存在する。元々現社屋の敷地(六本木六丁目)に新社屋を建設する予定だったが、住居地域指定だったために中高層のオフィスビルを建設できなかった。しかしマスターの老朽化と報道・情報番組の制作強化を事由に、当時森ビルが推し進めていたアークヒルズに進出、同社の土地と等価交換でアーク放送センターを設けた。その後本社機能もアーク森ビルに移し、六本木ヒルズ完成まで同社の中枢となっていた。現在は子会社のテレビ朝日映像、テイクシステムズ本社と、テイク社が管理する貸スタジオとして運用されており、実質的に本社別館として機能している。(現在の運用形態に関してはテイクスタジオを参照) Aスタジオ(190坪) - 元『ニュースステーション』『やじうまワイド』で使用 Bスタジオ(120坪) - 元『ワイド!スクランブル』など歴代昼番組で使用。 Cスタジオ(125坪) - 元『スーパーモーニング』『スーパーJチャンネル』『こんにちは2時』などで使用。 ニューススタジオ(80坪) − ほぼ全ての定時ニュース番組で使用されていた。現在はスタジオ機能を廃し、上記2社のオフィスとして供用されている。 かつては、新宿区四谷一丁目に四谷放送センター(2005年CSデジタル放送制作会社に譲渡)、江東区新砂一丁目に東陽町放送センター(2004年9月に閉鎖)が存在した。 情報カメラ設置ポイント 現在 東京都 - 六本木ヒルズ、アークヒルズ、新宿プリンスホテル、東京駅(東京国際フォーラム)、千住、羽田空港 神奈川県 - 江の島、横浜(ホテルニューグランド)、小田原 千葉県 - 成田空港 山梨県 - 三つ峠(富士山周辺を一望できる山梨県内の山) 期間限定 東京都 - アルカディア市ヶ谷(桜中継用) 過去 東京都 - 築地(朝日新聞) 過去の放送開始・終了アナウンス NETテレビ(日本教育テレビ)時代 開局〜1960.11 - バレリーナが踊る 1960.12〜1977.03 - 切り絵アニメーション テレビ朝日(全国朝日放送時代含む) 全国朝日放送時代のすべてのナレーションは「JOEX-TV・10チャンネル・テレビ朝日です。」のみだった。テロップは、JOEX-TV 10チャンネル TV Asahi。音声多重放送は、「JOEX-TAM・音声周波数・音声出力・テレビ朝日音声多重放送」のコール。ジョイナスバージョンのみ10の箇所は10のロゴ。2001年12月のバージョンから10が普通の書体の10に変わった。 1977.04〜1988.09 - わが家の友だち10チャンネル時代バージョン(ナレーター:不明(開始)、高井正憲(終了))初回OPのみ歌詞付きのバージョンだった。 1988.10〜1989.01、1990.04〜1991.03 - 人文字バージョン(ナレーター:松井康真?(開始)、宮嶋泰子(終了)) 1989.01〜1989.03 - 昭和天皇が崩御の為の特別バージョン 1989.04〜1990.03 - 万里洋子バージョン(ナレーター:大熊英司)※曲は人文字バージョンと同じ。 1991.04〜1992.03 - ジョイナス印象波バージョン(ナレーター:小林一枝(開始)、宮嶋泰子(終了)/音声多重放送ナレーター:渡辺宜嗣、松苗慎一郎、丸川珠代、他) 1992.04〜1992.09 - ジョイナスON TV Asahiバージョン(ナレーターは同じ) 1992.10〜2001.09.11 - ジョイナス世界の子供たちバージョン(ナレーターは同じ) 2001.09.12〜2001.11 - ジョイナスアメリカ同時多発テロ事件の差し替え最終バージョン(ナレーターは同じ) アメリカ同時多発テロ事件が発生した為世界貿易センタービルが映っている映像を朝の海岸の映像に差し替えたバージョン。 2001.12〜2003.09 - 開始:朝の食卓と自然、終了:赤ちゃんの夢の中バージョン(ナレーター:高橋真紀子(前期)、萩野志保子(中期)、佐分千恵(後期)) 2003.10〜 - 「tv asahi」バージョン(ナレーター:寺崎貴司) 歴代のキャッチコピー 1977年〜 - わが家の友だち10チャンネル:社名変更(日本教育テレビ→全国朝日放送)記念。『テレビ朝日の歌』も作られた。 1985年 - でんぱが元気 1987年 - テレビ朝日は、時代に敏感です。 1991年前期 - あなたをギュッ、地球をギュッ。 1991年後期 - 印象波 1992年 - ITSUMO(いつも。):テーマ曲にジョン・レノンの「イマジン」を起用。 1993年 - On. Tv Asahi:和服美人のアニメの春・夏・秋・冬バージョンがあった。 1994年 - あります。〔 〕Tv Asahi:〔 〕内に文字が自由に入る方式。例:〔!〕〔ワクワク〕など。 1996年 - が、いいね!、○○さん、テレビ朝日ですよ!、ごらくだ 2003年〜 - オトナって、なんだろう?(2006年現在、使用されていない) なお、印象波は、系列局の青森朝日放送で現在も使われている。 テレビの時刻出し 開始時〜9:55(土曜日のみ9:29 日曜日のみ7:59)まで。(土曜日は9:29までとあるが、正確に言うと「朝だ!生です旅サラダ」終了までである) 『やじうまプラス』『スーパーモーニング』はカスタム表示。 (CM中とスポンサースーパー全面表示中は通常フォント) 平日16:54〜17:36、17:54〜18:38頃(『スーパーJチャンネル・スバッと予報』のコーナーの直後のCMあけ)まで、その後は左上に天気ループ表示。 かつては、平日の時刻出し終了は「スーパーモーニング」終了1分後までだった。 『裏Sma!!』および『SmaSTATION』(土曜日 22:57〜23:54)ではアナログ時計のカスタム表示(『裏Sma!!』ではネット局に、『SmaSTATION』内ではANN系列へ全国送出)(CM中はOFF) かつて平日の夕方は「スーパーJチャンネル」放送の16:55〜18:58(18:59まで表示したときもあった。)まで、断続的に時刻を表示していたこともあった。 主な事業 テレビ朝日製作映画 1983年 - 戦場のメリークリスマス 1985年 - 銀河鉄道の夜 1987年 - 源氏物語 1989年 - 舞姫 1990年 - 少年時代 1990年 - オーロラの下で 1992年 - 外科室 1992年 - 豪姫 1992年 - 遠き落日 1992年 - 走れメロス 1992年 - 天国の大罪 1993年 - 夢の女 1994年 - 居酒屋ゆうれい 1995年 - 写楽 1996年 - わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語 1997年 - 北京原人 Who are you? 2000年 - 長崎ぶらぶら節 2001年 - 風花 2001年 - ホタル 2001年 - 伊能忠敬 子午線の夢 2001年 - 千年の恋 ひかる源氏物語 2002年 - 凶気の桜 2002年 - トリック劇場版 2003年 - スパイ・ゾルゲ 2003年 - バトル・ロワイアルII 【鎮魂歌】 2003年 - 座頭市 2003年 - あたしンち 2003年 - 精霊流し 2004年 - 恋人はスナイパー 2004年 - CASSHERN 2004年 - 天国の本屋〜恋火 2004年 - 機関車先生 2004年 - スクール☆ウォーズ・HERO 2004年 - デビルマン 2004年 - レディ・ジョーカー 2005年 - 北の零年 2005年 - 鉄人28号 2005年 - 深紅 2005年 - 単騎、千里を走る (劇場公開は2006年) 2005年 - 男たちの大和 2006年 - サイレン 〜FORBIDDEN SIREN〜 2006年 - トリック劇場版2 2006年 - ラブ★コン 2006年 - 紙屋悦子の青春 2006年 - 出口のない海 その他に、映画ドラえもんシリーズ(※但し、2005年の作品は無し)。 他局との垣根を越えた中継・企画 フジテレビとのコラボレーション 2004年7月24日に生放送した番組の『SmaSTATION-3』でフジテレビの毎夏恒例の『FNS27時間テレビ』内の『すぽると!』との2局同時中継が実現した。 2006年5月5日に放送された『徹子の部屋』で、ガレッジセールのゴリがフジテレビの人気バラエティ番組『水10!・ワンナイR&R』のキャラクター・ゴリエに扮して出演、黒柳徹子とトークを展開した(新聞のテレビ欄にも『ゴリエ』と表記)。 日本テレビとのコラボレーション 2005年2月4日に生放送した長寿音楽番組の『MUSIC STATION』で日本テレビの人気ドラマ『ごくせん』の収録スタジオでKAT-TUNが曲を披露した。 2005年8月27日に生放送した『SmaSTATION-4』で、日本テレビの『24時間テレビ』との同時中継が行われた。司会の香取慎吾が『24時間テレビ』のチャリティーパーソナリティーとなったことで実現したもので、この時はテレビ朝日本社にも『24時間テレビ』の募金箱が設置された。 アナウンサー アナウンサー記事に関する注意:文中の所属先などの内容は永続的に保証されるものではありません。正確な情報は放送局の公式Webサイトなどでご確認ください。免責事項もあわせてご覧ください。 男性 1977年入社:佐々木正洋、渡辺宜嗣、吉澤一彦 1980年入社:松苗慎一郎(アナウンス部長) 1982年入社:森下桂吉 1984年入社:田畑祐一、藤井暁 1985年入社:寺崎貴司 1986年入社:松井康真 1987年入社:大熊英司 1988年入社:田原浩史 1989年入社:飯村真一 1991年入社:真鍋由  1992年入社:山口豊 1993年入社:坪井直樹(妻は高橋真紀子アナ)、角澤照治 1994年入社:小久保知之進、中山貴雄 1995年入社:西脇亨輔 (妻は村上祐子アナ) 1996年入社:川島淳、古澤琢 1997年入社:勝田和宏、平石直之 1998年入社:小木逸平、小松靖(現在ニューヨーク支局勤務) 1999年入社:進藤潤耶、富川悠太 2000年入社:櫻井健介 2002年入社:吉野真治、清水俊輔 2003年入社:川松真一朗 2004年入社:佐々木亮太 2006年入社:加藤泰平 2007年入社:大西洋平、野上慎平 女性 1977年入社:宮嶋泰子 1985年入社:川瀬眞由美 1992年入社:岡田洋子 1993年入社:大下容子 1995年入社:下平さやか、高橋真紀子(夫は坪井直樹アナ) 1996年入社:萩野志保子 1998年入社:上山千穂、野村真季 1999年入社:武内絵美 2000年入社:石井希和、佐分千恵 2001年入社:河野明子、村上祐子(夫は西脇亨輔アナ) 2002年入社:松尾由美子 2003年入社:市川寛子、大木優紀、前田有紀 2004年入社:上宮菜々子、堂真理子 2005年入社:久保田直子、矢島悠子 2006年入社:島本真衣 2007年入社:小川彩佳 元アナウンサー(異動者・退職者) 異動したアナウンサー 男性 安西陽太(2001年、報道局記者) 石橋幸治(1974年、お客様フロント部) 国吉伸洋(1990年、報道局経済部記者) 高井正憲(1971年、番組審査室) 中丸徹(1999年、報道局社会部記者) 中村昭治(2005年、スポーツ局) 戸谷光照(1977年、報道局) 保坂正紀(1980年、広報部) 女性 岡田真由子(1992年、秘書課→編成制作局プロデューサー) 川北桃子(1997年、広報部) 木下智佳子(1986年、お客様フロント部) 佐藤紀子(1990年、人事部) 堀越むつ子(1973年、取締役広報局長) 龍円愛梨(1999年、報道局社会部記者) 退職したアナウンサー 男性 朝岡聡(1982年、フリーアナウンサー) 押阪忍(フリーアナウンサー) さとう一声(1970年、フリーアナウンサー・レポーター) 辻よしなり(1983年、フリーアナウンサー) 銅谷志朗(フリーアナウンサー) 奈良和 古舘伊知郎(1977年、フリーアナウンサー・タレント) 山崎正(1973年、仙台放送→中京テレビから移籍し、2004年1月頃に定年退職) 吉岡晋也(故人) 横舘英雄(岩手朝日テレビに出向) 女性 野崎由美子 西田百合子 日下千帆(フリー) 小林一枝(1974年) 小宮悦子(フリーアナウンサー・ニュースキャスター) 迫文代(フリーアナウンサー・タレント) 篠田潤子(1989年、フリーアナウンサー) 曽根かおる(1986年) 田中滋実(1989年) 田中真理子(1988年) 徳永有美(1998年、ウッチャンナンチャンの内村光良夫人) 中里雅子(1977年、フリーアナウンサー) 野村華苗(1994年) 廣瀬雅子 丸川珠代(1993年、参議院議員) 南美希子(1977年、フリーアナウンサー・タレント) 山口容子(1984年) 雪野智世(1986年、フリーアナウンサー・タレント) 吉元潤子(1996年) 渡辺由佳(1987年) アナウンサー以外で在籍した著名人 男性 神田秀一(皇室ジャーナリスト) 義田貴士 笠浩史(衆議院議員) 女性 白木清か(北海道日本ハムファイターズの金子誠夫人) 長島三奈(父は読売ジャイアンツ終身名誉監督の長嶋茂雄、兄はタレントの長嶋一茂) 源純夏 系列放送局等 系列放送局各社に関しては「ANN」及び「民間放送教育協会」を参照せよ。 2005年9月30日現在の株主 括弧内は、出資比率を示す。 株式会社朝日新聞社 (33.85%) 東映株式会社 (16.09%) 大日本印刷株式会社 (4.01%) 九州朝日放送株式会社 (3.20%) グループ会社 連結子会社 株式会社テイクシステムズ テレビ朝日映像株式会社 株式会社テレビ朝日クリエイト 株式会社テレビ朝日サービス 株式会社テレビ朝日ミュージック 株式会社ビデオ・パック・ニッポン TV Asahi America, Inc. 株式会社テレビ朝日データビジョン ほか合計14社(2005年9月30日現在) 持分法適用関連会社 株式会社シーエス・ワンテン 株式会社日本ケーブルテレビジョン 株式会社ビーエス朝日 株式会社文化工房 ほか合計8社(同) 支局 テレビ朝日甲府支局(山梨県を担当) テレビ朝日富山支局(北陸朝日放送富山営業支局と共同。富山県を担当) テレビ朝日鳥取支局(鳥取県東部・中部を担当) テレビ朝日米子支局(鳥取県西部及び島根県東部・隠岐を担当) 関連項目 リサーチQ 株式会社トレソーラ 財団法人民間放送教育協会 小学生クラス対抗30人31脚(本局はこの大会の主催スポンサー) SUPERヒーロータイム 大井競馬場(NETテレビ時代に実況中継を行う) 東京盃(1972年に「NET盃」として開催) テレ朝チャンネル(スカイパーフェクTV) 朝日ニュースター(スカイパーフェクTV) ドラえもん募金(大地震被災地等に送るチャリティー) 株式会社メディアミックス・ジャパン(MMJ) 株式会社テレテック 外部リンク tv asahi|テレビ朝日 テレビドラマ(TV Drama)は、フィクション(架空)の世界を描いた動画作品のうち主にテレビを媒体とするもの。テレビ番組の1つである。 目次 [非表示] 1 概要 2 歴史 2.1 撮影機材 2.2 出演者とスタッフ 3 日本のテレビドラマに対する意見 4 アメリカのテレビドラマ 5 韓国のテレビドラマ 6 2時間ドラマ 7 制作会社 8 系列ごとの番組 8.1 NHK 8.2 日本テレビ・ytv系列 8.3 TBSテレビ(KRT時代含む)・MBSテレビ系列 8.4 フジテレビ・関西テレビ系列 8.5 テレビ朝日(NET・ANB時代含む)・ABCテレビ系列 8.6 テレビ東京(東京12ch時代含む)・テレビ大阪系列 9 関連項目 [編集] 概要 1日を通してテレビドラマは放映されている。中でも午後8時〜10時台に放送されるテレビドラマは視聴率が高い、高視聴率帯で予算も高額で他の時間帯に比べ質も高いとされる。時の人気俳優や人気タレントも多く出演し、時の流行やファッション等多方面に渡り社会に大きな影響を及ぼす作品も少なくない。数あるテレビドラマの中でも特にフジテレビ系列で月曜日午後9時から放送されるテレビドラマは「月9(げつく、げっく)」、TBSで日曜日午後9時から放送されるテレビドラマ(日曜劇場)は「日9(にっく)」、日本テレビ系列で土曜日午後9時から放送されるテレビドラマ「土9(ドック)」と呼ばれ、高視聴率を記録した作品を数多く残している。これと同じようにテレビ朝日系列のテレビ朝日・朝日放送金曜9時枠の連続ドラマも「ドラマは金9」と銘打って枠をアピールしている(ただし2007年5月現在、高視聴率を記録した作品はない)。また、午前に放映されるテレビドラマの中でも、NHK総合テレビの連続テレビ小説は人気があり、特に女性俳優(女優)の登龍門といわれる。 子供番組としての30分程度のドラマも80年代までは比較的多く製作されていたが、現在ではNHK教育テレビでは、道徳教育ドラマを就学年齢の児童、生徒向けの学校放送や『中学生日記』の時間枠として放送している。またテレビ朝日では、日曜朝7時半から〜8時半までの1時間枠を「SUPERヒーロータイム」と称し、未就学児童をコア・ターゲットとしたいわゆる「特撮」ドラマを放送している。他に『まるまるちびまる子ちゃん』、『週刊赤川次郎』、『チョコミミ』といったドラマが現在製作されている。 古くから続いているテレビドラマではNHK大河ドラマがある。歴史ドラマを恒常的に毎週放映するのはNHKのみであり、民放は主にトレンディドラマを放映する傾向がある。 また日本テレビの「水曜ドラマ」や上記の「土曜ドラマ」では『光とともに…』・『14才の母』・『ハケンの品格』および『野ブタ。をプロデュース』・『女王の教室』・『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』などといった他局のドラマ枠では余り扱わなく異質でセンセーショナル的なドラマが製作され、それらのドラマ放送時では同クールの月9ドラマよりも高い視聴率を記録することがある。 [編集] 歴史 [編集] 撮影機材 1940年にテレビの実験放送で放送された『夕餉前』が日本初のテレビドラマとされ、1953年に本放送が始まってからのテレビドラマはしばらくは生放送で行なわれた。言わばテレビ局のスタジオの一角で行なわれる小規模な芝居の劇場中継である。ビデオは1956年にアメリカ合衆国で2インチのビデオテープが開発され、日本に初輸入されたのも国産のビデオが開発されたのも2年後の1958年だったことによる。その1958年にはKRT(現TBS)がフランキー堺主演の『私は貝になりたい』を放送した。その年の芸術祭に参加し、それまで「電気紙芝居」と酷評されたテレビドラマが初めて人を感動させたとしてテレビドラマ史上に残る名作と位置付けられているこのドラマは、技術的にもビデオ録画が導入された先駈けともなった。当初はビデオ機材もビデオテープも高価だったが、ビデオはやがて普及していき、ドラマも生放送から収録に変わっていった。1970年代までにビデオテープで収録されたテレビドラマの中には、原盤ビデオテープが別の番組撮影に使われ上書きされたことにより、映像が失われたものも少なくない。また、当初は撮影機材は大きく、カメラの感度は低く、照明を煌々と照らしたスタジオ内で演技するより他なく、屋外の情景はスタジオ内でのセットで再現した。どうしても屋外でのロケが必要な場合は、ビデオでの撮影を諦めて、映画フィルムで撮影することもあった。かつて多く制作されたいわゆるホームドラマはこうした技術的制約の苦肉の産物でもあった。NHKのドラマはNHKで全て制作していたのに対して、民放では1950年代から外部の制作会社が制作したテレビドラマを放送した。それらは当初「テレビ映画」とも称され、劇場映画を作ってきたスタッフが制作にあたり、撮影もフィルムで行なわれた。大手では、1959年には東映が出資したテレビ局NETで、1962年には新東宝を前身とする国際放映がTBSでテレビ映画の制作に進出している。特撮ものは合成などのノウハウが蓄積されているフィルムでの撮影が主となっていた。詳しくはテレビ映画を参照。 1970年代も半ばを過ぎると、これまでのビデオカメラのコストと技術的制約もなくなり、フィルムからビデオでの撮影に徐々に移行することとなった。フィルムが必要とする現像の手間以外だけでなく、ビデオ編集用の機材の発達と何よりもコストの問題で、映画会社系の制作会社もビデオ撮影を採用し始め、1990年代後半からフィルムで撮影されたドラマは激減。2000年代初頭には、刑事ドラマや時代劇もビデオ撮影に移行して、フィルム撮影はほぼ姿を消した。2005年現在、地上デジタル放送への移行期を迎えて、ビデオでの撮影もNTSCからハイビジョンで収録するものが増えつつある。そのため最近ではアナログ放送で放送する場合、NHKのドラマ全般(2005年4月〜)やテレビ朝日の木曜9時のドラマと金曜ナイトドラマは上下に少し黒帯の付く13:9のワイド画面で放送したりする。また日本テレビ(2005年7月〜)とTBS(2004年10月〜)やフジテレビ(2004年1月〜)などでは上下に若干黒帯が付く(ブラウン管テレビでは見えない)。テレビ朝日の木曜9時ドラマと金曜ナイトドラマ以外については両端をカットして放送しているためアナログ放送の画角4:3画面いっぱいで放送される。またフジテレビでは、アナログ向けとデジタル向けで別の収録テープに分けて放送している(画角に合わせてエンドロール等のテロップの位置を変えてある)そのため地方局での再放送や他系列放送の場合、機材の都合上ハイビジョン製作でも標準画質でしか放送できない。 [編集] 出演者とスタッフ ラジオ放送を行なっていたNHKと民放テレビ局は、ラジオドラマを制作するために自前の放送劇団を組織して専属の俳優を持っていた。テレビの草創期は芸能プロダクションが未発達だったこともあり、その初期はラジオ時代と同様にNHKが自前でタレントを養成して、ドラマやバラエティに出演させた。また、五社協定により映画会社所属の俳優のテレビ出演に制限があったため、新劇の俳優を多く使って来た。その後は、芸能プロダクションが隆盛。養成機関で演技の訓練を受けていないタレントがドラマに出演したり、人気俳優を抱えるプロダクションが、配役に影響力を及ぼすことも多い。 トレンディードラマ時代以降、出演する俳優・タレントは低年齢化傾向にある。その為に逆に演技力に疑問符のつく作品も見られるようになった。無理な脚本や現実にはありえない設定など、作品そのものの評価が低いケースもある。視聴者が若年層に偏る傾向にあり、かつてのように国民的な人気を博すドラマは出にくくなっている。ただし、80年代頃のドラマは主演アイドルファン以外に相手にされておらず、日本の実写映像自体が低く見られていたが、90年代以降、従来映像され得なかった設定や映像表現に他メディアの影響をとり入れた結果、ようやく使い物になったCG技術の導入の結果、若年層に映像として認知されるようになった。 一連の柴門ふみ原作ドラマに見られるように、人気コミックのドラマ化は以前から行われ、好評を博すケースもあったが、近年はことにその比率やヒット作の割合が多く、存在感を増している。人気漫画を原作にすれば、小説と比べても数の多い漫画のファン層の確実な視聴を望めるうえ、コミックの販売部数の増加も期待できるなどの相乗効果が指摘されているが、オリジナルドラマを軽視する傾向は、若手脚本家の育成につながらないとの指摘もあり、安易なコミック原作への依存には批判も多い。 最近では制作局のアナウンサーが出演することが多くなってきている。本業であるニュースキャスターやレポーターで本人役というケースもあれば、まったく違う役柄で出演することもある。この場合の大半は出演するアナウンサーがレギュラーを受け持つ情報番組でドラマ宣伝する意図もある。 [編集] 日本のテレビドラマに対する意見 修正依頼 この項目は、文章の表現が冗長(過剰)・執筆者の個人の主観での記述や批評・スタイルマニュアル通りでないレイアウト・エッセイ(随筆)的・コラム(評論)的である・不適当な翻訳、その他百科事典に適切でない内容の記述など、改善の余地があるため、修正・推敲を広く求めています。 商業的な問題 ItMedia「日本のドラマは論外 希薄なテレビ業界の意識」でアメリカ人プロデューサーでタレントのデーブ・スペクターは「米国に比べると日本のドラマは論外。演技も良くないし、ストーリーに工夫がない。アクションも白々しい。ドラマの質や現実感とは関係なく人気モデルなどを起用し、力のある芸能プロが売り込む俳優やタレントを使わざるを得ない業界構造がある。それでは本当にいいドラマは作れない」と言っている。「米ドラマは制作に潤沢な予算と時間をかけている。地上波放送やDVD化など先々の展開を考え、最高の脚本家とキャストを集め、完成度の高いドラマを作っている。当然おもしろくなるし、世界中で売れる」という。総じて日本のテレビドラマのレベルが低く、ドラマというよりはタレントやCDの宣伝になっている事を批判している。 ただし、この件について指摘する意見は目新しいものではない。基本的に日本の映像メディア全般が低予算で製作されており、世界に誇るアニメーションにしても実写よりも低予算で製作できるという条件で発展した状況がある。基本的に娯楽を低く見る国民性であり、放送局にしても文化的な映像メディアよりも低予算で視聴率が稼げるバラエティを志向するといった問題もある。また、日本の実写作品はアジア人が出ているというだけで視聴されないという状況もある為、(韓国や香港、台湾のドラマも同様)英語圏全体で商売可能(故に潤沢な予算をかける事も可能)なアメリカの状況は単純に比較の対象となりえない。また、前述の都合で英語圏では商売にならない日本のドラマも香港や台湾といったアジア各地では視聴されており、『ドク』や『西遊記』(フジ系)といったアジア市場を意図した作品も制作されている。 キー局の独自路線 最近のテレビドラマは、一時期一世を風靡した『トレンディドラマ』という路線からは離れて、キー局独自のイメージを持つ作品も増えてきた。07年の4月期から新設された、フジテレビ系列の土曜深夜枠(11:10PM〜)では、コミック原作の作品を選び、ティーン層からF2層を狙った『ライアーゲーム』や、同じく『ライフ』が放送されているが、いずれの作品も、2回目の視聴率が初回の数字を上回り視聴者層の獲得に成功した良い例となるだろう。また、日本テレビ系列が火曜日午後10時枠に設けたドラマ枠は、本来であれば2時間のドラマ枠だったところを、2つの時間帯に分割し、遅い時間帯をフジテレビと同じようにティーンからF2層を狙って作品を選択しているが、こちらはいま一つ数字に結びつかないでいる。 そして、ドラマ化された作品が、映画化されるケースもこのところの特徴の一つ。ドラマ化→映画化→ドラマ化という作り方や、単発ドラマ化→シリーズ(連続ドラマ)化→映像化など様々な形態はあるが、いずれもヒット予想を見込んで、あるいは映像化で更なる収入を得たいテレビ局の思惑も複雑に絡んでいる。テレビ各局にはそれぞれ映像化の専門部署があり、これらの折衝を行っている。 撮影場所 民放の連続ドラマの舞台・撮影されているところは一部刑事ドラマを除いてほとんどが撮影所・制作局が近い東京都・神奈川県で行なわれており、ある種の偏向放送との意見も多い。東京・神奈川以外の地域でロケハンした作品はほとんど単発の2時間ドラマが多く、連続ドラマだと北海道富良野市を舞台とした「北の国から」(フジテレビ)と沖縄県の離島を舞台とした「Dr.コトー診療所」(フジテレビ)、高知県土佐清水市を舞台とした「歌姫(TBS)」くらいである。山崎豊子原作の「白い巨塔」や「華麗なる一族」は大阪・神戸といったところが舞台だが、2000年代にリメイクした作品ではほとんどが東京で撮影されている。 [編集] アメリカのテレビドラマ 有名なものとしては以下のものがある スターゲイト ナイトライダー ビジター 大草原の小さな家 奥様は魔女 ER(アメリカの老舗医療ドラマ) ツインピークス Xファイル ダークエンジェル プリズン・ブレイク 24 -TWENTY FOUR- トゥルー・コーリング The O.C. トワイライトゾーン(ミステリーゾーン) アルフ チャームド CSI:科学捜査班 デスパレートな妻たち ベン・ケーシー アイ・ラブ・ルーシー LOST [編集] 韓国のテレビドラマ 韓国は世界一テレビドラマを見る国で、視聴率が80%を超えるドラマシリーズもある。韓国でチャンネル権を握るのは母親で、財閥系企業のCMが集中する韓国では銀幕のスターといった映画俳優の方がレベルが上で、ドラマにしかでない俳優は二流だと言われる。 有名なものは以下のものがある 秋の童話 春のワルツ 冬のソナタ 夏の香り チャングムの誓い ホテリアー オールイン 私の名前はキム・サムスン 屋根裏部屋の猫 朱蒙 (テレビドラマ) パリの恋人 (韓国ドラマ) 美しき日々 [編集] 2時間ドラマ 詳細は2時間ドラマを参照 [編集] 制作会社 ドリマックス・テレビジョン - 松竹の映画監督木下恵介が1964年に「木下恵介プロダクション」として創立。 テレビマンユニオン - TBS出身者が1970年に創立。 国際放映 - 前身は映画会社新東宝。 東映 - テレビ部門を持つ。テレビ朝日の株主でもあり、時代劇や特撮を得意とする。 共同テレビ - フジテレビの子会社。元はニュース専門制作会社だったが、バラエティやドラマにも進出した。 東宝-映画会社であるが、日本テレビの土曜ドラマの製作を行っている。(『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』など) C.A.L. - 時代劇を主とする。代表作は『水戸黄門』。 大映テレビ-1970年にTBS系列で放送した「赤いシリーズ」や1980年にTBS系列、フジテレビ系列放送した「少女シリーズ」(スチュワーデス物語、ヤヌスの鏡等)など代表作を生み出した。現在は殆どフジテレビとテレビ朝日の2時間ドラマなど製作に関わっている。 [編集] 系列ごとの番組 [編集] NHK NHK連続テレビ小説 中学生日記 銀河テレビ小説(現在終了) ドラマ新銀河(現在終了) 少年ドラマシリーズ(現在終了) 月曜ドラマシリーズ(現在終了) ドラマ10(現在終了) NHK水曜ドラマ(現在終了) ドラマ人間模様(現在終了) ドラマ家族模様(現在終了) NHKのよるドラ(現在終了) ドラマDモード(現在終了) ドラマ愛の詩(現在終了) NHK土曜ドラマ(土曜21時) NHK大河ドラマ(日曜20時) [編集] 日本テレビ・ytv系列 読売テレビ制作・朝の連続ドラマ(平日10:00〜10:25、現在終了) 月曜スター劇場(月曜21時、現在終了) 読売テレビ制作月曜10時枠連続ドラマ(現在終了) 日本テレビ火曜9時枠連続ドラマ(現在終了) 火曜劇場(火曜22時、現在終了) 日本テレビ火曜ドラマ(火曜22時、2007年4月から) 日本テレビ水曜8時枠連続ドラマ(現在終了) 日本テレビ水曜9時枠連続ドラマ(現在終了) 日本テレビ水曜ドラマ(水曜22時) 読売テレビ制作木曜9時枠連続ドラマ(現在終了) 読売テレビ制作月曜10時枠連続ドラマの前身 読売テレビ制作木曜10時枠連続ドラマ(現在終了) 日本テレビ金曜8時連続ドラマ(現在終了) 金曜劇場(金曜21時、現在終了) 現在放送中の日本テレビ水曜ドラマの前身 日本テレビ土曜ドラマ(土曜21時) 読売テレビ制作土曜10時枠連続ドラマ(現在終了) 読売テレビ制作月曜10時枠連続ドラマの前々身 日本テレビ日曜8時連続ドラマ(現在終了) 日本テレビ日曜9時連続ドラマ(現在終了) [編集] TBSテレビ(KRT時代含む)・MBSテレビ系列 ポーラテレビ小説(平日12:40〜13:00、現在終了) 愛の劇場(平日13:00〜13:30) MBS制作妻そして女シリーズ(平日13:30〜13:45、現在終了) CBC制作昼の連続ドラマ(平日13:45〜14:00、現在終了) MBS&CBCドラマ30(平日13:30〜14:00) ブラザー劇場(月曜19時30分、現在終了) ナショナル劇場(月曜20時) TBS月曜9時枠の連続ドラマ(現在終了) ドラマ23(月〜木曜23:00〜23:30、現在終了) TBS火曜8時枠の連続ドラマ(現在終了) TBS火曜9時枠の連続ドラマ(現在終了) TBS水曜8時枠の連続ドラマ(現在終了) TBS水曜劇場(水曜21時、現在終了) 水曜ドラマ(水曜21時、現在終了) MBS制作水曜10時枠の連続ドラマ(現在終了) TBS水曜10時枠の連続ドラマ(現在終了) TBS木曜8時枠の連続ドラマ(現在終了) TBS木曜9時枠の連続ドラマ 木曜座(木曜22時、現在終了) TBS木曜10時枠の連続ドラマ TBS金曜8時枠の連続ドラマ(現在終了) TBS金曜9時枠の連続ドラマ(現在終了) 金曜ドラマ(金曜22時) TBS土曜9時枠の連続ドラマ(現在終了) MBS制作土曜10時枠の連続ドラマ(現在終了) TBS土曜10時枠の連続ドラマ(現在終了) 日曜劇場(日曜21時) MBS制作JTドラマBOX(日曜23:00〜23:30、現在終了) [編集] フジテレビ・関西テレビ系列 妻たちの劇場(平日9:55〜10:25、現在終了) ライオン奥様劇場(平日13:00〜13:30、現在終了) 東海テレビ制作昼ドラマ(平日13:30〜14:00) フジテレビ月曜8時枠の連続ドラマ(現在終了) フジテレビ月曜9時枠の連続ドラマ(別名:「月9(ゲツク)」) 関西テレビ制作・月曜夜10時枠の連続ドラマ(現在終了) 現在放送中の関西テレビ制作・火曜夜10時枠の連続ドラマの前身 フジテレビ火曜8時枠の連続ドラマ(現在終了) フジテレビ火曜9時枠の連続ドラマ 関西テレビ制作・火曜夜10時枠の連続ドラマ フジテレビ水曜8時枠の連続ドラマ(現在終了) 平岩弓枝ドラマシリーズ(水曜21時、現在終了) フジテレビ水曜劇場(水曜21時、現在終了) 関西テレビ制作・水曜夜10時枠の連続ドラマ(現在終了) フジテレビ水曜10時枠の連続ドラマ(現在終了) フジテレビ木曜8時枠の連続ドラマ(現在終了) 木曜劇場(木曜22時) フジテレビ金曜劇場(金曜22時、現在終了) 現在放送中の木曜劇場の前身 土曜劇場(土曜21時、現在終了) 現在放送中の木曜劇場の前々身 ゴールデンドラマシリーズ(土曜22時、現在終了) 土曜ドラマ(土曜23:10〜23:55、2007年4月から) 関西テレビ制作・日曜夜9時枠の連続ドラマ(現在終了) 青春★ENERGY(現在終了) [編集] テレビ朝日(NET・ANB時代含む)・ABCテレビ系列 朝日放送制作月曜8時枠の連続ドラマ(現在終了) 月曜ドラマ・イン(月曜20時、現在終了) ポーラ名作劇場(月曜22時、現在終了) ネオドラマ(月〜木曜23:25〜23:55、現在終了) 朝日放送制作・火曜ドラマリーグ(火曜20時、現在終了) 朝日放送制作火曜9時枠の連続ドラマ(現在終了) テレビ朝日水曜21時枠刑事ドラマ 木曜ミステリー(木曜20時) ナショナルゴールデン劇場(木曜22時→木曜21時、現在終了) 現在放送中の木曜ドラマの前身 木曜ドラマ(木曜21時) テレビ朝日木曜10時枠の連続ドラマ(現在終了) テレビ朝日・朝日放送金曜9時枠の連続ドラマ(別名:「ドラマは、金9(キンク)」) 朝日放送制作金曜10時枠の連続ドラマ(現在終了) 金曜ナイトドラマ(金曜23時15分、探偵!ナイトスクープの地域もあり) サタデードラマ(土曜20時、現在終了) ウィークエンドドラマ(土曜25時10分、現在終了) 土曜ナイトドラマ(土曜23時、現在終了) 朝日放送土曜深夜ドラマ(土曜24:30〜25:00、関西ローカル) 土曜ミッドナイトドラマ(土曜25:25〜25:55、関東ローカル) SUPERヒーロータイム(日曜7:30〜8:30) テレビ朝日日曜8時連続ドラマ(現在終了) [編集] テレビ東京(東京12ch時代含む)・テレビ大阪系列 テレビ東京水曜8時枠の連続ドラマ(現在終了) ドラマ530 (月曜日、火曜日17:30〜18:00・2007年4月〜) 時代劇セガサミーシアター → テレビ東京金曜夜8時枠時代劇(金曜20時、セガサミーは1番組で撤退。) ドラマ24(金曜24時15分、一部地域除く) テレビ東京日曜9時連続ドラマ(現在終了) [編集] 関連項目 ウィキプロジェクト テレビドラマ ウィキポータル ドラマ 日本のテレビドラマ一覧 海外で放送された日本のドラマ アニメ・漫画のテレビドラマ化作品一覧 海外ドラマ 韓国ドラマ 海外ドラマ一覧 昼ドラマ 深夜ドラマ 政治ドラマ パイロット版 クリフハンガー 刑事ドラマ 手話ドラマ 学園ドラマ 特撮 学校放送 制作プロダクション テレビ映画 この「テレビドラマ」は、テレビ番組に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆、訂正などして下さる協力者 を求めています。(ポータル テレビ/ウィキプロジェクト 放送番組) カテゴリ: 修正依頼 | テレビドラマ | テレビ番組に関するスタブ 株式会社テレビ東京(テレビとうきょう、英称:TV TOKYO Corporation、東証:9411)は、関東広域圏を放送対象地域とする放送局である。通称はテレ東(テレとう)。コールサインのJOTX-TVからTXと略称する事や、旧局名・アナログ放送のチャンネルから12チャンネルなどと略する場合もある。 なお、同じ略称を使用するつくばエクスプレス(放送エリア内を運行)は当局とは関係ない。 親局(アナログ放送波)の周波数帯がVHFの放送局としては当局が日本国内で最後に開局した放送局であり、これ以降開局した国内の民放テレビ局はすべて親局がUHF帯で放送している。 目次 [非表示] 1 会社概要 2 略史 3 沿革 3.1 設立前 3.2 設立後 3.3 ネットワーク構築の歴史 3.4 ネットワーク拡大構想 4 スタジオ 4.1 虎ノ門本社 4.2 天王洲スタジオ 4.3 その他 5 主なテレビ番組 6 テレビ東京が得意とされる分野 6.1 バラエティ番組 6.2 報道番組(経済・企業情勢) 6.3 アニメ番組 6.3.1 深夜アニメ 6.4 旅番組・グルメ番組 6.5 隅田川花火大会 6.6 アダルト番組 6.7 音楽番組 6.7.1 “演歌のテレ東” 6.7.2 その他 7 テレビ東京が不得意とされる分野 7.1 ワイドショー 7.2 過去映像の処遇 7.3 地方局参加番組 7.4 ドラマ 7.5 平和関係番組 8 報道(緊急放送) 8.1 特別番組に切り替えず、通常番組を放送した事例 8.2 特別放送を実施した例 9 スポーツ中継 9.1 プロ野球中継 9.1.1 全日放送再開時→『戦国ナイター』 9.1.2 日本シリーズ中継 9.1.3 29年ぶりの日本シリーズ 9.1.4 29年ぶりの巨人戦中継 9.2 サッカー中継 9.3 格闘技中継 9.4 その他のスポーツ中継 10 テレビの時刻出し 11 オープニング・クロージング 12 ウォーターマーク 13 キャッチフレーズ 14 アナウンサー 15 元・アナウンサー 15.1 他部署に移動したアナウンサー 15.2 退社したアナウンサー 16 おもな在籍社員 16.1 現在 16.2 過去 17 グループ会社 17.1 連結子会社 17.2 持分法適用関連会社 18 大株主 19 主な送信所・中継局 19.1 デジタル放送(JOTX-DTV) 19.2 アナログ放送(JOTX-TV) 19.3 受信可能な地域 20 関東広域圏以外でのケーブルテレビ再送信局 21 情報カメラ設置ポイント 22 社史・記念誌 23 モーニング娘。との関係 24 脚注 25 関連項目 26 外部リンク [編集] 会社概要 株式会社テレビ東京 TV TOKYO Corporation 種類 株式会社 市場情報 東証1部 9411 略称 TX 本社所在地 105-8012 東京都港区虎ノ門4-3-12 電話番号 03-3432-1212 設立 1968年7月1日 業種 情報・通信業 事業内容 放送法に基づくテレビジョン放送 代表者 菅谷定彦(代表取締役会長) 島田昌幸(代表取締役社長) 資本金 89億10百万円 売上高 1,083億円(2006年度:単独) 1,197億円(2006年度:連結) 従業員数 669人(2006年4月1日現在) 決算期 3月31日 主要株主 日本経済新聞社、糸山英太郎など 主要子会社 テレビ東京制作、テレビ東京ミュージック他 外部リンク www.tv-tokyo.co.jp/ 社名 和文社名 - 株式会社テレビ東京 英文社名 - TV TOKYO Corporation 代表取締役社長 島田昌幸 本社・支社所在地 本社:東京都港区虎ノ門四丁目3番12号 (社屋の正式名称は「日経電波会館」。1985年12月12日に移転し、運用開始。) [編集] 略史 財団法人日本科学技術振興財団(以下「財団」)テレビ事業本部の番組制作を目的として設立された「株式会社東京12チャンネルプロダクション」(以下「東京12チャンネルプロダクション」)が、同財団から放送事業を譲り受けて発足したものである。 先に開局した教育番組専門局である日本教育テレビ(=NET:エヌ・イー・ティ→全国朝日放送→現・テレビ朝日)と異なり、旧東京12チャンネルは1964年に財団が母体となって設立された科学技術学園工業高等学校(現・科学技術学園高等学校)の授業放送をメインとして行う教育専門局(科学テレビ)として開局し、民放ながら広告を流さない放送局として運営された。しかし、それが故に慢性的な赤字を抱え、1966年4月に規模を大幅に縮小すると共に放送時間も午前10時〜11時30分の1時間半とゴールデンタイムと呼ばれる夕方5時〜夜9時の4時間の計5時間半(日曜日は後者の4時間)のみに短縮された。その後、「科学テレビ協力会」を母体とした「東京12チャンネルプロダクション」が設立され、1967年に日中と深夜の放送を再開した。この時、水面下では「財団のテレビ部門をNHKに譲渡する」「毎日放送が東京12チャンネルプロダクションを買収する」といった話が進められていたといわれるが、共に頓挫した。結局、1969年12月には再三にわたる財界からの要請を受ける形で、日本経済新聞社(日経)が東京12チャンネルプロダクションの経営に乗り出した。当時日経は日本教育テレビにも出資していたが、この時にこの出資分を朝日新聞社が買い取り、日経はその売却益を利用して東京12チャンネルプロダクションに出資するという形態を取った。 1973年10月に東京12チャンネルプロダクションの商号を変更した株式会社東京12チャンネルが放送事業を譲り受け、11月1日に総合放送局に移行した。この後、他のキー局の様に地方系列局を持っていないハンディを克服するため、近畿・中京圏の独立UHF放送局(兵庫県のサンテレビ、滋賀県のびわ湖放送、京都府の近畿放送〈現:京都放送、KBS京都〉、岐阜県の岐阜放送など)への番組販売を展開する様になる。なお、1969年10月から1975年3月までは大阪の毎日放送(MBS)と(その名残りで2007年現在でも同局が大株主に名を連ねている)、テレビ愛知が開局する1983年8月までは中京テレビ(CTV)とも提携関係にあった。また、関西地区ではその後もテレビ大阪が開局する1982年3月まで在阪準キー各局が番販購入の形で東京12チャンネルの番組をネットしていた事もある。 東京12チャンネル時代は、他局が午前6時台から放送開始している中、番組ソフトが不足していた事もあり、開局当初から1974年頃までは午前10時前(その後1977年9月頃までは9時からに繰り上げ)からと比較的遅い時間から放送開始していた。そのため、一部の新聞のテレビ欄では午前中の部分を広告欄に差し替えていた(1966年の放送時間縮小時はハーフ又はそれに準じるサイズに縮小されていた)。 1983年にテレビ大阪及びテレビ愛知と「メガTONネットワーク」を形成した。そして1989年(この年にテレビ北海道が開局)より名称をTXNに改め、現在では全国6局の系列局とネットワークを形成している。6局で日本の総世帯数の約7割(13都道府県とその周辺地域)をカバーしている(テレビ大阪とテレビ愛知は府・県域局のため、在阪・在名の広域4局ずつと比較して親局の出力も低く抑えられており、且つ視聴可能エリアが狭い他、テレビ北海道・テレビせとうち・TVQ九州放送では放送エリア内でも一部で難視聴や受信不可能な地域がある。)。 また、独立UHF放送局を始めとする系列外の放送局への番販も行われているが、最近はケーブルテレビ局でのTXN系区域外再送信の増加やBSジャパンの開局により番販取り引きが減少傾向である。このため、番販取り引きを少しでも増やそうとTXN系列局が34府県(今後の展開次第では29県に)のケーブルテレビ局に対して区域外再送信を許可しないケースも出て来ている。しかし、日本シリーズなどの生放送番組は番販購入している系列外で生放送をネットできず、放送されなかったり、或いは録画放送となるが、日本シリーズの場合はNHK-BS1でも同時中継されており、地上波で生中継を視聴できない地域にも配慮されている。また、ケーブルテレビ局が直接TXN系列の番組を購入し、自主放送チャンネルで番組を流している場合もあるが、こういったケースは極めて稀である。 1991年4月にTXN九州(現・TVQ九州放送)が開局して以降、当局の業績が低迷したために系列放送局の新規開局を行っていない。これは、敢えて自前で系列新局を開局させるよりも既存の地方局への番販で収入を得た方が適当との判断による。また、BSデジタル放送局のBSジャパンやAT-X、日経CNBCといった関連局が開局した事により、全国展開は完了したとの判断が一時なされた(但し、その際、プロ野球やJリーグ取材のために宮城県・静岡県・広島県に常駐取材拠点を置きたいという希望を表明していた。) 。 2004年8月5日に東京証券取引所市場第1部に在京キー局のテレビ局としては最後(5番目)の株式上場を果たした(証券コード:9411)。初値は公開価格2,900円を上回る3,350円だった。 他の在京キー4局に比べて全体の視聴率が振るわない割には扱う分野が明確であり、ターゲットを絞った(60代以上の主婦層、アニメファン、個人投資家、ファッション好き、旅行好き、釣り好き、レース好きなど)番組編成から、「視聴率は最下位で、固定客数は最上位」と評されている。この様な特定層に向けた番組編成は、スポンサーにとって広告波及効果が高いと評価され、1990年代後半からは他局も追随する様になった(TBS系の「王様のブランチ」など)。また、「視聴率無関係」の編成傾向や経済番組の多さ(後述)から、時折「民放のNHK」と称される事もある(過去にはNHKの番組を購入して放送した事もある。1970〜90年代には多少意味合いは異なるもののTBSがこう呼ばれていた。)。現在は、年4回の改編期における番組の改編率が高く、大幅に変更される。 最近では、『いい旅・夢気分』や『土曜スペシャル』などサラリーマンや中高年層を主力とする番組で他の在京キー局と遜色のない視聴率を上げる番組が増えており、他の在京キー局のOLや若年層を主力とした裏番組を放送時間帯の移動や打ち切りに追い込む事もあるが、主軸コンテンツのアニメ番組は全般に低落傾向にあり(他局も同様)、その他の番組でもリニューアルや枠移転などを繰り返して全体平均視聴率の向上に努めているが、今でも目立った実績は挙げていない。なお、TXNの番組の打ち切りは、契約上の関係から不祥事などを除き行っていない。 [編集] 沿革 [編集] 設立前 1964年(昭和39年)4月12日 - 科学技術学園工業高等学校が開校し、授業放送(科学テレビ)を開始。 午前11時30分よりテストパターンにベートーベンの交響曲第9番「合唱」の第4楽章全曲の音声を流し、局名が「東京12チャンネル」という事もあって、正午から放送開始した。当初は朝日新聞ニュースも放送していた。 1968年(昭和43年)3月28日 - カラー放送を開始(東京地区では5番目)。 [編集] 設立後 1968年(昭和43年)7月1日 - 株式会社東京12チャンネルプロダクションを設立(この年月日が株式会社としての創立日とされている)。 1969年(昭和44年)10月27日 - 株式会社日本経済新聞社が財団法人日本科学技術振興財団テレビ事業本部の運営を引き受ける。 1969年(昭和44年)11月1日 - 株式会社東京12チャンネルプロダクション増資(資本金10億円→20億円)。 (株式会社日本経済新聞社6億円・日本生命グループ4億円。なお日本生命グループは翌1970年7月に資本を引き上げる。) 1973年(昭和48年)10月 - 商号を株式会社東京12チャンネルに変更。財団法人日本科学技術振興財団から放送事業を譲り受ける。 1973年(昭和48年)11月1日 - 総合放送局に移行。 1978年(昭和53年)12月25日 - 標準テレビジョン音声多重放送を開始。 2か国語放送第1号は「音声多重放送開始の案内」。ステレオ放送第1号は同日からスタートした「パイオニア・ステレオ音楽館」(番組開始当初からCMもステレオ音声)。 1981年(昭和56年)10月1日 - 商号を株式会社テレビ東京に変更。 1983年(昭和58年)2月 - 最新鋭の自動番組制御装置(APS-U、NEC製)のマスターが完成、更新。 1985年(昭和60年)12月12日 - 虎ノ門の現社屋に移転。同時に芝公園の旧社屋はテレビ東京スタジオセンター(芝公園スタジオ、後の東京タワー芝公園スタジオ)となる。マスター移転は放送を続行しながら行ったという。 1989年(平成元年)4月1日 - ネットワーク名を「TXN」に変更、同時にTXを正式に略称とする。 1996年(平成8年)10月1日 - 標準テレビジョンデータ多重放送(ITビジョン)を開始(〜2003年12月26日)。 1997年(平成9年)12月 - CS有料放送「アニメシアター・エックス(AT-X)」放送開始。 1998年(平成10年)10月1日 - 開局35周年を機にロゴマークを一新。 1999年(平成11年)12月12日 - 天王洲スタジオの運用開始。 2000年(平成12年)6月 - 子会社エー・ティ・エックスを設立し、AT-X事業を譲渡。 2000年(平成12年)12月1日 - BSデジタル放送局「BSジャパン」開局。 地上波放送番組のうち、ニュースなどの生放送番組や一部のバラエティ番組などがハイビジョンで放送される様になる。 2003年(平成15年)6月25日 - 英文社名をTelevision Tokyo Channel 12,Ltd.からTV TOKYO Corporationに変更。 2003年(平成15年)12月1日 - 地上デジタルテレビジョン放送の本放送を開始。 2004年(平成16年)3月22日 - デジタル・アナログ統合マスター(NEC製)の運用開始。 これにより地上デジタルテレビジョン放送もハイビジョンで放送される様になった(それ以前はほぼすべての時間帯が4:3標準画面のアップコンバートによる放送で、ハイビジョン映像はBSジャパンでしか視聴できなかった。)。また、提供クレジットの文字フォントもBSジャパンと同じ仕様に変更された。 2005年(平成17年)12月12日 - 公式アニメサイトを「アニメエクスプレス」から「あにてれ」へリニューアル(公式では同日12時12分12秒頃に行ったと発表)。ドメインも分け、総合アニメサイトを目指す。 2006年(平成18年)4月1日 - 地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。 2006年(平成18年)5月7日 - 東京ドームでの巨人主催試合を開局以来初めて中継した(対ヤクルト戦)。 2007年(平成19年)5月31日 - この日行われた定例会見で、菅谷定彦社長(現:会長)が2011年7月24日の地上デジタル放送全面移行後のネットワーク拡大構想を明らかにした(詳細) 2007年(平成19年)7月7日 - 初めて「テレビ東京ネットワーク七夕祭り」が放送される。2011年までの5年間(予定)で特別番組を放送し、テレビ東京のリモコンキーIDである「7」をPRする。 [編集] ネットワーク構築の歴史 1969年10月1日 - 毎日放送・中京テレビとネットを構築。 ※番組制作会社「東京12チャンネルプロダクション」が設立された事により初めて構築できた。因みに、日本科学技術振興財団テレビ事業本部のみの時代は関東広域独立局という位置付けであった。 1973年11月1日 - 東京12チャンネルが民間放送として開局し、同局がキー局となる。 1975年3月31日 - 朝日放送との腸捻転解消により毎日放送とのネットを解消。近畿放送・サンテレビとネットを組む。 1982年3月1日 - 初の系列局テレビ大阪が開局。近畿放送・サンテレビジョンから移行(大阪府のみ)。 1983年9月1日 - テレビ愛知が開局。中京テレビ放送から移行(愛知県のみ)。メガTONネットワーク(現:TXN)が成立。 1985年10月1日 - 初の地方マストバイ局であるテレビせとうちが開局。 1989年10月1日 - テレビ北海道が開局。 1991年4月1日 - TVQ九州放送(当時:ティー・エックス・エヌ九州)が開局し、TXNの日本縦貫ネットワークが完成。 [編集] ネットワーク拡大構想 この節には、予定されている事象が含まれています。性急な編集をせず事実を確認の上投稿してください。 先述の2007年5月31日での菅谷社長(当時)の定例会見に於いて、以下の構想が発表された。 宮城県・広島県への系列局新局開局 静岡県への系列局新規開局もしくはテレビ愛知の放送エリア拡大 テレビ大阪の放送エリアを現在の大阪府域から京都府・兵庫県に拡大(テレビ大阪の項も参照) 本格的な地デジ時代を睨んだ戦略ではあると言えるが、既存局からの抵抗も予想され(特にテレビ大阪に関しては開局計画時の広域局構想が特に独立UHF局からの猛反対で頓挫した経緯がある)、実現には紆余曲折が予想される(参考記事 n:テレビ東京、完全デジタル化をにらみ新局開局構想を明らかに)。 [編集] スタジオ [編集] 虎ノ門本社 第1スタジオ(200坪) - 日本作詩大賞(11月最終日曜日)、ペット大集合!ポチたま 第2スタジオ(140坪) - 朝はビタミン!、おはスタ、レディス4、ワールドビジネスサテライト土曜版 ※かつては、「ギルガメッシュないと」や「平成女学園」も収録されていた。 第3スタジオ(70坪) - 速ホゥ!、ワールドビジネスサテライト、メガスポ!、こちらけいざい編集長(BSジャパン) 第4スタジオ(35坪) - ニュースモーニングサテライト、Opening Bell、NEWS MARKET 11、Closing Bell、ニュースブレイク、TXNニュース 基本的に第1・2スタジオが汎用スタジオとして使われ、第1はパッケージが中心、第2は平日の帯番組や小規模収録番組が中心の運用となっている。また報道局に隣接する格好の第3・4スタジオは報道番組が中心の運用となっている。なお、以前の第3スタジオでは情報系番組の生放送や収録が行われていた事もあった。そして第4スタジオは運用開始当初報道局側に壁のないオープンスタイルだったが、諸事情により現在は完全密閉型のスタジオへ改装された。また、当初サブを持たず、第3副調整室(3サブ)が第3スタジオと第4スタジオを駆動する形式だった。その後一旦第4副調整室(4サブ)が整備されるも報道フロアが手狭になった事から4サブを廃止・撤収し、再び3サブで3スタと4スタを駆動する形に改められた。なお、3サブ内にはCG制作室が併設され、4サブは報道VTR編集室に改装されている。いずれのスタジオもハイビジョン対応で、SD(従来の標準画質)収録番組も混在している。因みに、地上デジタル放送開始前の2003年6月の時点でも既に全番組の3割がハイビジョンで制作されている。 なお、虎ノ門本社の全スタジオのハイビジョン対応化は2000年12月開局のBSジャパンでも地上波番組をハイビジョンで放送するために他の在京キー局に先駆けて整備したものであり、その後の地上デジタル放送にも対応している。下記の天王洲スタジオも同様である。 [編集] 天王洲スタジオ 東京都品川区東品川一丁目3番3号 2つのスタジオがあり、1999年12月12日の運用開始当初からハイビジョンに対応している。バラエティでは、『ハロー!モーニング。』などのゲストの多い公開番組の収録や生放送を行っている他、他局への貸し出しも行っている。 同スタジオと同じ敷地内にマンション「てれとハイム」が併設されており、「職住接近」の環境ができ上がっている。しかし、実際ここに居を構える当局の社員は数える程とも言われている。 なお、建物自体は関連会社の「テレビ東京建物」が管理している。 天王洲1スタジオ(250坪) - ハロー!モーニング。、開運!なんでも鑑定団、徳光&コロッケの“名曲の時間です”など 天王洲2スタジオ(150坪) - 出没!アド街ック天国など [編集] その他 ロケーション番組となっている『いい旅・夢気分』『元祖!でぶや』『美の巨人たち』『ハロモニ@』も全編ハイビジョン制作となっている。 かつての本社屋である「芝公園スタジオ」は、現在は日本電波塔(東京タワーの運営会社)が管理し、関連会社テクノマックスが運営している。運営会社は変わったが、同社の番組は今でも多く制作されている。なお、芝公園スタジオの建物自体はもともと日本電波塔の所有物であり、同所をテレビ東京が賃借して使用していた。詳細は「芝公園スタジオ」の項を参照のこと。 送出マスターは虎ノ門本社にあり、地上デジタル・アナログ統合マスターがある他、BSデジタル放送局・BSジャパンの送出マスター設備も同じ虎ノ門本社にある。 [編集] 主なテレビ番組 テレビ東京番組一覧を参照 [編集] テレビ東京が得意とされる分野 他局が手を付けていない、特定の視聴層を狙い撃ちする様な番組編成を得意とする。 [編集] バラエティ番組 『TVチャンピオン』『TVチャンピオン2』『開運!なんでも鑑定団』『出没!アド街ック天国』の様な長期人気番組の共通点として、今までに誰も注目しなかった、もしくは注目が集まったとしても価値があるかどうか不確かなものに対してスポットをあてて番組を成り立たせた事がある。これは、東京12チャンネルとしての総合編成を開始した時期からの伝統とも言える。 番組制作予算やセットなど、全体的に小ぶりなものが多くなるため、アイデア勝負にならざるを得ない同局の得意技と言って良い。『TVチャンピオン』に於ける「大食い」や『なんでも鑑定団』に於ける「お宝」は、どちらも全国的ブームを呼び起こした。しかし、ブームになった後で他局による豪華な仕様で後追いされてしまい、結局コンセプトを奪われがちになる事も多い。他局が視聴率などを理由に早期に撤退する中で同じテーマの番組を放映し続けた結果、「大食い」「お宝」共に定着化され、長寿番組化している事は、現在の視聴率至上主義に対するアンチテーゼとして注目できる。最近では『GARO-牙狼-』『ライオン丸G』など個性的な特撮番組が深夜に放送されている。 1970年代後半から1980年代半ばにかけては、意欲的なバラエティ番組もいくつか制作された。以下に当時の主な番組名と簡単な内容を挙げる。 『三波伸介の凸凹大学校』(1977年〜1982年) 水曜日の夜に放送した。三波伸介が司会を務めた。イラストを描いて、それが何かを当てる「エスチャー」というコーナーで、元ずうとるびの江藤博利が「画風の奇抜さ」で人気を得た。 『タモリの突撃ナマ放送』 日曜日の正午にスタジオアルタからフジテレビ以外で初めてレギュラー生放送された1時間の番組だった。司会はタモリが『笑っていいとも!』を始める直前に担当していた。スタジオメインの番組(番組構成は現在の『アッコにおまかせ!』〈TBS系〉に近い)。 『ザ・買物ゲーム』 日曜日の正午にスタジオアルタから1時間生放送で、「タモリの突撃ナマ放送」の後継番組だった。複数のタレントチームが品物の値段を当てるクイズなどに挑戦する(番組コンセプトは『目方でドーン!』〈日本テレビ系〉や『100万円クイズハンター』〈テレビ朝日系〉に近い内容)。 『もんもんドラエティ』 木曜日の夜に放送した。ドラマとバラエティを1つの番組枠に収めたもので、山田邦子などが出演された。手塚眞のショートホラードラマが注目を集めた。 『所ジョージのドバドバ大爆弾』 木曜日の夜に放送した。いわゆる「視聴者参加番組」で、関東各地のホールからの公開生放送を行っていた。 『E子のランチタイム』(1986年〜1989年) 土曜日の昼間に生放送した。大島さと子らが司会を務めた。『OH!エルくらぶ』(テレビ朝日系)や『王様のブランチ』(TBS系)の源流となったとも言える。週休2日制が定着し始めた頃の週末情報番組だった。 『テレビあっとランダム』 土曜日の夜に放送した。関口宏が司会を務めた。軽い話題をVTRにまとめ、それを見ながらゲストとトークする生番組だった。 『徳光のTVコロンブス』 土曜日の夜に放送した。「テレビあっとランダム」の後継番組。終了後は『徳光和夫の情報スピリッツ』に衣替えした。 [編集] 報道番組(経済・企業情勢) 日本経済新聞との資本関係を活かし、経済・企業情勢に関する番組が全国ネット・ローカル番組を問わず多い。中でも、『ワールドビジネスサテライト(通称WBS)』は経済ニュース番組の大御所として長く君臨している。 平日早朝の『ニュースモーニングサテライト』は、米国の各証券取引所の取り引きが終了した直後の状況を生中継で放送している。他局も一般ニュースとして伝えてはいるが、各取引所(NASDAQやNYSEなど)の個別の銘柄についてコメントするのは他局も含めてこの番組だけである。解説は日本語の堪能な現地証券会社アナリストや日本の証券系企業の現地法人アナリストなどが担当する。米国の市場動性に敏感な機関投資家及び運用担当、個人投資家などを主な視聴者層としている。 平日昼間の8:45〜(Opening Bell)・11:00〜(NEWS MARKET 11)・15:30〜(Closing Bell)には株式ニュースを流している(これらの番組はBSジャパンでも同時放送を行っている)。 これらの番組は、WBSを除き東京株式市場が休止する祝日や振替休日には放送されず、特別番組が放送される。朝と昼前は代替としてTXNニュースが放送される。 また、ドキュメンタリー番組も社会や企業の上層部の視座に立った番組が多い(日経スペシャル ガイアの夜明けやソロモン流など)。また、これらの番組は日経CNBCにもネットしている。 当局のアナウンサーは、こうした番組で鍛えられているせいか経済・企業情勢で一家言持つ者も多い。 [編集] アニメ番組 当局は、アニメを重視する局としても認知されている。現在キー局中でアニメの放送本数が最も多い。首都圏民放キー局で放送されるアニメ全作品のうち半数以上が同局の放送というデータもある(参考記事)。 但し、自社発注のテレビアニメは1974年の『ダメおやじ』が1作目であり、他局に比べるとその歴史は比較的浅い(それ以前は外国アニメや民放他局のアニメの再放送を行っていた)。その後も、東京12チャンネル時代の自社発注のテレビアニメは主にナック制作による異色の作品を1年に1〜2本放送する程度だった(『ドン・チャック物語』〈1975年〜1978年〉、『まんが猿飛佐助』〈1979年〜1980年〉など)。この時点ではまだ同局のテレビアニメは必ずしもメジャーな存在ではなかった。 社名変更後、次第に自社発注のテレビアニメの作品数が増え、1980年代後半以降は自社発注のテレビアニメ中心の放送となり、今日の様な評価を受ける様になった(但し、この時点でも民放他局のアニメの再放送枠が平日朝や午後6時台に存在していた。)。特にキャプテン翼(1983年〜1986年)や『ミスター味っ子』(1987年〜1989年)、そして他局の歴史的作品のリメイクながら楽しいムーミン一家(1990年〜1992年)などは、関東地区は基より系列局のある地域のみならず、系列局のない地域も含めて全国的に広く人気を集めた。 当局を代表する作品でもあるアニメ・ポケットモンスターを筆頭に、低年齢児童・少年少女向けのアニメから『新世紀エヴァンゲリオン』の様にアニメファン向け、ネギま!?やギャラクシーエンジェルシリーズなどの様ないわゆる「萌えアニメ」など幅広い視聴者層に対応できる様に編成され、これら作品群の放送にまつわる話題も事欠かない。これらのアニメ作品は、最盛期である1990年代前半は視聴率10%台の番組も多数存在し、当局の土台を支え、収益の増加にもつながった。また、かつてはテレビアニメとしてマンガ日本経済入門やラブひなを午後10時台に放送した事があったが、共に確たる実績を挙げられなかった。 21世紀に入ってからは、主たる視聴者である小学生・中学生の部活や塾通いの他、録画視聴習慣の定着、さらには少子化などの影響などによりアニメ全体の平均視聴率も低迷の傾向を見せ始め、特に子供向けアニメのゴールデンタイムと言える平日18時台のアニメ番組の視聴率へ与える影響は大きく、以前程には高いものではなくなって来た。これらの影響を受けて、TXNでは2006年4月から従来の平日18時台のアニメ枠を30分ずつ前倒し、17:30〜18:30に変更し(通称『アニメ530』枠)、同時に空いた18:30〜19:00枠を近年関係を強めている吉本興業との共同制作のバラエティ番組(通称『スキバラ』枠)を新設するという大改編を行った。アニメ枠の移動が話題となって注目されていたが、現在でも同枠全体の視聴率低下に歯止めがかからない状態が続いている。それを踏まえて、アニメの本数が増えすぎて1つの壁にぶつかっている現状を打開しようと、翌2007年4月より『アニメ530』枠のうち17:30〜18:00枠を『ドラマ530』として放送している。 また、2000年代に入って多くの学校で週5日制が導入された事に伴い、週末午前帯のアニメ枠も強化されている。先述の『アニメ530』枠の苦戦とは対照的に、こちらは堅調であり、特に土曜朝8時(テレビ愛知制作)枠は作品に関わる各社による枠争奪戦が勃発するにまで至っている。[要出典] [編集] 深夜アニメ テレ東アニメのもう1つの側面として、深夜に放送される数々の作品群(いわゆる深夜アニメ)が豊富である事が挙げられる。キー局の深夜アニメ隆盛を促すきっかけとなった『エルフを狩るモノたち』を放送してから約10年、テレ東の深夜アニメは常に話題作を放送し続け、現在でも同局の深夜枠の中核を担っている。その影響は大きく、通常放送開始時間が変動するのが通例である深夜枠でも、かつてはアニメは原則として放送開始時間が固定されていた程である。 但し、毎年6月初旬に全仏オープンテニスを中継するため、必ず時間変更や休止が発生している(かつては平日も系列局6局ネットだったが、近年平日についてはテレビ東京のみで、週末のみ全国ネットとなっている。)。また、2005年頃からTXN全局を挙げてのスポーツ中継やバラエティ番組を拡大放送する様になって来たため、放送時間を変更する事も多くなって来ている(主に月・土曜日が15〜30分、火・日曜日が6〜12分、水曜日が6〜30分程度繰り下げて放送する時がある。なお、1度だけ3時間繰り下がった事があった。)。 選挙・災害報道などで特別編成が行われる場合でも、アニメの放送時間だけはできるだけ変更しないなど、アニメに対しては手厚い配慮を行っている。その理由は、アニメーションの制作会社(近年ではテレビ局も含めた制作委員会)がテレビ放送のために広告料を支払っているからである。 地上デジタル放送ではハイビジョン制作(アナログ放送では画面比16:9のレターボックスサイズ)による深夜アニメも、2007年4月改編で開始された作品より実施されている(『史上最強の弟子ケンイチ』を除く)。 ※TXNで放送したアニメ番組の個々の詳細については「テレビ東京系アニメ一覧」、或いは「Category:テレビ東京系アニメ」を参照の事。 ※個々の深夜アニメの概要については、それぞれの作品の項を参照の事。 [編集] 旅番組・グルメ番組 当局は、旅番組やグルメ番組が多いのも特色のひとつである。 旅番組は当局の番組編成の根幹を成す分野で、定番の温泉旅行から珍道中もの、さらにはクイズやゲームなどの企画を織り交ぜたものまで多様にあるため、「テレビ東京=旅番組」と真っ先に思い付く視聴者(主に母娘など)が多い(旅番組に母親と出演した経験のある北野誠はスタッフの対応が良いと評価している)[1]。 ドライブや釣りなどのアウトドア番組も、他のキー局と比べて多い。特に釣り番組はシマノ(本社:大阪)提供の「釣りロマンを求めて」とダイワ精工(同・東京)提供でテレビ大阪制作の「THE フィッシング」という長寿でなお且つ日本最大級の釣具メーカーが提供している番組(共に土曜日)を放送しており、ファンの間では人気がある(スポンサーと番組制作局の所在地が反対であるという点も興味深い)。 東京12チャンネル時代には、「われら釣り天狗」という番組も存在した。 [編集] 隅田川花火大会 毎年7月下旬に隅田川花火大会の模様を生中継している(関東ローカル)。 なお、東京都内で行われる花火大会は、これまで大江戸花火まつり(フジテレビ)や東京湾大華火祭(テレビ朝日)なども中継していたが、両局が視聴率低迷や予算の関係で撤退していく中、隅田川だけは現在も唯一テレビで生中継されている。 [編集] アダルト番組 近年は、いわゆるお色気番組をあまり放送していない(土曜深夜の『やりすぎコージー』で稀にお色気シーンが見られる事もある)。しかし、歴史的にはこのジャンルと縁が深かった。 このジャンルとの縁は、1969年の『プレイガール』と翌1970年の『ハレンチ学園』に始まる。前者は女性(美女)だけの探偵事務所を扱ったアクションドラマ、後者は永井豪の同名の漫画を基にした学園ドラマ(但し内容は原作と異なる箇所が多い)だが、両者も当時としてはセクシーな内容が多かった。前者は月曜、後者は木曜の夜で裏番組との競合が激しかったが、視聴率も健闘した。 1975年〜1985年には土曜深夜のお色気情報番組『独占!おとなの時間』が放送されていた。日本テレビの『11PM』など他局の同ジャンル番組より過激な内容で人気を集めた。他にも若干深夜にお色気番組や風俗系のCMを放送したり、映画『エマニエル夫人』の放送や『金曜スペシャル』枠で時々お色気ネタを扱うなどの例もある(『金曜スペシャル』は夜9時台の放送で大胆なエロスの企画もあり、子を持つ親が手を焼く番組だった。)。 1980年代前半にはお色気を交えた学園ものアニメ『まいっちんぐマチコ先生』も放送された。 しかし、1985年頃から当時の郵政省(現・総務省)が低俗な番組に対してクレームを入れ始め、また当時民放連の会長を務めていた中川順社長(当時)への批判も相次いだ。その事もあってか、1980年代後半になるとお色気番組は一掃された。 1990年代に入って、深夜放送が充実して来ると、『平成女学園』や『ギルガメッシュないと』など過激なお色気番組を深夜に放送する様になった。 しかし、深夜以外の時間帯にはお色気番組がない傾向は続き(様々なサブカルチャーを扱う一環として、性的にきわどいトピックスも取り上げた『浅草橋ヤング洋品店』程度)、また深夜を含めて風俗系のCMは放送されない状態が続いていた。 2000年代には深夜のお色気番組が一掃され、絶滅したかに思われたが、2002年よりお笑いコンビの中川家を起用した『人妻温泉』が『Gパラダイス』枠でスタートし、高視聴率を獲得した。ファッションヘルス・デリバリーヘルス・アダルトビデオなどでも番組タイトルを模した店や冠した作品が続出し、現代につながる熟女ブームの先駆けとなった。 [編集] 音楽番組 [編集] “演歌のテレ東” 演歌と言えば、NHKという意見が今でも多いかもしれないが、実際には当局の方が番組数も多く、歴史ある番組も多い。 開局以来、1989年3月までの25年間にわたって放送され、現在は夏祭り(7月第1金曜日)と年忘れ(大晦日)に放送している『にっぽんの歌』、そして1978年10月から2000年9月まで22年間放送され、大正製薬の一社提供番組としてもおなじみだった『演歌の花道』は、「演歌といえばテレビ東京」という地位を確固たるものにした。この関連で、東海林太郎や伊藤久男、霧島昇、小唄勝太郎ら往年の名歌手の貴重なカラー映像が多数残される事となった。 なお、現在では『夏祭りにっぽんの歌』『年忘れにっぽんの歌』(BSジャパンでも同時放送)の他、春と秋の番組改編期前後に放送される『昭和歌謡大全集』『名曲ベストヒット歌謡』、テレビ東京だけでの放送となるが、不定期で放送されている『徳光和夫の歌謡スペシャル』、11月最終日曜日の『日曜ビッグバラエティ』枠で年末の賞取りレースの1つとして放送され、演歌の育成を目的としている『日本作詩大賞』がその役割を果たしており、どの番組も安定した人気を獲得している。 過去には、『歌のヒットステージ』や『歌って最高!』という番組も存在していた。 [編集] その他 社名が「東京12チャンネル」から「テレビ東京」へと移っていく時期に放送されていた音楽番組としては、『ヤンヤン歌うスタジオ』(1977年〜1987年)やシブがき隊と少年隊が司会を務めた『ザ・ヤングベストテン』(1981年〜1982年)→『レッツGOアイドル』などが挙げられる。 駆け出しのジャニーズタレント応援番組の歴史が古くからあり、『愛ラブSMAP』(1991年10月〜1996年3月)、『愛LOVEジュニア』(1996年3月〜1998年9月)などを放送していた。また、古くは当時のジャニーズ1グループが総出演しているドラマなども放送していた。 1990年代に一時的に当局からジャニーズ番組が消滅したが、現在は文字通りYa-Ya-yahがメインで出演する『Ya-Ya-yah』(2003年1月〜)や関ジャニ∞がメイン出演の『おもてなし音楽バラエティ むちゃ∞ブリ!』(スポパラ枠)を放送している。 また、音楽については、オーディション番組『ASAYAN』を通じてモーニング娘。、鈴木あみ(現・鈴木亜美)、CHEMISTRY、dosらを輩出した(2007年10月20日から土曜深夜で『ITSUZAI 〜イツザイ〜』が放送開始する)。ゴールデンタイムに邦楽系番組は2007年10月現在皆無だが、日曜夜帯では『みゅーじん』、深夜枠では『JAPAN COUNTDOWN』、『音時間』、ヒップホップ系アーティストを紹介する『流派-R』、ロック派のための『ROCK FUJIYAMA』などの他、月1で『月刊Melodix!』が放送されている。 他にも過去(1980年代)には他局があまり目を付けなかった「ニューミュージック」や「ロック」に視点を据えた番組として『TOKIOロックTV』なども存在していた。 テレビ朝日の長寿番組『題名のない音楽会』は、『ゴールデンポップスコンサート』というタイトルで1964年8月に東京12チャンネルから始まったが、局の放送編成諸方針の変更により1966年4月にNETへ移管された。 [編集] テレビ東京が不得意とされる分野 [編集] ワイドショー 他局が手掛ける、いわゆる「報道系・芸能系ワイドショー」の様な情報番組を苦手としている(サロントーク型ワイドショーとしては『レディス4』がある)。 1970年〜1975年には『奥さん!2時です』を毎日放送と共同制作していたが(月・水・金は毎日放送制作、火・木は東京12チャンネル制作)、1975年に毎日放送のネットチェンジが行われた事に伴い同番組は終了した。その後、サンテレビ・KBS京都と共同制作の『こんにちは!奥さん2時です』などへ移行したが、テレビ大阪の開局に伴いサンテレビ・KBS京都との関係を縮小したため、同番組も終了、後に『昼ワイド・あなたのスタジオ』へと受け継がれるが、こちらも長く続かなかった。 他にも番組コンセプトや出演者をフジテレビからほぼ丸ごと移動させた様な『レディス4』、現在の『朝はビタミン!』の流れの源流とも言える『土居まさるのハッピーTODAY!』『土居まさるの元気通信』『土居まさるの生き生きモーニング』『カルチャーワイド90』など「主婦向け生情報番組」といえるジャンルの番組はあるものの、「芸能ニュース」や「事件」を取り扱う事はなく、スポーツ新聞などの芸能情報に触れる事すらない。なお、他局で放送される様な「ワイドショー」は、当局では「社是」として放送しないとされている。 「他局と伍する体制が整わない事が大きな原因である」とする意見もあるが、当局よりはるかに規模が小さいTOKYO MXでも芸能情報などを扱っている。 [編集] 過去映像の処遇 他局のアニメ・時代劇の再放送やリメイクの多い放送局だが、自身の過去の番組は、少なくとも1980年代前半以前について回顧する番組が非常に少ない。演歌・懐メロ関係の特集番組や、かつて八木治郎の司会で放送されたトーク番組『人に歴史あり』の総集編的な番組が時折放送された程度だった。前述のお色気番組があった時期もあったが、今日の放送倫理規定に反しない過去の人気番組も多かったはずである。理由としては、著作権や肖像権の問題が尾を引いていると言う問題もあるが、他局に比べて過去との断絶が格段に強い放送局である。 [編集] 地方局参加番組 また、『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』(日本テレビ系)や『FNS27時間テレビ』(フジテレビ系)、或いは『ズームイン!!SUPER』(日本テレビ系)などの様な地方局が一丸となって制作に参加する番組が少ない。 なお、2005年より毎年正月にTXN系列局6局の共同制作による『全日本パフォーマンス人文字大賞』を放送している(2007年は放送されなかったが、代わって8月末に『からくりNEOドミノ甲子園』を放送した。)。また、『ワールドビジネスサテライト』では不定期の金曜日に系列局のある地方から地域経済の実情を伝える中継がある。 テレビ大阪・テレビ愛知制作協力で、東名阪3元中継シンポジウム的な『TONでネットワーク』という番組を放送した事もある。 元々系列局のない独立した局であった影響か、全国ネット番組でも旅番組やグルメ番組以外は首都圏の話題が多い(特に『出没!アド街ック天国』『ハロモニ@』など)。 [編集] ドラマ 昼の『時代劇アワー』で、他局で権利切れになった時代劇の放送権を購入し、再放送を行っている。また、海外ドラマ(主に米国)が放送される事が多い。 しかし、他の系列局に比べ自社制作のドラマは比較的少ない。かつては『大江戸捜査網』などの時代劇や毎週月曜21時に『月曜女のサスペンス』と題した単発のミステリー作品集を放送したり、また金・日曜21時や水曜20時に連続ドラマを放送した事があったが、近年では2001年1月からスタートした2時間単発枠(2005年9月からは『水曜ミステリー9』)、2005年10月から開始した深夜枠の連続ドラマ『ドラマ24』(『嬢王』など)、2007年4月から開始した30分ドラマ枠『ドラマ530』などに留まっている。また、特番としては正月の『新春ワイド時代劇』がある。 なお、2006年10月よりゴールデン枠としては『ハッピー2』以来6年ぶりとなる連続ドラマ(連続ものでは9年ぶりの時代劇)『逃亡者 おりん』が放送された。 2007年2月11日と12日に放送された2夜連続スペシャルドラマ『李香蘭』は、当局初のオール海外ロケを敢行した歴史的大作である。 他の民放局と違い、撮影が放送日の数か月前とかなり前倒しで撮影されている傾向がある。例として、ドラマ530の『美味学院』『女子アナ一直線!』は放送日にクランクアップしたと出演者のブログで語っていた。それゆえ、たとえドラマに意見があっても反映できない事も考えられる。 [編集] 平和関係番組 このジャンルも弱点と言える。広島平和記念式典や長崎平和祈念式典 の中継は、両県にTXN系列局がない事から実施されていない。両原爆関係のドキュメンタリー放送(広島県に系列局のある他の民放ネットではすべて何らかの形で制作・全国向け放送)や、両原爆・その他の戦災など戦時下の市民生活を扱ったドラマ・アニメなども(連続作品・単発枠共に)歴史的に制作されていない様である。 平和関係番組(日中戦争・太平洋戦争の戦禍を伝える番組)が皆無という事はなく、毎年3月10日のニュースでは東京大空襲を取り上げるなど、取材可能なエリア内では努力している。 1970年代には真珠湾攻撃を扱った番組を放送した。 1990年代には『ドキュメンタリー人間劇場』で戦争体験を扱うなどの例もある。 他にも独立した番組ではなく、「救出劇」や「偉人伝」など番組の一部として平和関係の番組を放送する事もある。 [編集] 報道(緊急放送) 基本的に緊急放送(報道特別番組)を放送しない事が多い[2](因みにアニメ「ケロロ軍曹」ではこの事象がパロディ化されている)。社会的な大事件が起きても報道特別番組を放送しないか、放送しても他局より短時間である。これは他のTXN系列局でも同様であり、他局に比べてスタッフが少ないため(他キー局の半分以下[要出典])であると言われている。また、同社はかつては教育専門局だった関係で報道部門を持っていなかった[3]事も、報道部門が他局に比べて弱い事の遠因となっている。 [編集] 特別番組に切り替えず、通常番組を放送した事例 沖縄返還協定調印式 あさま山荘事件 三宅島雄山噴火  - 放送中の映画の右下に雄山の上空映像を表示する程度 宮城県沖地震(2005年8月16日発生) - 速報テロップで表示する程度 小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝(2006年8月15日) 新潟県中越沖地震(2007年7月16日発生) - 「速ホゥ!」「ワールドビジネスサテライト」で報道されたが、共に放送時間の拡大は行わず。 中華航空120便炎上事故(2007年8月20日発生) - 発生直後に11時台のニュース番組が放送され、その中で速報ニュースとして放送した。 [編集] 特別放送を実施した例 昭和天皇崩御(1989年1月7日) 民放連の取り決めにより、他の放送局と同様に昭和天皇追悼の特別番組(CM抜き)を翌8日に掛けて終日放送した。 この時は中京・近畿の独立UHF局(通常は当局の番組を同時ネットしないサンテレビやKBS京都を含む)へも番組供給を行った。これは、独立UHF局単独では特別番組を構成する素材が揃わない事や、各局と在京局との編成上の付き合いが一番多い事から、当局系番組をネット受けする事となった様である[要出典](関東地方の独立UHF局での放送については、各局がNNSへのオブザーバー参加をしている事もあってか、日本テレビ制作の番組がネットされていた。)。 この特番開始に際して技術スタッフのスタンバイが整わず、他局に比べ特番の放送開始が大幅に遅れたとも言われている。[要出典] 当日の夕刊のテレビ欄は、他局と比較して空白の欄が多くなっている[4]。 「昭和天皇崩御の際、テレビ東京だけ追悼番組を放送しなかった」という風説が流れた事もあるが、実際には他局と同様に特別番組を放送している(この時、通常放送をしていたのはNHK教育テレビである。ラジオもやはり教育専門局のNHKラジオ第2放送のみが通常放送された。)。 経済番組に強みを持つ局ゆえか、経済面から昭和を振り返った「昭和を回顧する・暮らしと経済の変遷」という番組が午後8時から放送された(ゲスト:神崎倫一、高原須美子他)[4]。 湾岸戦争(1991年1月17日発生・同年2月28日終結) 発生日と終結日に『TXNニュース THIS EVENING』を30分繰り上げ、17:00から拡大放送した。 阪神・淡路大震災(1995年1月17日発生) 他局が1日中特別番組を放送し続ける中、当局は特別番組を一時中断してアニメ「覇王大系リューナイト」、「ゲーム王国」及び『開運!なんでも鑑定団』を通常通り放送し高視聴率を獲得した(ただしそれ以外は報道特番を放送していた)。以後翌日から2日間、『TXNニュースワイド11』を朝の『株式ニュース』を吸収する形で9時40分から12時まで拡大放送した。 地下鉄サリン事件(1995年3月20日発生) 当時の映画放送枠(「シネマタウン」)だった12:00〜14:00に特別番組を編成し、その後の『THIS EVENING』を30分繰り上げ17:00から拡大放送した。 皇太子妃雅子懐妊報道(2001年11月30日〜) 他局が特別番組を11月30日夜から翌12月1日の2日間断続的に放送していた中で、同局は30日に『ワールドビジネスサテライト』内で速報するのみで、報道特番としては12月1日に16:00〜17:15に放送した(これはちょうど雅子妃がご出産されたと報じられた時間帯でもある)。 なお、同局以外の民放各局は1日19:00〜21:00の枠で2時間の特番を放送した中で唯一『土曜スペシャル』を通常放送した。蓋を開けてみれば特番を放送した4局の平均視聴率が4〜9%と一ケタ台で惨敗した中、『土曜スペシャル・「日本全国・年越し旬の美味こだわり鍋料理特集」』が17.5%とその日の民放視聴率ダントツトップになった。この背景には断続的に特番を放送していた上に各局似たり寄ったりの内容だったこともあり、視聴者の方も飽きてきたため通常放送している『土曜スペシャル』に流れたとみられる。 新潟県中越地震(2004年10月23日発生) 午後5時56分の地震発生後も通常番組を放送したが、『土曜スペシャル』については番組中に新潟県を扱った部分があり、その部分だけが報道特番(気象庁からの中継)に差し替えられた。 秋篠宮妃紀子の男児出産(2006年9月6日) 通常番組である『朝は楽しく!スマイルサプリメント』内のテレビショッピングの放送を途中で打ち切り特別番組に差し替え、約10分間宮内庁で行われた記者会見を中継した後は通常放送に戻った。また、夕方以降は『速ホゥ!』が30分延長されたため、アニメ2番組が18:00からの放送となり、『スキバラ』は放送中止となった。 系列局のテレビ大阪では『ハロー!モーニング。』を遅れネットで放送中だったが、途中で中断され、同様に差し替えられた。 安倍晋三首相(当時)の辞意表明(2007年9月12日) 13:30〜15:30に放送の『午後のロードショー「Mr.マーダー〔完全版〕悪夢のクローン計画 前編」』を中断し、13:59から約30分間報道特番を挿入した。また、16:54〜17:20の『速ホゥ』を30分拡大したため、17:30から放送予定だった『NARUTO -ナルト-』の再放送を休止した。 その他 L字画面でニュース速報を行う際も番組途中での挿入は避け、CM明けや次番組まで待ってから挿入する事が多い。 大きな自然災害や事件が起きた場合、通常は再放送枠として使用している土曜日の12:30〜14:25や日曜日の10:30〜11:25などを報道特別番組にする場合がある(新潟県中越地震、JR福知山線脱線事故など)。 国政選挙の選挙特別番組でも他局は投票が終わる20時前後から放送開始するのに対して、当局は22時前後からスタートする事が多く、実際にその前に放送される『日曜ビッグバラエティ』でも高視聴率を獲得した事がある。但し、同番組でも随時L字画面で開票速報を流している。 [編集] スポーツ中継 [編集] プロ野球中継 [編集] 全日放送再開時→『戦国ナイター』 東京12チャンネル時代から、当局は東京オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)の主催ゲームを中心に率先的に放送していた(なお、1990年代後半には日本ハムファイターズ〈現・北海道日本ハムファイターズ〉の東京ドームホームゲームも主として週末に放送し、関連番組も放送された。)。 1967年に全日放送が再開された当初は、自社製作の中継とは別にフジテレビとの提携(裏送り放送)によってサンケイアトムズ(現・東京ヤクルトスワローズ)の明治神宮野球場での主催ゲームを実況中継し、同局から派遣されたアナウンサーや解説者を出演させていた事もあった。 その後、独立UHF局が東名阪の3大都市近郊に続々開局していくとフジテレビとの提携が解消される代わりに(東京12チャンネル末期は『戦国ナイター』というタイトルで放送された)、サンテレビの『サンテレビボックス席』、KBS京都の『KBS京都エキサイトナイター』、三重テレビの『三重テレビナイター』、岐阜放送の『岐阜テレビ ダイナミックナイター』を同時ネットワークして読売ジャイアンツ以外の在京球団が絡んだ試合も放送する様になる。 1979年の西武ライオンズ誕生時は主催ゲームを何試合か中継していたが、2006年9月18日に22年ぶりに西武主催ゲーム(vs福岡ソフトバンクホークス)を放送した。 [編集] 日本シリーズ中継 1970年にロッテオリオンズが日本シリーズに出場したが、東京12チャンネルは第3戦と第4戦の放送権を獲得している。これは、元々プロレス放送を企画し、既に日本テレビが押さえていた国内の試合ではなく、海外の試合を放送すべく、当時同局の運動部長だった白石剛達(後に千代田ビデオ社長)がアメリカまで試合フィルムの買い付けに行っていたところ、たまたま現地でサッカー・ワールドカップの試合が放送されており、それを見た白石らがたちまちサッカーに魅せられ、急遽直接メキシコのテレビ局に掛け合い、既にオファーを出していたNHKや日本テレビを差し置いて放送権を獲得した。 この試合フィルムを手土産にロッテオーナーの永田雅一と面談し、日本シリーズの放送権を要求した。永田側はサッカーには興味がないが、折角直接来たのだから本来毎日新聞との関係ですべてTBSへ渡すつもりだった放送権のうち、第3・4戦(NHK・TBSも放送)を割譲する事を確約した。これを知ったTBS側の妨害工作に遭うも、永田側の救済策で乗り切り、無事第3戦は東京12チャンネルをキー局として全国ネットで放送された(この事については、プロ野球中継のテレビ東京系列のシリーズ中継問題の項にも詳しく書かれている。)。 なお、海外のプロレス中継はゴールデン枠で放送され好評となり、またサッカーワールドカップの試合も『三菱ダイヤモンド・サッカー』枠で1年間かけて放送され、結果として一挙三得を得た事となった。 この他、東京12チャンネル時代に放送された日本シリーズの中継には、1974年のロッテvs中日第5戦がある。 [編集] 29年ぶりの日本シリーズ 2003年にプロ野球日本シリーズ・福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)vs阪神タイガースの第7戦の放映権を系列局のTVQ九州放送が獲得した。これは、同局が南海ホークスの福岡移転以来同チームの試合中継回数が最も多い局であった事に加え、BSアナログ放送の普及が進んでおり、系列局のない地域はNHK-BS1とNHK-BShiでカバーできるという日本野球機構の判断によるものである。なお、福岡ヤフードームでの試合を最低1試合は中継すると目されていたフジテレビ(テレビ西日本)が、同年のバラエティ番組『水10! ワンナイR&R』内で、王貞治監督と福岡ダイエーホークスを侮辱する内容の放送を行った「王シュレット事件」により中継を拒否されてしまった事が影響したと言われているが、関係はないとしている。 先にどちらかが4勝すれば日本一が決まるため放送できる可能性は低かったが、戦いがもつれて第7戦(最終戦)にまで突入したので、当局では29年ぶりとなる日本シリーズ中継が実現した。しかし、同時ネット局が少なく、エリア内に系列局があっても送信所や中継局がないために見られなかった視聴者が多い事から、NHK衛星放送でなく地上波民放テレビで見たいという、或いは衛星放送を受信できる環境でない視聴者からは「地上波テレビで生放送が見られない」、或いは「全国放送が出来なければ放送するな!!」という脅迫めいた苦情が殺到してしまった。また、近畿地方ではテレビ大阪の他に本来当局の番組をネットしていないサンテレビとKBS京都でも同時中継が行われた。 翌2004年には、日本シリーズ進出を賭けたパ・リーグプレーオフ第2ステージ最終戦(福岡ダイエーホークスVS西武ライオンズ)の放映権を再度TVQが獲得し、実際に放送されたため、同様の苦情が出た。 2005年の同じくプレーオフ・ソフトバンクvs千葉ロッテの試合に関しては、それまでの第3戦まで地上波での全国放送がなかったため、BSやCSを視聴できないファンから首都圏での地上波中継が行われる事を歓迎する意見が多かった。しかしその反面、地元TVQの制作ではなく当局での制作(TVQは制作協力のみ)であった事から、日頃ソフトバンクびいきの中継を見ている九州地方の視聴者には、千葉ロッテに偏った中継である様に見えた事や、CMが多いなどといった苦情もあった。なお、TXNで放送された第4・5戦はBSデジタル放送局・BSジャパンでも同時放送されており、事実上第4・5戦は全国中継ができた。ただ、系列局があるのに送信所や中継局がないため、見られなかった地域からの苦情があった事はいうまでもない。だが、パ・リーグで千葉ロッテが優勝した事に伴い日本シリーズの千葉ロッテ主催ゲームのうち第2・7戦の中継をする事が確定した。TXNで日本シリーズが2戦以上放送されるのは史上初めてだったが、千葉ロッテが4連勝を飾って日本一を決めたため第5戦以後の開催が消滅され、中継も第2戦の1試合のみに留まった。なお、セ・リーグは阪神タイガースが優勝しているため、2003年と同様に通常は当局の番組を同時ネットをしなかったり、時差ネットの番組が多い兵庫・京都・三重の独立UHF局でも同時生中継した。なお、今回もやはり系列局があるのに送信所や中継局がないため、視聴できなかった地域からの苦情が出た事はいうまでもない。 2003年と2005年の日本シリーズ中継は、共にBSデジタル放送局ののBSジャパンではデジタルBSの普及が充分でない事などを理由に中継は行わず、いずれもNHK-BS1とNHK-BShiで生中継された(BSジャパンで中継ができるのは、BSアナログ放送終了の2011年以降となる模様である。)。 関係記事:プロ野球中継 [編集] 29年ぶりの巨人戦中継 2005年からプロ野球に交流試合が導入された事に伴い、当局は巨人戦のプロ野球公式戦中継を1976年8月29日に放送したvsヤクルト戦(明治神宮野球場)以来29年ぶりに放送する事を発表し、これを同年から始まる野球中継枠『全力闘球』で放送する事になった(試合開始時刻からではあるが、BSジャパンでも同時放送。これにより系列局のない地域でもBS受信機かケーブルテレビで視聴できる。)。放送された巨人戦中継はいずれもパ・リーグとの交流試合である。なお、以前にも鹿児島県立鴨池野球場と千葉マリンスタジアムで行われたvs千葉ロッテ戦を始めとして、巨人戦のオープン戦中継を実施した事例が多数ある。なお、地方5局は経営基盤が弱いため、TXN全国ネットとなる場合は当局制作となり、実況及び解説を関東広域圏以外での開催であっても当局側が用意する。ただ、例外として2007年7月16日のvs阪神戦はテレビ大阪の制作で解説者やアナウンサーも同局から出演した。 2005年にテレビ東京で放送された巨人戦中継 オリックスvs巨人(5月29日、神戸・スカイマークスタジアム)(テーク・ワン〈TVO子会社〉制作協力) 北海道日本ハムvs巨人(6月2日、札幌ドーム)(TVh制作協力) 千葉ロッテvs巨人(6月8・9日、千葉マリンスタジアム) 6月8日の試合は、19時台に人気のアニメーション枠がある事や、テレビ朝日でサッカーW杯アジア最終予選北朝鮮×日本が放送されるため20時からの放送で、テレビ大阪に関してはオリックスvs阪神戦に差し替えた。 さらに、2006年からは巨人の主催試合の実況中継にも参入した。巨人の主催試合を当局で放送するのはもちろん、開局以来初の試みとなり、日本テレビ独占状態が完全に崩壊した事となる。 巨人の主催試合は長年日本テレビが独占状態で中継していた。2002年以後、主として土曜日のナイターがNHK総合テレビで年間5〜10試合程生中継され、独占状態こそ崩壊したものの、民放に関しては日本テレビ独占が続いていた。だが、2005年は巨人の人気低下などからテレビ中継の視聴率が悪化し、中継の延長オプションの縮小やシーズン末期には全国中継そのものが行われなかったり(ローカル放送降格)するなど、テレビ中継の見直しが懸念材料とされていた。 2006年、日本テレビは巨人戦の主催73試合のうち63試合の中継に留め、残りの10試合中5試合はNHK総合で、さらに残った5試合をテレビ朝日(3試合 なお2005年にも交流戦1試合のみが中継された)と当局(2試合)に割り当てて中継する事になった。 2006年にテレビ東京で放送された巨人戦中継 巨人vs東京ヤクルト(5月7日、東京ドーム) 北海道日本ハムvs巨人(6月1日、札幌ドーム)(TVh制作協力) 千葉ロッテvs巨人(6月9・11日、千葉マリンスタジアム) オリックスvs巨人(6月19日、神戸・スカイマークスタジアム)(テーク・ワン制作協力) 巨人vs阪神(6月30日、東京ドーム) そして2007年からは、神宮球場にて行われるVS東京ヤクルトスワローズ戦も放送されている。これはヤクルト球団主催試合の放送権を持つフジテレビやテレビ朝日が巨人戦中継に消極的であり、当局がさらに増やしたい考えであるため、両局から数試合が譲渡されるものと思われる。さらに、今後の視聴率の動向により日本テレビも巨人主催試合数をさらに減らす事を示唆しているため、場合によっては、2008年以降に放送する数が増加する可能性もある。 2007年にテレビ東京で放送された巨人戦中継 東京ヤクルトvs巨人(4月28日、神宮球場)(テレビ東京・BSジャパンのみの中継) 巨人vs東京ヤクルト(5月6日、東京ドーム) 巨人vs中日(5月13日、東京ドーム) 北海道日本ハムvs巨人(5月23日、札幌ドーム)(テレビ北海道制作協力) 千葉ロッテvs巨人(6月5日、千葉マリンスタジアム) オリックスvs巨人(6月14日、神戸・スカイマークスタジアム)(テーク・ワン制作協力) 阪神vs巨人(7月16日、甲子園球場)(TVO制作 テーク・ワン制作協力) 中日vs巨人(9月6日、ナゴヤドーム)(TVA制作協力) [編集] サッカー中継 かつて、日本で初めてワールドカップを放送し、Jリーグがブームになる以前から実業団サッカーの中継を多く行うなど、サッカーに注力するテレビ局としても知られる。また、最近では人気声優をワールドカップのキャスターやイメージキャラクターとして若干名出演させるなど、他局とは一線を画すイメージとなって来ている。 サッカーとの縁は、三菱グループ提供の『三菱ダイヤモンド・サッカー』の放送開始が嚆矢である。まだマイナースポーツだったサッカーの魅力を紹介したこの番組の企画は、スポンサーサイドの三菱グループの篠島秀雄(当時三菱化成社長、日本サッカー協会副会長、東京12チャンネル番組審議委員)が提案したものだったと言われる。[5]この提案を受けて、三菱商事の諸橋晋六(当時同社ロンドン支店長、後に同社社長・会長)が試合のフィルムを買い付け、放送に利用した。 1970年、プロ野球日本シリーズ中継の項で先述した通り、成り行きではあるがワールドカップの試合フィルムとその放映権を獲得した。1974年7月にはワールドカップ決勝戦の生放送を深夜枠ながら生中継した。いずれも日本初である。なお、この決勝戦の裏でNHKと民放各局は参議院選挙の開票速報を放送していた。 1993年10月28日には、「ドーハの悲劇」と呼ばれるワールドカップアジア最終予選・日本vsイラク戦を放送し、当局史上最高視聴率となる48.1%の視聴率を獲得した(日本vsイラク戦の前の同局の最高視聴率番組は、東京12チャンネル時代の1971年に放送されたボクシング世界フェザー級タイトルマッチ・西城正三対フランキー・クロフォード戦だった。この時記録した48.1%は局別の最高視聴率としては長らくテレビ朝日を上回る在京民放4位だったが、2006年ワールドカップドイツ大会・日本vsクロアチア戦での52.7%に抜かれてしまった。)。 2003年8月5日には、関連会社FC東京とスペインの強豪レアル・マドリード戦を放送した。この試合の放送権は当初TBSが獲得したが、FC東京の試合を放送してもその時間帯のレギュラー番組(『学校へ行こう!』など)よりも視聴率が落ちると判断し、当局へ放送権を譲渡した。しかし、譲渡後にデビッド・ベッカムがレアル・マドリードへ移籍したため一躍注目のカードとなり、16.9%の視聴率を獲得して、皮肉にもTBSを視聴率で上回る結果となった。 また、この試合は当初テレビ大阪と関西圏の一部の独立UHF局に限って同じ時間に(この試合が行われた国立霞ヶ丘陸上競技場に隣接する明治神宮野球場から)プロ野球中継ヤクルトvs阪神戦が予定されていたため生中継はせず、サッカーは深夜に録画放送の予定だったが、野球中継が降雨中止のため関西圏でも結果的には同時放送となり、録画中継を予定していた深夜放送を早々と切り上げた(因みに、この時は関西地区で深夜に地上デジタル放送の試験電波発射のため、NHKを含めてすべての局が27時以降全面的に放送休止になっていた。)。 2006年9月3日のアジアカップ最終予選のサウジアラビア戦では、中継がなかなか決まらない土壇場で放送権を獲得した。 サッカーマニア向け番組には、前述の『三菱ダイヤモンド・サッカー』以外にも、1998年4月〜1999年3月に放送された『ナンバー12・熱血サッカー宣言』(金曜22時台)があった。 [編集] 格闘技中継 かつては、プロレス番組にも力を入れていた。 1960年代には海外のプロレス大会のフィルムを放送した『プロレスアワー』や日本初の女子プロレスの定期中継番組となった『女子プロレス中継・世界選手権シリーズ』、1970年代からは国際プロレスの定期中継として『国際プロレスアワー』、1980年代にはやはり海外のプロレスを紹介する『世界のプロレス』を放送していた。同番組はロード・ウォリアーズを日本に初めて紹介した事で知られ、一方では第1次UWFのテレビ中継を番組の枠内で行った事でも知られる。1990年代には天龍源一郎が全日本プロレス退団後にメガネスーパーと組む形で1991年に設立し、天龍を旗頭とした団体「SWS」の旗揚げ戦を特番で中継し、同団体の後期には、月1回の深夜枠で定期中継を行った。近年ではWWEのダイジェスト番組『LIVE WIRE』『After Burn』や全日本プロレスの中継番組『プロレスLOVE』、ZERO-ONEの中継番組『破壊王プロレスZERO-ONE』、パンクラスの中継番組『格闘Xパンクラス』なども放送していた。そして2007年10月からは『ハッスル』が放送されている。 また、プロボクシング中継も定評があり、かつてはモハメド・アリやマイク・タイソンらのビッグマッチや、「世紀の死闘」と言われた金沢和良の世界挑戦、渡辺二郎の海外防衛戦、竹原慎二のミドル級王座挑戦など日本人の世界タイトルマッチも数多く中継して来た。海外の試合はWOWOWやJ SPORTS(旧・スポーツ・アイ ESPN)に移ったが、現在も日本タイトル戦や中小ジム所属ボクサーの世界戦を中継している他、帝拳・協栄両プロモーションと提携する事もあり。近年はテレビ朝日が手放したヨネクラジムおよびヨネクラ系の大橋ジム主催が中心となりつつある。 ボクシング判定を巡り議論が激しくなる中、2006年9月18日に行われた川嶋勝重vsクリスチャン・ミハレス戦では、ガッツ石松による独自採点が好評となり、JBCの採点公開に影響を与えた。また、2007年1月3日に行われた「ボクシング・グランプリ2007」も中継していた。 1970年代のキックボクシングブームの頃にはTBS・日本テレビと共に中継も行っていた。 2005年には、米国の総合格闘技UFCを地上波で唯一中継した。また、2006年からは日本唯一の金網格闘技「ケージ・フォース」の中継を開始している。 [編集] その他のスポーツ中継 伝統的に当局が得手とする3大スポーツは、モータースポーツ、ゴルフ、サッカー(別項)である。ゴルフ番組は試合中継の他、20年以上に渡って土曜11時からの枠が続いている(かつては日曜11時から3時間もの枠があった)。 ラグビーに関しては、長年、伝統の慶明戦、オール早慶明三大学対抗戦、社会人ラグビー、テストマッチなどを録画中継を中心に放送していたが、近年は放送されていない。2003年秋にはラグビー・ワールドカップを日本戦を中心に録画中継した(BSジャパンでは放送されず)。 また、『世界卓球選手権』を2005年から福原愛戦を中心に録画中継した(これもBSジャパンでは放送されず。ただ、スポーツニュースではBSジャパンでも放送された。)。2006年は30分の延長オプションが設定され、延長になった場合(平日・土曜の時)、中継終了以降の番組は開始時刻を繰り下げた(同番組が放送されないBSジャパンでも『ワールドビジネスサテライト』以降の番組は開始時刻を繰り下げ)。延長した分の時間はその穴埋めとして10分間の紀行番組が数本放送された。なお、同年には「世界卓球の延長により深夜番組の録画に失敗した」という抗議文と骨らしきものが入った小包が局に届けられるという事件が発生している(詳しくはこの項目を参照)。さらに他のスポーツ中継が加わり、本来25時台に放送される深夜アニメがの28時台に放送される事態が起こった。 東京12チャンネル時代の1970年4月から、土曜日の関東地区の中央競馬中継(土曜競馬中継→現「ウイニング競馬」)を行っている[6]。また、競輪や競艇の主要レースも中継している。 モータースポーツ番組としては、RCカーブーム、ミニ四駆ブームの火付け役となった『タミヤRCカーグランプリ』やロードレース世界選手権中継(テレビ大阪制作)、『モーターランド』(後にテレビ愛知制作の『モーターランド2』に移行)などを放送し、平成の今では『激走!GT』『AXEL』を始め、世界ラリー選手権や鈴鹿8耐(テレビ大阪制作)のダイジェスト番組などを放送している。 1972年〜1975年3月には、ローラーゲーム東京ボンバーズvsアメリカのチームの試合が『日米対抗ローラーゲーム』(実況:土居まさる、解説:ドクター宮本、ゲスト:児島みゆき〈現:児島美ゆき〉)にて毎週放送され、局内で表彰される程高視聴率をとっていた。 [編集] テレビの時刻出し 平日の朝の表示は放送開始時〜9:26.00。 かつては『Opening Bell』が終了する9:50.05まで表示していた他、夕方の『シブスタ』や『ぶちぬき』を放送していた17:25.00〜18:00.00にも表示があった。 以下の4番組ではさらに天気ループを実施しているが、表示区間は各番組で違っている。いずれもCM中は消去。 『モーニングサテライト』※全国送出。BSジャパンでも表示 『おはスタ』※全国送出。2006年11月より第2部『スーパーライブ』で実施 『朝はビタミン!』※関東のみ。『レースガイド』放送中は消去 『Opening Bell』※全国送出。8:45のオープニング後〜8:59の提供スポンサー前まで。BSジャパンでも表示。 土・日曜日・祝日の朝の表示は9:00まで。 かつて土曜日は9:25(2001年10月〜2002年3月まで)、祝日(土・日曜を除く)は9:55:05まで表示していた(注:放送開始時から表示があるのは平日・日曜・祝日〈土曜除く〉で、土曜日の表示は7:00からである〈かつては土曜日でも放送開始時から表示があった〉。) カスタムフォント表示は平日が放送開始時〜8:42:30、月〜金の祝日が放送開始時〜8:57:30(CM中とレースガイドを除く)。 かつては平日の『おもしろプレヌーン』で10:30~11時台、『ときめきプレヌーン』で11時台、『もっと素敵に!』で0時台、『10時奥さまプラーザ』で10:00〜11:30も時刻表示をしていた。 かつては8:00〜8:54と土曜6:30〜8:57、日曜6:15〜8:58のカスタム表示もあった。しかし、最近になって日曜7:30:00〜8:26:40(「ポケモン☆サンデー」)がカスタム表示となっている。『朝はビタミン!』では開始当初から現在に至るまでカスタム表示だが、一時期(2006年10月頃)のみ通常フォントで表示していた。 カスタム→通常、通常→カスタムとなる時は1秒間時刻表示が消える。カスタム→通常の時にはカスタムが、通常→カスタムの場合には通常が1秒間消える。 平日夕方の表示は16:54:00〜17:20:00(『速ホゥ!』内) かつては、前日の定時放送終了後のフィラーからや土曜日11:30〜12:24の時刻表示があった。また、『TXNニュースアイ』放送期間中は17:00.00〜17:00.25の表示もあった他、1997年10月〜2001年3月末は10:00〜11:30.05、2001年4月〜2001年9月は10:00〜11:00.05の時刻表示もあった。 [編集] オープニング・クロージング 1979年3月までは局のマークや社屋の静止画像だった。 楽しさ12ヶ月バージョン(東京12チャンネル、1979年4月 - 1981年9月) トゥエルブメイツという12人組の女性[7]がアイドル・カウボーイ・侍などに変装した状態で12分割の画面に映り、その画面が東京12チャンネルのマークとともに見え隠れして「1年12ヶ月、楽しさ12ヶ月東京12チャンネルでーす」と言って終わる。BGMは電子音。オープニングとクロージングでは別構成の別映像。 パタパタアニメバージョン(ナレーション:宮崎絢子、1981年10月1日〜1998年9月30日) テレビ東京に社名変更された事を機に変更された。ナレーションが入るのは1985年12月、現本社への移転時より。またナレーションの他、アニメーションの最初と最後に虎ノ門社屋の全景写真もこの時から挿入される。オープニングは昼の、クロージングは夜の写真が使用されていた。 新CIバージョン(ナレーション:茅原ますみ、1998年10月1日〜2003年11月30日) 現行バージョン(2003年12月1日〜) 当局では在京他局と異なり、終夜放送は現在土曜日を除いて行われておらず、クロージングはほぼ毎日見られる。 [編集] ウォーターマーク 地上デジタル放送では放送中の画面右上に半透明白色の「TV TOKYO」のロゴマークの常時表示を実施している(CM中は消去)。 [編集] キャッチフレーズ 東京12チャンネル時代 楽しさ12か月(1979年4月〜1981年9月) テレビ東京以降 緑さわやか(1981年10月) はたち個性派(1984年・開局20周年用) ハートビンビン テレビ東京12(1987年4月〜1987年9月) チュッ!テレビ東京(1993年10月〜1998年9月) てれとしるぶぷれ!(1998年10月〜2001年3月) てれとまにあ。(2001年4月〜2004年3月) あれと、これと、てれと。(現行・2004年4月〜) [編集] アナウンサー 遍歴 1989年に従来の「アナウンス部」が廃止され、新たに「パーソナリティ室」が設置された。他局の様に枠を分けての採用を行わず、局内外から多様な人材を募って配属したため、この時期に新たに入社したアナウンサーも一般職としての採用である。 パーソナリティ室は1995年に「アナウンス室」に改組された。その後も他部署からルックスの良さやアナウンス力に優れた者などをアナウンサーとして登用していたが、1999年度から新卒アナの採用を再開し、2004年には「編成局アナウンス部」へ改組された。 当局のアナウンサーは多種多様な人材の集合体であり、司会進行能力やアナウンス力は水準並、専門分野に関しては水準以上と評価されているが、フリーへの転出者は少ない。 ストライキ 年1回程、アナウンサーが揃って担当のレギュラー生番組の出演を休む事がある。これは公にはなっていないが、原因は労使交渉がまとまらず、労働組合がストライキを行使したためとみられる(アナウンサー以外の報道局所属のキャスターも含む)[要出典]。その際は他番組担当のフリーキャスター(外部からの起用)や管理職のアナウンサー(現状ではアナウンス部長のみ)が局員に代わって担当する(技術スタッフも幹部社員や外部の人間が担当)。この場合、各番組では出演者交代について全く触れないか「今日はお休みを戴いておりますので代わって●●がお伝えします」と具体的な説明をせずに断りを入れる場合もある。 最近では2007年3月23日の夜に時限ストライキを行ったため、[要出典]『ニュースブレイク』が休止となった他、『ワールドビジネスサテライト』は小谷真生子などフリーキャスターの3人で番組を進行し(但しVTRでは担当アナウンサーが登場している)、通常は局員の女性アナが出演している『スポーツ魂』(現・メガスポ!)は久保田アナウンス部長がスタジオ進行、VTRナレーションは週末版の男性ナレーターが担当した。 アナウンサー記事に関する注意:文中の所属先などの内容は永続的に保証されるものではありません。正確な情報は放送局の公式Webサイトなどでご確認ください。免責事項もあわせてご覧ください。 (入社年度、履歴) 男性 久保田麻三留(1992年、元NHK) 斉藤一也(1992年) 小島秀公(1994年) 島田弘久(1995年) 大岡優一郎(1996年、元NHK) 赤平大(2001年) 中川聡(2002年) 植草朋樹(2002年、元RKB毎日放送) 矢内雄一郎(2003年) 増田和也(2004年) 高蝶恵介(2007年) 女性 佐々木明子(1992年、ニューヨーク支局勤務) 末武里佳子(1997年、入社時は営業局に配属) 水原恵理(1999年) 森本智子(2000年) 大江麻理子(2001年) 大橋未歩(2002年) 倉野麻里(2002年) 前田真理子(2003年) 松丸友紀(2004年) 滝井礼乃(2004年) 亀井京子(2005年) 大竹佐知(2006年) 繁田美貴(2007年) 須黒清華(2007年) 前田海嘉(2007年) [編集] 元・アナウンサー [編集] 他部署に移動したアナウンサー ●印:2006年7月現在、キャスターなどとしてレギュラー番組出演のある人物 男性 藤吉次郎(制作局所属) ●池谷亨(報道局マーケット情報部所属) ●梅津智史(報道局マーケット情報部所属) 榎田卓央(営業局業務推進部CM考査担当部長) ●大浜平太郎(報道局経済部所属) 日高充(宮城テレビ放送からアナウンサーとして移籍) 山本薫 四家秀治(1990年RKB毎日放送から移籍、報道局所属) 女性 佐野真由美(九州朝日放送→関西テレビ出身) 石川真美 川島真理子 吉野文(インターネット事業部) 黒田多加恵(広報部) ●塩田真弓(報道局経済部所属) 茅原ますみ(報道局報道部所属) ●槇徳子(報道局マーケット情報部所属) [編集] 退社したアナウンサー ※印は現在フリーアナウンサーもしくは他社に移籍して活躍中。 男性 宮沢隆司 高田晃 島田良夫 岡野忠元 柳沢孝一 鳥山英二 宮和夫 磯部建臣(後にテレビ大阪へ出向) 杉浦滋男(1964〜1995、北海道放送出身、TVO・TVhの開局時に出向) 金子勝彦※(1964〜1994、毎日放送出身) 小倉智昭※(1971〜1976) 久保田光彦※(1979〜2005) 土居壮※(?〜1991) 女性 宮崎絢子(?〜1998) 鈴木恵美子 東海林克江※(IBC岩手放送出身) 柿崎元子※(青森放送出身、現ブルームバーグニュースキャスター) 田口惠美子(1993〜2003) 原野佐希美※ 八塩圭子※(1993〜2003) 家森幸子※(1995〜2002) 赤間裕子(福島テレビ出身) 春日美奈子※(1989〜1996、群馬テレビ→テレビ静岡出身) 大平雅美※ 矢玉みゆき(気象予報士)※ 土川由加※ 龍田梨恵※(2000〜2005) 山形亜裕子 横井ひろみ [編集] おもな在籍社員 [編集] 現在 前田有花 (政治部記者。テレビ朝日アナウンサー前田有紀の実姉) [編集] 過去 田原総一朗(ジャーナリスト) 井上由美子(脚本家) 高妻由美(在籍時は総合職。テレビ岩手→フリーアナウンサー) [編集] グループ会社 連結子会社が12社、持分法適用関連会社が3社ある(2006年3月31日現在)。 [編集] 連結子会社 株式会社テレビ東京ミュージック(音楽著作権の管理、イベント、音楽番組の制作など) 株式会社テレビ東京メディアネット(番組販売) 株式会社テレビ東京コマーシャル(CM放送の準備) 株式会社テレビ東京アート(美術装置・番組用照明の企画制作) 株式会社テレビ東京システム(システム開発) 株式会社テレビ東京制作(番組の企画・制作) 株式会社テレビ東京ダイレクト〔旧:株式会社プロント〕(通信販売・広告販売) 株式会社テレビ東京ヒューマン(放送準備) 株式会社テクノマックス(技術制作) 株式会社テレビ東京建物(スタジオ管理) 株式会社エー・ティー・エックス (アニメシアターX)(アニメ番組提供) TV TOKYO AMERICA, INC.(米国報道) [編集] 持分法適用関連会社 株式会社日経映像(番組制作) テレビ東京ブロードバンド株式会社 (東京証券取引所マザーズ上場)(映像コンテンツの配信・提供) 株式会社インタラクティーヴィ(CS委託放送) [編集] 大株主 2007年3月31日現在 株式会社日本経済新聞社(33.34%) 糸山英太郎(13.61%) 日本生命保険相互会社(5.02%) 株式会社三菱東京UFJ銀行(4.77%) 株式会社みずほ銀行(2.91%) 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(三井アセット信託銀行再信託分・株式会社三井住友銀行退職給付信託口)(2.86%) 東レ株式会社(2.51%) 株式会社毎日放送(2.51%) 三井物産株式会社(2.51%) 三菱商事株式会社(1.76%) [編集] 主な送信所・中継局 [編集] デジタル放送(JOTX-DTV) リモコンキーID7 東京都 東京タワー 23ch 10kW 約1400万世帯が放送区域 山梨県は地元でNHK甲府デジタル教育が23chで送信しており、東京都や神奈川県に隣接する地域を除き同県内でのTXデジタル放送受信はほぼ不可能になっている。そのため、ケーブルテレビ再送信を行っている所もある。 茨城県 水戸 18ch 300W 338,604世帯が放送区域 日立 18ch 3W 栃木県 宇都宮 18ch 100W 444,359世帯が放送区域 矢板 18ch 10W 群馬県 前橋 45ch 100W 760,779世帯が放送区域 沼田・水上 23ch 5W 埼玉県 秩父 23ch 10w 千葉県 銚子 23ch 10W 神奈川県 平塚 23ch 100W(垂直偏波) 1,010,779世帯が放送区域 真鶴・小田原 23ch 10w [編集] アナログ放送(JOTX-TV) ●:その中継局周辺でも東京親局12chを視聴している場合が多い(特にSHFで送信されている中継所付近の地域)。 東京都 東京タワー 12ch 50kW ●大井町 78ch 50mW(SHF) ●八王子 62ch 10W ●多摩 59ch(アナアナ変換前18ch) 200W 新島 62ch 300W(垂直偏波) 三宅島 12ch 10W(垂直偏波) 八丈島 12ch 30W 父島 61ch 10W 茨城県 水戸(千波町) 32ch 30W(垂直偏波) 日立(風神山) 62ch 100W 十王(石尊山) 61ch 100W 栃木県 宇都宮 44ch(アナアナ変換前17ch) 100W 今市 62ch 100W 矢板 61ch 100W 群馬県 榛名山(前橋) 62ch 100W 桐生 61ch(アナアナ変換前31ch) 30W 沼田 61ch 50W 埼玉県 秩父 44ch 100W 児玉 61ch(アナアナ変換前17ch) 30W(垂直偏波) 千葉県 館山 62ch 30W(垂直偏波) 銚子 61ch 100W 勝浦 61ch 100W 成田 61ch(アナアナ変換前18ch) 30W 香取佐原 62ch(アナアナ変換前17ch) 30W 香取小見川 38ch 30W 横芝光 47ch 30W(垂直偏波) 神奈川県 ●横浜みなと(ランドマークタワー) 62ch 30W ●山下町 79ch 100mW(SHF) 横須賀久里浜 33ch 3W 平塚(湘南平) 43ch 300W(垂直偏波) 真鶴(小田原) 62ch 100W 他 廃止された中継局 東京都 千駄ヶ谷 79ch 1W(SHF) [編集] 受信可能な地域 直接受信可能な地域 関東広域圏のほとんどの地域 静岡県・山梨県・長野県・福島県の一部 ケーブルテレビを通じて実質的に放送エリアとなっている地域 下記の地域でケーブルテレビによる再送信をアナログ放送のみ実施している。後述「関東広域圏以外でのケーブルテレビ再送信局」も参照の事。 山梨県のほとんど 普及率90%以上(山間部の一部や峡南地方の一部を除く)。 静岡県の西部地方を除くほとんど 西部地方は同じ系列局であるテレビ愛知を再送信しているCATV局もある。 長野県の南部地方を除くほとんど 静岡県と同様に南部地方はテレビ愛知を再送信しているCATV局もある。 新潟県上越地方 良好には受信できないが、受信可能な地域 新潟県のごく一部(NHK新潟教育〈アナログ放送〉・新潟テレビ21〈デジタル放送〉停波時) 山形県のごく一部(仙台放送〈アナログ放送〉停波時) [編集] 関東広域圏以外でのケーブルテレビ再送信局 関東1都6県以外ではアナログ放送のみ再送信されており、現時点ではデジタル放送は再送信されていない。 カッコ内は主なサービス提供エリアであり、記載されているエリアでも一部地域は提供されていない場合があり、また記載されていないエリアでも周辺一部地域は提供されている場合がある。 山梨県 日本ネットワークサービス(甲府市、韮崎市、甲斐市、笛吹市、北杜市、中央市、昭和町、市川三郷町) 峡東CATV(甲府市、山梨市) 山梨CATV(山梨市) CATV富士五湖(富士吉田市) 白根ケーブルネットワーク(南アルプス市) ケーブルテレビ河口湖(富士河口湖町) 峡西CATV(南アルプス市) 笛吹市一宮農村多元情報システム施設(笛吹市) ケーブルネットワーク大月(大月市) 新潟県 上越ケーブルビジョン(上越市) 長野県 LCV(岡谷市、諏訪市、塩尻市、茅野市、下諏訪町、富士見町、原村、辰野町) テレビ松本ケーブルビジョン(松本市、塩尻市、波田町、山形町) あづみ野テレビ(安曇野市) 伊那ケーブルテレビジョン(伊那市、箕輪町、南箕輪村) 上田ケーブルビジョン(上田市、東御市、青木村、坂城町) 信州ケーブルテレビジョン(千曲市) アルプスケーブルビジョン(大町市、白馬村) コミュニティテレビこもろ(小諸市) 須高ケーブルテレビ(須坂市、小布施町、高山村) テレビ北信ケーブルビジョン(中野市、山ノ内町) 中野市豊田情報センター(中野市) 黒耀の里ゆいねっと(長和町) ふれあいネットワーク長谷(伊那市) 協和ビジョン(軽井沢町) 蓼科ケーブルビジョン(立科町) 丸子テレビ放送(上田市) みまきケーブルテレビ(東御市) 静岡県 静岡ケーブルテレビ(静岡市) 伊豆急ケーブルネットワーク(熱海市、伊東市、下田市、東伊豆町、河津町) 御殿場ケーブルメディア(御殿場市) 下田有線テレビ放送(下田市) 東伊豆有線テレビ放送(東伊豆町) ビック東海(岡部町、島田市、焼津市、藤枝市、沼津市、富士市、三島市、富士宮市、裾野市、御殿場市、伊豆の国市、富士川町、由比町、長泉町、清水町、函南町) [編集] 情報カメラ設置ポイント 本社屋上(鉄塔最上部) 皇居前(パレスホテル屋上) 六本木(泉ガーデンタワー屋上) 東京駅(東京国際フォーラム) 渋谷(HD) 汐留 羽田空港 [編集] 社史・記念誌 当局では、(東京12チャンネル時代に発行した1冊も入れて)以下の5冊を発行している。 東京12チャンネル15年史(東京12チャンネル社史編纂委員会・編集) 1979年4月発行、104ページ。 テレビ東京20年史(テレビ東京20年史編纂委員会・編) 1984年4月発行、129ページ。 テレビ東京25年史(テレビ東京25年史編纂委員会・編纂) 1989年4月12日発行、141ページ。 テレビ東京30年史(テレビ東京30年史編纂委員会・編纂) 1994年4月発行、188ページ テレビ東京史 20世紀の歩み(テレビ東京・編) 2000年4月発行、335ページ。 [編集] モーニング娘。との関係 モーニング娘。は、TXNの番組『ASAYAN』から誕生した。同番組は2002年3月24日の放送を以って終了したが、その後も5期以降のメンバーを決定するオーディションを自ら主催している他、TXNで放送のアニメに出演(『きらりん☆レボリューション』・『ロビーとケロビー」』〈テレビ大阪制作〉・『劇場版とっとこハム太郎』など)しており、番組終了後も関係は深い。但し、6期の募集告知はフジテレビ系の情報番組『情報プレゼンター とくダネ!』で先行発表され、オーディションの模様も同番組にて扱われた。また、8期の地方選考10か所のうち4か所(札幌・広島・鹿児島・那覇)は他系列のテレビ局(札幌テレビ・広島ホームテレビ・鹿児島讀賣テレビ・沖縄テレビ)のスタジオで行われた(札幌地区を除く3か所は系列局がない地域)。 NHKや他在京キー4局系での出演番組は比較的高視聴率だったのに対し、TXNでの出演番組はあまり視聴率が良くない事や、グループの曲の1つである「THE マンパワー!!!」がプロ野球チーム東北楽天ゴールデンイーグルスの応援歌になるものの、同球団の本拠地である宮城県に系列局がないなど、当局とモーニング娘。の関係には問題点が多い(過去にミヤギテレビで「ハロー!モーニング。」(以下、ハロモニ。)を放送していた)。 2007年4月8日から「ハロモニ。」の視聴率低迷によりリニューアルされた『ハロモニ@』がスタートした。前番組より放送時間を50分繰り下げられた(11:30→12:20)が、「ハロモニ。」時代のファンを引き離してしまい、且つ内容も少ない事から、視聴率が平均で1〜2%台を推移するという結果となっているが、現在でも人気番組になっている。 モーニング娘。全体としての出演のTXNレギュラー番組は、権利の問題上基本的にBSジャパンでは放送されていない(過去に同局で放送されたのは同局との共同制作だった『MUSIX!』と単発番組の一部など少数)。 準キー局のテレビ大阪制作番組へのレギュラー出演も出始めている(『感涙!時空タイムス』→『発進!時空タイムス』に矢口真里、『ロビーとケロビー』に辻希美〈産休により新垣里沙へ交代〉)。 2007年10月8日に発生した安倍なつみによる交通事故のニュースをフジテレビ及びフジサンケイグループは積極的に報道(日本テレビ・TBS・テレビ朝日もごく一部のみ報道)しているのに対し、当局は全くの沈黙を守っている。もっともこの手のニュースは「芸能ニュース」という扱いで報道しているため報じていないという可能性もある(前述の通り芸能ニュースは一切報じないため。例えハロプロと関係ない別の芸能人が起こした交通事故のニュースだったとしても報じない)。 [編集] 脚注 ^ 北野誠が準レギュラー出演している「たかじんONEMAN」での発言。 ^ 参考サイト ^ 社内組織としての報道局が設置されたのは1971年2月であり、それ以前は朝日新聞ニュースを放送していた。 ^ a b 朝日新聞1989年1月7日夕刊(テレビ欄)より。 ^ 当時の東京12チャンネルは財界を中心とした再建途上にあり、番組の企画などは財界幹部などの意見が罷り通っていた。同じような経緯でスタートした番組に『大江戸捜査網』や『演歌の花道』などがある。 ^ 但し、関西地区ではKBS京都とサンテレビが土曜日の競馬中継(KBS制作)を独占放送している関係上、テレビ大阪では放送されていない。同番組については2局がKBS制作版と織り交ぜて放送している。 ^ 当時開局15周年記念に一般公募で選ばれたマスコット的存在。『おはようスタジオ』にも出演していた。 [編集] 関連項目 テレビ東京制作スタッフ一覧 テレビ東京杯青葉賞(中央競馬の重賞レース) トゥーン・ディズニー(過去の当局制作アニメを放送している) [編集] 外部リンク ウィキニュースに関連記事があります。 テレビ東京、完全デジタル化をにらみ新局開局構想を明らかに テレビ東京 Tx Biz News あにてれ(テレビ東京アニメーション公式サイト)(過去のアドレス) 想い出の東京12チャンネル テレビ東京伝説 世界初?!テレビ東京完全応援サイト ☆Channel12☆ [表示]表・話・編・歴TXN 北海道 TVh テレビ北海道1 関東 TX テレビ東京 愛知県 TVA テレビ愛知 大阪府 TVO テレビ大阪 岡山・香川 TSC テレビせとうち 福岡 TVQ ティー・ヴィー・キュー九州放送 BSデジタル BSジャパン 1テレビ北海道の放送エリアは札幌・旭川・函館・室蘭地区のみ [表示]表・話・編・歴関東地方のテレビ局 NHKの放送局 東京・横浜・千葉・さいたま・前橋・宇都宮・水戸(総合1ch・教育3ch(2ch)) 広域放送(キー局) 日テレ(4ch・NNN・NNS)・TBS(6ch・JNN)・フジテレビ(8ch・FNN・FNS) tv asahi(10ch(5ch)・ANN)・TV TOKYO(12ch(7ch)・TXN) 県域放送(独立局) 東京 TOKYO MX(14ch(9ch))・神奈川 tvk(42ch(3ch))・埼玉 テレ玉(38ch(3ch)) 千葉 チバテレビ(46ch(3ch))・群馬 群馬テレビ(48ch(3ch))・栃木 とちぎTV(31ch(3ch)) その他 放送大学(16ch(12ch)) 日本のキー局 日本テレビ (NNN・NNS) ◇ TBS (JNN) ◇ フジテレビ (FNN・FNS) ◇ テレビ朝日 (ANN) ◇ テレビ東京